第5話 廃都市

 宿屋と思しい建物の中は、埃まみれとはいえ劣化はなく。客室には整えられたベッドがちゃんと置かれていた。埃を払えば問題なく使用できそう。

 流石に食糧関係はダメになっているし、井戸の水も汚染されていて使えないが、これだけ揃っていれば拠点とするには十分過ぎる。


 私たちはそれぞれ個室を貰い、そこで一夜を過ごすこととした。部屋の掃除は各々が行い、お風呂は水魔法が得意なクロムとクリスタが洗浄、グレイグとジールは二人が溜めてくれた水を温めお湯にした。

 私も何か手伝おうとしたのだが、「目覚めたばかりなんだから無理はしなくていい」ということで何もさせて貰えなかった。まぁ、あまり魔力を使いたくなかったので助かるが、少し罪悪感を覚える。

 食事は調理場の魔道コンロを使用して暖かい物を作って食べた。久々の料理に男性二人は感動した様子。料理を作ったクロムは照れ臭そうに笑っていた。


「ここからもう少し行くと『魔力の泉』がある」


 食事時、突然グレイグは食器を置いてそんなことを口にした。


「魔力の泉?」

「ああ」


 魔力の泉とは、この一帯を魔力で汚染した原因となる泉のことだ。

 この土地の竜脈の集中点であり、以前は清浄な魔力を放出していた奇跡の泉と言われていた。

 現在でも少量ながら瘴気を出しているらしく、泉の付近は今も魔力災害時と同じ濃度の魔力で覆われているのだとか。

 彼は、この都市の惨状を見て、改めて魔力災害の酷さを痛感したらしい。


「次はそこへ向かうの?」

「バカ言え。元々強い魔耐性を持つフェアリアやデビリムのキミたちならともかく、耐性がそこまで高くないヒュームとビスティじゃ、近づいただけで昏倒してしまう」


 魔耐性の低い者が瘴気を浴びるとジワジワと身体を侵食していき生命力を奪う。

 気絶で済むならいいが最悪の場合、死に至る可能性すらあった。なので、基本的に魔力汚染区域に近づく行為は禁止されている。


「そっか。もしかしたら竜脈の集中点なら光の柱が立ってるのかと思ったんだけど仕方がないね」


 私がそう言うと、彼らは「ハッ!?」としたような顔をし、互いの顔を見合わせた。


「そうか、竜脈の集中点か……」

「ああ。灯台下暗しだな……」

「え?なに?」

「竜脈の集中点だよ!」

「は、はぁ……」


 何を言いたいのか要領を得ず、私は首を傾げてクロムが作ってくれたマタンゴのコーンスープを口に含む。


「確かに、魔力の柱というのなら竜脈から生えていてもおかしくない。それも集中点となれば尚更だ。どうして今までその可能性を考えなかった……」


 グレイグは立ち上がると、夜の空を明るく照らす柱を窓から見上げる。


「……明日。魔力の泉へ行ってみるか」


 そう呟く彼に、ジールとクリスタが困惑しながら反応した。


「お、おい。本気か?」

「本当に行くの?」

「ああ。これは決定だ事項だ」

「だけど、私たちが行っても何もできないよ?」

「分かってるさ。あくまで、そこにあるか確かめるだけだ。瘴気の濃い場所までは行かない」


 そう言う彼に、ジールとクリスタはお互いに顔を合わせる。クロムも困ったように眉を八の字にして、みんなを眺めていた。


 ◆◆◆


 翌日。私は、全身を襲う嫌な感じに目を覚ました。

 外へ出てみると、まだ太陽が登り切っていない朝空が揺らいでいる。時々白く霞がかり、また戻る。まるで陽炎と濃霧を一緒に見ているかのようだ。


「……まさか」


 私は時計塔の方へ視線を向けると、頂上にある光る何かがチカチカと不規則に点滅しているのを確認した。

 これは結界の寿命が近づいている証拠だ。私は急いでみんなを起こしに行く。

 起こしたみんなに、この町で起きようとしていることを話すと「なら、早くこの町を出よう」と急ぎ準備を整え、軽く朝食をすませ廃都市を駆ける。


