第7話 異形の妖精

「こんな魔物がいるなんて報告にないぞ!」


 グレイグは剣と盾を構えながら六枚の羽を持つ異形の魔物を睨みつけてそう言った。

 確かに彼らからは、こんな魔物が出るなんて話は聞かなかった。知っていたのなら真っ先に話す内容のはずだ。

 目の前にいるバケモノは凄まじい魔力を放っている。何もせず、ただそこに佇んでいるだけなのにだ。

 そしてフェアリービットと思しき魔法を自在に操ってくる。これはもうフェアリアと戦っていると考えた方がいい。

 背中にある羽もそうだ。六枚羽根のフェアリアなんて聞いたことがない。

 何もかもがイレギュラー。目の前のバケモノが、どれだけの力を有しているのか未知数だ。


 正直、勝てる気がしない。


 私も目の前の異形に倣って数本の光の剣を浮遊させるが、どうやっても勝てるビジョンが見えない。

 だがやるしかない。こんなところで躓いていては、孤島に帰るなぞ夢のまた夢だ。

 それに、仮にこの異形がフェアリアなのだとして、どうしてそんな姿に変わってしまったのか確かめる必要がある。

 私はもう一本光の剣を作り出し、その手に掴む。


「戦うつもりか!?」

「私は、こいつが何者なのか確かめる義務がある」

「義務ってなぁ……!」


 そして背中からボロボロの羽を出現させ、自分が本気であると印象付けた。

 そんな私の様子に、グレイグは後頭部を掻きながらため息を吐いた。


「……はぁ、本当は今すぐにでも撤退しようと思っていたんだが仕方がない。付き合おう」

「私は一人でも大丈夫だよ?」

「そんなわけにいくか!」

「そうですよ。短い付き合いですけど、私たちはとっくに仲間なんです」

「そうだぜ。寂しいこと言うなって」

「ええ」

「みんな……」


 そんなことを言ってくれる彼らに、申し訳ないと思いつつも心強いと感じた。


「ありがとう」


 そんなこんなしていると、異形の魔物は地上に降りてきて、コツコツと足音を鳴らして近づいて来る。何故わざわざ徒歩で?

 そう思いながら、私たちは警戒を強めて武器を構えた。


「……。――っ!?」


 直後、背後から物凄い速度で短剣が飛んでくる。私は咄嗟にそれを弾き、「散開!!」と叫んだ。

 わざわざ地上に降りてきたのは、注意を自分の方へ向けさせるためだったらしい。どうやら何も考えていないように見えてこすい手を使う魔物のようだ。

 それを皮切りに、異形は攻撃を開始した。四方八方から短剣が放たれる。


「またこういう攻撃かよ!」

「さっきのレーザーといい、この短剣といい、ここの魔物は飛び道具が好きみたいだね……!」


 とんでもない速度で飛んでくる短剣。

 グレイグは剣と盾で防ぎ、ジールは持ち前の身軽さで紙一重にかわし、クリスタは魔力を纏わせて強化した肉体でものともせず、クロムはバリアで防御する。

 レイブンクロウのメンバーがこれに対する防御手段を持っていなかった場合、私がどうにかしないといけないと思っていたが、そんなことをする必要はなさそうだ。これなら異形との戦闘に集中できる。


「やっぱり、あの魔法ズルいよなあ!!」

「ええ!無限に武器を作り出して飛ばすなんてね!」

「このままでは攻めることができず、やられてしまいますよ!?どうするんですか!?」

「くぅっ……と、とりあえず、俺の側に来てくれ!攻撃は俺が防ぐ!」


 そんなやり取りをしているレイブンクロウを他所に、私は高出力のバリアで自分を包み込み、使えない羽を無理やり動かして滑走しながら異形の魔物に接近する。

 浮遊できずとも、滑って移動するだけならこの羽でもできるみたいだ。ただ、チリチリと痛覚のないはずの羽に痛みを感じている。それでも気にせず、私は異形に剣を構えて迫る。


「お、おい!アムアレーン!!」

「私のことは気にしなくていい。あなたたちは自分のことに集中して!」


 そしてそのまま剣を振り下ろし、異形を切り裂く。しかし……――。


「ぐぁっ!?か、硬い!!?」


 接触と同時に硬質なものを叩いた感触が手に伝わり、光の剣は真っ二つに砕け、消滅した。


 とんでもない硬さだ。私の剣で切れないなんて……!


