第3話 エダフォスの森

 自己紹介を終え、レイブンクロウのメンバーが昼食の準備を始めた頃、私はふと気になって彼らに尋ねる。


「……そう言えば、ここには依頼で来たって言ってたけど、何の依頼で来たの?」

「ん?ああ、俺たちがここに来た理由は“光の柱”の調査、及び攻略のためだな」

「光の柱?」


 話を聞くと、どうやら彼らは冒険者の集う施設“冒険者組合”から、組合本部名義で直々に依頼を受けてここへやって来たらしい。

 依頼の内容は、約一年ほど前から各地で確認されている“光の柱”の調査。

 なんだそれはという顔をしていたのか、グレイグは私を外へ連れ出し「ほら、あそこに見えるだろ?」と、確かに見える天を貫く光の柱を指さす。


「なに……あれ……?」

「分からん。俺たちの他にも調査に出た冒険者や調査隊はいたんだが、どれも成果はイマイチでな」


 分かっていることは、柱の内部には異空間が広がっていること。

 出現する魔物はどれも強力で、外では見ない魔物ばかり。

 柱周辺の魔物は柱から発せられている魔力に中てられて凶暴化するなど、そういったものしかなく。

 異空間がどれだけの深いのか。最深部には何があるのか。どうすれば柱を消滅させられるのか。全く分かっていない。

 一刻も早く柱の情報が欲しい組合は、実力ある冒険者に声を掛けて調査を頼んでいる。彼らはその調査に選ばれたパーティの一つだ。


 私は遠くに見える光の柱を見つめる。正直、私は彼らにこれ以上付き合う必要はない。

 回復魔法を掛けてもらった恩はあるが、ティタニアで何が起きたのかを知るために、すぐにでも帰る手段を見つけなければならない。

 なので、ここでこのまま彼らとサヨナラをしてもいいのだが、あの柱のことが気になる。何だか、あの柱からは懐かしさを感じるのだ。それが何なのかを知りたい。

 どうしようか悩んだ末、彼らに「私もその依頼に同行する」と話した。


「ここで会ったのも何かの縁。回復魔法を掛けてくれたお礼に、私もあなたたちに同行したい。まぁ、私なんかが役に立てるとは思えないけど……」

「……いいのか?こちらとしては、フェアリアのキミが協力を申し出てくれて非常に助かるが」

「私もあの柱が気になる。迷惑ではければ同行を許してほしい」

「そうか。それなら」


 そう言ってグレイグは手を指し出し、私はそれを掴んで握手を交わす。


「しばらくの間、よろしく頼む」

「こちらこそ」


 こうして、私は彼らの依頼に同行することとなった。

 それから彼らの元々の目的であった休憩に付き合い、ついでに昼食までご馳走になった。


 ◆◆◆


 お腹が膨れたところで、私たちは教会跡を後にする。

 昼食の際、彼らに教えてもらったことだが、ここはこの星で一番デカい“アインス”という大陸で、緑豊かで穏やかな土地らしい。

 魔物の気性も比較的穏やかで、ほとんど普通の動物と変わらないようだ。それでも魔物であることに変わりはないので討伐の対象にはなるのだが、まぁそんなことから対魔物との経験を積むにはうってつけの大陸だという。

 しかし、私たちが今いるこの“エダフォスの森”と呼ばれている場所は、そんな穏やかな大陸で唯一危険区域に指定されている場所なのだという。

 なんでも今から八十年ほど前に、森の奥にある泉から有毒な魔力――“瘴気”が発生し、あっという間に人の住めない地になってしまったのだとか。

 発生原因は不明。学者の見解では、竜脈に何らかの異変が起き、竜脈の集中点である泉から瘴気が噴き出したのではないかとのことだ。


 瘴気は人や動物にとってはとても危険なものだが、魔石を持つ者にとっては強力なエネルギーとなる。そのため、魔力災害以降の森には狂暴化した魔物が大量発生し、中には進化した種もいるらしい。

 現在、瘴気はある程度浄化され、そこそこの魔耐性を持ってさえいればで活動するのに支障がないほどに回復してはいる。

 だが、魔物はかなり強力で並の実力では危険すぎるため、森への進入制限がされているらしい。そんな森で気絶していのだと思うと背筋が凍る思いだ。よく無事でいられたものだよ。