「確かに結界が揺らいでいますね……」

「ああ、よく気が付いたな」


 廃都市を走るみんなは、空を見上げてそれぞれそう口にする。


「まぁ、羽が使えないとはいえ、私はフェアリアだからね。魔力の異常には敏感なんだよ」


 結界は辛うじて持ち堪えている。だが、いつ消滅するか分からない。

 結界が消えてすぐに魔物が押し寄せるということはないだろうが、脱出するなら早い方がいい。


「にしても、舗装された道路が続いてるなぁ。そこら中に朽ちた馬車が転がってるし」

「ええ。ここは大きく栄えていた都市だったのでしょう。森の中にあるのに本当に凄いです」

「だけどそれも魔力災害で消滅した」

「ええ。悲しいことです」


 この都市はかなりの広さを誇っている。栄えていたころは馬車での移動が交通手段として使われていたのだろう。

 私は空を一瞥して、移動しながら思考を巡らせる。このままでは、外に出るのにどれだけ時間が掛かるか分からない。


「……仕方がないか」

「ん?何か言ったか?」

「少し急ぐよ」

「え?急ぐって」

「――クイック」

「うおぁっ!?」


 私の独り言に反応したのはグレイグ。私はこちらに視線を向ける彼を一瞥すると、みんなに強化魔法を掛けた。

 この魔法は移動速度を上昇させる強化魔法クイック。俊敏性を大事にする者にとってなくてはならないメジャーな魔技アーツだ。

 続いて、長く移動できるようにもう一つ魔技アーツを使用する。


「――ハーフスタミネイション」


 これは、身体を活性化させて消費体力を半減させる魔技アーツ

 いくらクイックで移動速度を上げているからと言って、スタミナを超えて行動するのは不可能だ。なので、少しでも体力消費を軽減したいという思いから、この魔法を使用した。


「な、なんだ!?」

「急に身体が軽く」


 強化魔法を突然掛けられたレイブンクロウのメンバーはそれぞれ驚きの表情を浮かべる。


「私の魔技アーツでみんなを強化した」

「まさか、これは“クイック”なのか?」

「うん。それをみんなに掛けた」

「ああ、これクイックなのか!」

「はぁー……器用なことするなぁ。自己強化魔法のクイックをみんなに掛けるなんて」

「え?自己強化魔法?そうだったの?」


 私はグレイグの言葉に、沈んでいた気持ちを逸らされ視線を向ける。


「おいおい、フェアリアのあんたが知らないのか」

「ふむ……フェアリアと他の種族とでは、魔法の在り方が違うのかもしれないな」

「まぁ、何にしても助かるわ」


 それからしばらく、私はみんなの後に続いて町を駆け抜けた。

 変わり映えのしない景色が続き、やっとのことで都市の外へ出る。ここまで何とか結界は持ってくれたようだ。

 結界を見れば、もうほとんど効力を失っていそうな雰囲気を出している。早く宿を出て正解だったな。

 私たちは、町の様子が見える丘の上で少し休憩し、改めて出発の準備を済ませる。


「……さて。昨日言った通り、俺たちは今から魔力の泉を目指すぞ」

「本当に行くのかよ」

「ああ。俺たちは柱の調査に来たんだ。まずはその柱を見つけなければ話にならないからな」


 そう言ってグレイグは、光の柱のある方角の空を見上げる。


「もしも柱が魔力の泉の中にあった場合、我々は即時撤退し、組合へ報告する。魔力の泉から外れていた場合は当初の目的通り、柱の調査を開始する」


 彼の言葉にレイブンクロウの面子は一瞬ためらいを見せながらも頷いた。

 私はそんな彼らを外れた位置から見守る。


「よし、では行くぞ!」


 そして、この地域を終わらせた元凶たる魔力の泉への進行を開始した。

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