第6話 柱の調査

「あそこから光が漏れてるぞ!」


 森に入ってしばらく。

 いくつかの段差を昇り降りし、そこそこ奥まで移動してきた先に眩い光が漏れ出る場所を発見した。

 私たちはその場所を目指し、木々を抜けていくと大きな泉の畔へと出る。


「っ……!?」


 そこにあったのは、視界全部を覆うほど巨大な光の柱だった。ギリギリ瘴気を浴びていない場所にある。もう少し奥にあったらグレイグたちは入ることができなかっただろう。それがいいことなのか悪いことなのかはともかく。


「ついに見つけた」

「で、でけぇ……」


 柱の背後には巨大な泉が広がっている。

 あまりに柱が巨大なため、私たちには見えていないが、泉の中央にある水が湧き出ている場所付近には黒いモヤがかかっており、近づくものの生気を奪わんとしていた。

 直接触れていないというのに、身体は既に気だるさを訴えている。魔耐性が特別高い私でこれなのだから、他のみんながどれだけ苦しいか想像に難くない。

 グレイグはこちらへ体を向けると、私たちのことを見渡した。


「俺たちはこれから柱内部へと潜入する。お前たち、準備はいいな?」

「俺はいつでも行けるぜ」

「私も行けるよ」

「私も大丈夫です」

「よし」


 グレイグは私の方にも視線を向ける。彼の視線を受け取った私は無言で頷いて、彼も無言で頷き返した。


「……これはあくまで調査であって攻略ではない。危険だと判断した場合、即刻撤退し、本部へと帰還する」

「おう」

「はい」

「よし。では行くぞ!」


 そして私たちは、光の柱の中へと入っていった。


 ◆◆◆


 光の柱の中には、話に聞いていた通り別の空間が広がっていた。

 そこはまるで結晶の洞窟だった。そこら中に水晶のような透明な石が生えならび、殺風景な岩壁を彩っている。

 空間を満たすどこか懐かしさを覚える魔力を感じながら、私はその空間を見渡した。

 空間内部では、泉で感じていた嫌な魔力を全く感じない。つまり、ここは全く別の場所であるということ。背後には大きな穴が空いており、そこから薄っすら泉の光景が見えていた。ここを潜れば元の場所へ戻れそうだ。私は一方通行ではないことに安堵の息を漏らす。


「中はこうなっているのか……」

「まるでダンジョンみたい」

「見たことのない結晶がたくさんありますね」


 ――ダンジョン。

 それは、魔力に満たされた魔物跋扈する異空間の総称。

 入り組んだ内部から“迷宮”と呼ばれることもある。


「確かに雰囲気は似てるが……」

「ああ、何と言うか……普通のダンジョンとは少し違う気がする。肌で感じる魔力の質が異なっているというかなんというか……」


 グレイグのその感覚は間違っていなかった。

 島になかったということもあり、私はダンジョンに潜ったことはないが、満たされている魔力の種類が違うことは知っている。

 そして、この異空間に満たされている魔力には心当たりがある。この魔力は……。


「……ティタニアを満たしていたのと同じ魔力だ」

「なに?」


 私の発言に、レイブンクロウの面子は一斉に視線を向けてくる。

 私は壁に生えていた光の加減で七色に輝く透明な結晶の根元を砕き、みんなの前に持って行って見せる。


「これは、ティタニアでしか採取できない“星晶せいしょう”と呼ばれる石。特別な環境でしか生成されない“魔結晶”だ」

「なんだと?」


 グレイグたちは、今一度この空間を見渡し、そこら中に生えている透明な結晶を見やる。


「これが全部、その星晶とか言う石なのか?」

「うん。見える範囲にあるのは全て星晶だよ」

「マジかよ」


 魔結晶とは、魔力エーテルが何らかの要因で凝固して結晶化した物のことを言う。見た目が完全に石であるため、鉱物として扱われてはいるが厳密に言うと別物だ。

 実は魔力には、正と負の属性が存在しており、決して混じり合うことはない。イメージとしては、一本の棒に移動する玉が一つ付いている感じだ。これが移動し、どちらかに偏ることで属性が変化する。

 だが、ティタニアを満たしている魔力は、この混じり合うことのない正と負が完璧に混合した状態となっている。つまり、一本の棒の両端に一つずつ動くことのない固定された玉が付いているイメージだ。この状態の魔力が結晶化することで、私のよく知る星晶が生まれる。