 斬られた異形は、私の方へ視線を向けると、硬直していて動けない私に流れるような回し蹴りを決める。


「しまっ――!!」

「アムアレーン!」


 蹴り飛ばされた私は、端にある角のような岩に体をぶつけ、動きを止める。岩は私がぶつかった衝撃で崩れ、奈落の底へと落ちていった。

 これは注意しないと、二度と地上へは戻って来れなさそうだ。


「カフッ……!」


 あまりに強く背中をぶつけたため、絞り出すような咳をする私。パラパラと砕けた岩の破片を落としながら私はその場で立ち上がり、異形の魔物を見据えた。


「やっぱりコイツは、フェアリアなのか……?」


 今の蹴りはティタニアの戦士が習得する武術の一つだ。

 ティタニアの戦士は、フェアリアのみで結成される部隊のことだ。つまり、これを習得できるのはティタニアに住んでいるフェアリアのみということになる。

 私を蹴り飛ばした異形は、こちらへ視線を向けたまま動かない。だが、その間も絶えずフェアリービットによる攻撃が続いていた。短剣の雨を受けるレイブンクロウたちは、防戦一方といった様子で眉を顰めている。

 私は一度深く深呼吸をし、異形を見据えた。


「……これは使いたくなかったけど、仕方がない」


 私は吹き飛ばされるまで存在を忘れていた一本の角を、マントのポケットから取り出す。


「まさかこれがこんな時に役立つなんてね」


 その角は、私がここへ流れつく直前に狩ったアルミラージの魔角だった。

 この立派にピンと立つ角は凄まじい魔力を秘める魔角で、使用者の身体能力を向上させる力を持つ。

 なので装飾品に使われたり、強化薬の材料になったりする。

 私はこれを“魔薬”として今使おうとしていた。

 魔薬とは強化薬の一種で、服用者の身体能力を大幅に上昇させる効果を持つ。だが反動に効果中、常に激痛を伴い、効果終了時にはとてつもない苦痛を味わうことになる危険指定された薬だ。


「羽が使えれば、こんなものに頼ることもなかったんだけど……」


 そう呟きながら光の短剣を作り出し、魔力を込めながら削る。

 削った粉に砕いたアルラウネの魔石を混ぜ、意を決して飲み込んだ。

 喉に絡みつく粉の感触に咽そうになりながらも何とか飲み切るとすぐに効果が表れた。身体の奥底から力が湧いて出てくる。羽が光り輝き、以前の美しい月長石の羽が蘇る。


「おおおお……!!!」


 私は大きく羽を広げ、その場に浮遊した。同時に魔力の衝撃波を飛ばし、異形の短剣を全て消し去る。


「な、なんだ!?」

「あれは!?」

「アムアレーン……なのか?」

「綺麗……」


 突然消滅したフェアリービットにレイブンクロウのメンバーは驚きの表情を浮かべる。そして、それを為した私の方へ視線を向け、私の状態を見てさらに目を見開く。


 ぐぅっ!!身体が痛い……!


 そんな中、私は身体の中から突き破ろうとする刺す痛みに耐えていた。

 私はこの薬が大嫌いだ。

 即効性があり、普段は出せない限界を超えた力を扱うことができるようになるが、効果中は刺すような鋭い痛みに常に襲われる。そして何より、効力が切れた時の反動が大き過ぎる。私はこの反動が何よりも嫌いだ。

 効果が切れると凄まじい脱力感と生命力がガッツリ削られている感覚がハッキリと分かる。

 この感覚が癖になるという者もいるようだが、私には理解できない。

 だが、今この状況を変えるには、この薬に頼るしかない。


「いつ効果が切れるか分からないからね。速攻で片を付けるよ!」


 大きく空を飛び、地上で今だ私に視線を向ける異形に向かって攻撃を放つ。


「――ソードビット・クレアーレ!!」


 無数の剣が異形を襲う。

 ピシリッという音と共に異形の体にひびが入り、一部白い外装が剥がれた。


「ぬぅっ!!!」


 私は光の剣をハンマーへと持ち替え、空から勢いよく振り下ろす。

 避けようとしない異形は、その一撃で大きく地面にめり込み円形のひびが広がった。

 外装の一部がまた剥がれ、中身が露出する。中身は宇宙のように真っ黒で、星のような光の粒が飛んでいた。

 白い外装は人で言う首元まで剥がれ、私はハンマーを大鎌へと持ち替えてそこへ向かって薙ぎ払う。


「これで――!!」


――ありがとう……。


「っ!?」


 スパーン!!と落とされる異形の首。

 鈍い音を立てて地面に落ち、コロコロと転がりしばらくしたところで停止する。

 私は首を落とした態勢のまま、目を見開いて息を荒くしていた。


「今の……声は……」


 私はその態勢のまま、落ちた異形の首に視線を向ける。

 頭の外装は地面にぶつかった衝撃で一部砕け散り、顔のパーツが判断できるくらいには中身が見えていた。

 顔も身体と同じように宇宙のような不気味な色をしている。そして、その造形には見覚えがある。


「エルミ……姉……?」


 そこにあったのは、私に良くしてくれた近所に住むお姉さんの顔だったのだ。

 その表情はとても満足そうで、まるでやっと救われると言わんばかりの安らかな笑顔だった。

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