第1話 目を覚ますと

 ――波の音が聞こえる。身体が泥のように重い。

 私はゆっくりと瞼を開け、周囲を見渡す。


「……?」


 目を覚ますと、知らない場所にいた。

 苔むした石の壁。ひび割れ、大きく抉れた石の床。周囲には石製の魔法人形ゴーレムの残骸が転がっており、朽ちてかなりの時間が経った場所であると分かる。

 後ろへ視線を向けると、壁に大きな穴が空いており、そこから海水が入り込んでいた。私はそこに体を浸からせている。


「ここは……どこだ?私はどうしてここに……?」


 何も思い出せない。

 私はついさっきまで“ティタニア”にいたはずだ。アイリーンもいないし、何が起きた……?


「うぐっ……!?」


 そして突然、強烈な痛みが頭を襲う。

 まるで、思い出そうとする私の行為を阻止しようとしているかのようだ。

 しばらく痛みに耐え、徐々に和らいでいくのを感じる。

 動けるようになった私は、海水に浸かった自分の体を動かし、近くにあった適当な石のブロックに腰掛けた。


 びしょびしょだ……地味に痒い。私はどれだけの間、海水に浸かっていたのだろうか。


 そう心の中で呟きながら、波の音しか聞こえない遺跡と思しき場所を見回してみる。


「しかし、ここは一体どこなんだ?」


 特に目新しいものは見つからない。石で出来たただの建物だ。

 私は重い身体を鞭打って立ち上がり、少し周囲を探索してみることにした。浮遊すれば、ある程度は楽にはなるだろう。


「……?」


 そう思い、背中の羽に魔力を込める。

 しかし、うんともすんとも反応しない。

 どうしたんだ?と背中に視線を向けると、そこにあった見るも無惨な姿に変わり果てた自分の羽を見て目を丸くした。


「な、なんで……!?」


 目に飛び込んできたのは、所々に穴が空いている羽の姿だった。

 羽は、羽を持つ種族にとって力の象徴だ。

 羽を持つ種族共通の特徴だが、羽の枚数が多いほど種族としての格が上となる。

 フェアリアの場合、大きな四枚羽根が最上位格の証だ。

 生まれた時は二枚羽根だが、力を付けていくと小さな二枚の羽が既存の羽の下に生えてくる。そしてさらに力を付けると、生えてきた二枚羽根は大きく成長し、元々持っている羽と同じくらいの大きさになる。

 私は生まれながらに小さな羽を二枚持つ四枚羽根で、一番の自慢に思っていた。自分は特別な存在なんだと、子供の頃はよく思ったものだ。

 しかし、そんな羽はどういうわけかボロボロで、機能不全を起こしている。

 フェアリアが魔法力に優れた種族である一番の理由は、この羽によるサポートのおかげでもある。羽が使えないとなると、私の戦闘力は著しく低下してしまう。


「どうしよう……」


 私は涙目になりながら自分の羽を見つめた。

 自分の誇りだった自慢の羽。それがこんな状態になって……。

 はぁ……泣きたくなってくる。


「……こんなみっともない羽。誰にも見られたくないよ……」


 私は他人に見られたくないという思いから、羽を背中から消し去った。

 私たちにとって羽は力の象徴であるため、見せつける意味合いもあって普段消すことはしない。だが、こうして見えなくしてしまうことはもちろんできる。

 私は、羽が見えなくなった自分の背中に何処か寂しさを覚えた。


「羽が使えないとなると、完全に己の力量のみで戦うことになる。……アレ。使えるかな」


 私はとりあえず、手始めに魔力を手元に集めて剣の形を生成した。


「……うん。問題なく使えるね。良かった」


 私は作り出した光の剣を軽く振り回しながら、ホッと安堵の息を漏らす。

 これはフェアリアが使う特殊な魔法で、名を“フェアリービット”という。

 魔力を武器の形に投影し、実体化させるというシンプルな魔法で、魔力さえあれば何度でも何本でも作り出せる。

 手に持たずとも振り回すことができるので、名前にもある通りビットのような運用が可能だ。

 フェアリアはこの魔法であらゆる武器を作り出し、浮遊能力を駆使して変幻自在に戦う。私は剣を主に使うが、アイリーンはレーザーを射出する飛行ユニットを使っていた。


「さて。まずは、ここを脱出しないとだね」


 フェアリービットが問題なく使用できること確認した私は、手に持っていた剣を霧散させて奥に見えていた階段の方へと歩いて行く。

 階段を上った先は酷くボロボロになった通路が続いていた。

 体重をかけると底が抜ける場所もあってかなり危険な状態。所々、壁が崩れ通れなくなっていたり、逆に底が抜けた場所に折れた柱が橋のように架かり、通れるようになった場所があったりと複雑な迷路と化していた。魔物の気配がしなかったのは幸いだ。

 通路はそこそこの広さがあるが、こんないつ底が抜けのか分からない不安定な場所で戦闘なんかしたくない。


 そんなこんなしばらく彷徨った末、ようやく見つけた腐った木製の階段を上がった先には、上から光が差す大きな部屋があった。天井には所々穴が開いており、そこから太陽光が屋内に入ってきているのだ。