 ここに星晶が存在しているということは、ここもティタニア同様に正と負が混合した魔力に満たされているということだ。

 私は奥へ続いている異空間を見て、少し不安な気持ちを抱く。

 何だか嫌な予感がする。私はこの奥に行かなければならない。


「……ほら、柱の調査をするんでしょ?さっさと行きましょう」

「おっと、そうだな。気になることは沢山あるが、今はここの調査を優先しよう」


 そうして私たちは、星晶が生え並ぶ洞窟のような空間を進んでいった。

 異空間には、報告にあった通り見たことのない魔物が沢山いた。まるで魔結晶が魔物と化したみたいな姿をしている。魔力そのものがそこに存在しているかのような錯覚を覚えた。

 大きさは私と同じくらい。逆三角のひし形で、魔力の膜のようなものを纏っている。ビットのようなものが四つ浮かんでおり、攻撃してくる際、それを飛ばしてレーザーをあらゆる方向から放ってきた。

 魔結晶のように見える体は石のように硬質ではなく、液体と戦っているような感覚だ。斬っても傍から再生し、あっという間に元に戻る。倒すには魔石を潰すしかない。

 そして、魔石を砕けば魔石諸共跡形もなく消滅する。後には何も残らない。


「何なんだこいつら……」

「不気味ですね」


 まるで虚無と戦っているみたいだ。倒すと魔石ごと消え去るので調べようがない。

 見たことも戦ったこともない魔物に、私たちは苦戦を強いられていた。


「あの“手”みたいなのが厄介だね」

「ああ。あんなのが四個も飛んでくるとか、対処しきれねぇよ」

「いやはや、アムアレーンがいてくれて本当に助かった」

「ううん、気にしなくていい。私も少しは気を張らないとやられかねないからお互い様だよ」


 無数にいた謎の魔物のほとんどは、私の手によって処されていた。

 感触が液体と似ているだけあってそこまで頑丈ではないため、光の剣で吹き飛ばしてそのまま魔石を貫けば一瞬で片がつく。

 決して他のみんなの動きが悪いわけでは無いが、多勢に無勢でどうしても処理しきれない。

 こういった場面では、魔力が続く限り無限に武器を生み出せるフェアリアは強い。適材適所というやつだ。


「こいつらのことを調べたかったんだが、何も残らないんじゃ調べようがないな」

「うん。だけど、進むしかない」


 それからしばらく謎の魔物と戦闘繰り返して先へと進むと、一際大きな空間に出た。先ほどまでの洞窟のような場所から塔の頂上のような景色へと変わる。

 上に見える空らしきものは黒紫の霧に覆われ、時々紫色の稲光が走っている。生暖かい風に肌を撫でられながら、私たちは空間の真ん中へと警戒しながら進んでいく。


「なんだここは……」

「ダンジョンのボス部屋みたいな場所ですね……」

「いやな雰囲気」


 ダンジョンには、ボスモンスターと呼ばれる強力な魔物がいる大きな空間があるそうだ。

 どういう原理かは知らないが、そのエリアを支配している魔物を倒さない限り、次の部屋へ進むことができないらしい。この場所はその空間によく似ているのだとか。


「お、おい!あれ!」

「っ……!?」


 周囲を見渡す彼らの元に宝石のような羽を持つ何かが舞い降りた。

 私はそれの姿を見て思わず目を丸くする。


「フェアリア……?」


 目の前に現れたのは体躯の小さい人型の異形。

 背には蝶のような黄玉の六枚羽根を持ち、短剣が周囲に浮かんでいる。

 だが、これは人間ではない。顔も髪もなく、服も着ていない。ただ白いだけの不気味な人形が宙に浮いて佇んでいる。気味が悪い。

 私は目の前にいる何者かを、大きく眉を顰めて睨みつけた。


「お前は誰だ」

「……」


 異形は何も答えない。

 異形は不意に片手を上げると、そのまま私の方を目掛けて振り下ろす。それに追従するように、周囲を浮遊していた短剣が一斉に襲い掛かった。


「っ……!」

「アムアレーン!!」


 凄まじい威力。間違いない、これは私たちの使う魔法フェアリービットだ。

 私は咄嗟に作り出した光の剣で攻撃を防ぎ、困惑の表情を浮かべた。


「なんでフェアリアの魔法を……」


 異形はただその場を浮遊している。そこに感情らしきものは見当たらず、侵入者を排除するためだけに動いているかのようだ。

 私は、とてつもない焦燥感を覚えながら異形を睨みつけた。

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