 確かにこの森からは変な魔力を感じるなぁと密かに思ってはいたが、瘴気の所為だったとは。


 そんなことを思いながら先を歩く彼らの後ろについて、遠くからこちらを窺っている魔物たちの気配に意識を向ける。

 殺気は感じないので放っておいているが、教会を出てからすぐに感じて今に至るので、一体どこまで付いてくるつもりなんだと、目線だけをそちらへ向けて心の中で溢す。


「……止まれ」

「……」


 しばらく歩いていると、不意にグレイグが低い声で私たちを制止させた。

 グレイグはそのまま剣の柄に手を添え、前を見据える。

 彼の目線の先には不自然に生えた蕾があり、私たちが歩いてきた街道のど真ん中にポツンと植えられていた。


「コイツは……」

「アルラウネだろうな」


 ――アルラウネ。

 見女麗しい女性の上半身を持つ植物系の魔物。

 巨大で美しい花を咲かせ、蔓を触手のように扱い獲物を捕食する。

 実際に食べるわけはなく、獲物から魔力を吸ってエネルギーに変えている。魔力と一緒に生命力も吸っていると思われ、極限までいくと死に至るので対峙したら細心の注意を払わなければならない。

 魔力の濃い森などで生活し、浮遊して住みやすい場所を探して移動する。


「デカいね」

「ああ。デカい」


 目の前にある蕾は、グレイグの身長と同じくらいあった。

 普通のアルラウネは、人型と蕾を合わせてヒュームの成人男性と同じくらいの大きさになる。しかし、この蕾はあまりに規格外な大きさで、私たちは警戒の色を強めざるを得ない。


「どうする?私が先制しようか?」

「正直刺激したくはないんだが……。道はここしかないみたいだし、そうするしかなさそうだな。頼めるか?」

「ん、お安い御用」


 グレイグに頷くと、私はフェアリービットで浮遊する光の剣を生み出す。

 そのまま、狙いを定めて蕾に向って高速で撃ち放った。


 ――ピギュアアアア!!!


 耳を劈く悲鳴のような音を鳴らして蕾の中から人型が現れる。

 光の剣が刺さった場所からは大量に体液が漏れ出し、血のように飛んでいく。


「うっさ!?」

「言ってないで追撃するぞ!」

「はい!」


 刺さった剣を引き抜こうと蔓を持って行くアルラウネ。しかしその場所には既に剣はなく、ぽっかりと大きな穴が開いているだけだった。

 何が起きたのか理解できていない様子のアルラウネは、少し遅れて武器を振りかざすレイブンクロウの方へ視線を向けた。


「遅い!」


 攻撃を仕掛けようと、触手のように蔓を動かすアルラウネ。しかし、その動きよりも早くグレイグは蔓を切り裂いた。

 そこへ、二本のブーメランが死角から飛んできて、女性の胴を傷つける。蕾部分から体液が噴き出し、再び悲鳴のような声を上げた。


「追撃っ!――はぁああっ!!!」


 痛みで大きく仰け反っているアルラウネの蕾に、クリスタは渾身の正拳突きをお見舞いする。アルラウネは、凄まじい威力にバウンドしながら後方へ飛んでいった。


「逃がしません!――プロテクションバリア!――マナブラスト!!」


 クリスタの一撃で飛んでいくアルラウネの背後に、クロムはバリアを設置してそれ以上飛んでいかないように壁を作る。

 バリアの壁に激突したアルラウネは大きく仰け反りそのままぐったりと背中を預けた。そこへ強力な魔力弾を放ち、衝撃によってアルラウネの胴と蕾が二つに分かれる。

 内臓はないので、中から出てくるのは体液と茎で出来た軟骨だけだが、見ようによってはかなりグロい。


「やったか?」

「いや。まだ息がある」

「私が止めを刺すよ。――ソードビット・クレアーレ!」


 倒れ込む上半身が腕を動かし、大地を必死に藻掻いているところに、私は容赦なく無数の剣の雨を降らせる。

 ズタズタに切り裂かれた人型は、やがてピクリとも動かなくなった。

 人型が動かなくなったのを確認すると蕾の方へ視線を向け、新たに作り出した光の剣で最初に抉った穴にもう一度刺し、一発飛び蹴りを喰らわせて深く差し込む。そのままグリッと回して横に切り裂いた。

 体液が噴水のように噴き出し、コロンコロンと巨大な魔石が地面に転がり落ちる。


「討伐完了」


 アルラウネの本体は蕾だ。なので、魔石も蕾の方に存在する。

 先ほど上半身が動いていたがあれに意識はなく、いわばトカゲのしっぽのようなもの。ただ、上半身は魔技アーツを使ってくるので、まだ動くようであれば先に潰しておく必要がある。

 人型さえ潰してしまえばアルラウネは何もできないので、あとはゆっくり蕾を解体するだけでいい。


「いい手際だな。もしかしてアルラウネと戦ったことがあるのか?」

「うん。ティタニアにも普通にいるからね」

「あ、あんなのが普通にいるのか……?」

「アルラウネって結構珍しい魔物だった気がするんだが……」


 戦慄している彼らに、私はそうなのか?と首を傾げた。

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