 大きな部屋には、たくさんの横長椅子が乱雑に放置され、蔦に絡まったパイプオルガンや足が折れた元は立派だったであろう机と朽ちたキャンドルスタンドが落ちていた。

 床には色とりどりのガラス片が散らばっており、上に視線を向ければ割れたステンドグラスがそこに存在している。

 向かい側を真っすぐ見れば、片側がなくなった大きな二枚扉があり、その奥に森が見えた。

 どうやらここは大きな教会だったらしい。地下が石で作られていたものだからてっきり遺跡だと思い込んでいた。

 私は、パリパリと砕けるガラス片を踏みつぶしながら広間を抜け、二枚扉の元へと向かう。


「……」


 そして丁度中央に差し掛かった辺りで、どこからか自分を見つめる視線を感じ取った。私はその場で足を止め、警戒しながら周囲を見渡す。


「……誰かいるの?」


 ……返事は返ってこない。

 こちらを警戒しているのか、それとも人の言葉を喋れないのか。

 私は意識を集中させ、自分を見つめる視線の位置を調べる。


 ――見つけた。


 場所は天井。明らかにこちらを警戒している。

 ほんの僅かだが、魔力が集まっているのが分かる。何をするつもりか分からないが、少しでも動けば攻撃するという意思を感じた。

 私は一瞬で光の剣を作り出し、天井に放つ。視線の主は突然飛んできた剣を瞬時にかわしてそのまま下へと降りてきた。

 ズガーン!!と重々しい音を立て、衝撃で様々なものが混じった埃が舞う。


「こ、これは……」


 目の前に現れたのは、地下でも見かけた石の魔法人形ストーンゴーレムだった。しかし、サイズが一回りデカい。これは、地下にあったものに比べるとはるかに高性能な機体のようだ。

 こんなに大きなものが天井にぶら下がっていたというのに、何故気づけかなかったのか。


『萓オ蜈・閠?賜髯、』


 人形はノイズのような音を発すると、その体躯とは裏腹な凄まじい速度で近づいて来た。

 私はその場で体を翻し、後ろに飛び退きながら攻撃を仕掛ける。


「――ソードビット・クレアーレ!」


 フェアリービットで作り出した無数の光の剣が、魔法人形に向かって飛んでいく。

 人形は剣の大群を見て、ほんの一瞬硬直すると上半身をコマのように高速で回転させた。


「何それ!?」


 回転によって放った光の剣は全て弾き返される。

 私は目の前にいる人形の対応力の高さに舌を巻いた。これほどのゴーレムを作り出せる者がいるとは……。


「っ、これならどうだ!――エーテルインパクト!」


 私は、目の前で回り続ける魔法人形に大気の魔力を凝縮させた魔力弾を放つ。

 魔力弾に接触したゴーレムは、割とシャレにならない異音を立てて大きく吹き飛んだ。そのまま壁に激突して建物が揺れる。


 この“エーテルインパクト”という魔技アーツは、自身の魔力マナではなく、自然界にある魔力エーテルを用いて発動させる魔法だ。

 星を満たす潤沢な魔力を使用して発動させるため、自分の魔力をほとんど使わないというメリットがある。何より接触時の衝撃波がすごい。

 この魔法は攻撃よりも相手の態勢を崩す目的でよく使用される。そこそこ威力もあり、使い勝手のいい魔法だ。

 ただ、大気の魔力を操らなければいけないので、扱いがかなり難しい。


「意外と吹き飛んだね。これで倒れてくれればいいんだけど……」


 そう溢した次の瞬間。土埃の中から光が漏れ、嫌な予感を覚えた私は咄嗟に直線上範囲から距離を取った。

 直後、私が立っていた場所に極太の魔力光線が飛んでくる。

 凄まじい熱気と木材の焦げる臭い。私はその威力に目を丸くした。何てもん放ちやがる……!


『繧ィ繝ゥ繝シ縲ゅお繝ゥ繝シ縲ゅさ繧「縺ォ驥榊、ァ縺ェ謳榊す縺ゅj』


 そのノイズのような音にハッとさせた私は、壁に背中を預けている人形に急いで視線を向ける。

 エーテルインパクトの当たり所が悪かったのか良かったのか、ゴーレムの胸部装甲が外れ、中がむき出しになっている。

 そこには真っ赤な球体が埋め込まれており、連鎖するようにひびが入っていた。

 ぐでーっと下ろす両腕は真っ黒に焦げ、黒い煙が上がっている。恐らくこの両腕が合体することで砲台と化し、魔力砲を放つという仕組みになっていたのだろう。怖っ。

 そしてしばらくもしないうちに、ゴーレムから感じていた殺気のようなものが霧散する。完全に活動を停止させたようだ。私は小さく息を吐き、戦闘態勢を解く。


「まったく……とんだやつだな」


 そう言いながらゴーレムに近づこうとすると、治まっていた頭痛がまた発生した。

 今度の頭痛は普通じゃない。まるで内側から破裂させようとするほどの圧迫が襲ったのだ。

 私は、声にならない悲鳴を上げながらその場に膝を突き、そのまま横に倒れて意識を失った。

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