妖精のイデア - Moments of Fairy Tale -
月燈
プロローグ
第0話 平和の終わり
この世界には、魔法や魔物が当たり前のように存在する。
魔法は“魔力”というエネルギーを用いて起こす事象のことで、日々の生活に使われる便利なものから、敵を倒すための凶悪なものまで様々な種類が存在する。
魔力はこの星の地中深くに存在する“
そして、魔力が当たり前のように存在するこの世界では、万物全てに魔力が宿る。それは人や動物、植物や鉱物なども例外ではない。
この人や動物などに宿る魔力のことを便宜上『マナ』と呼んでいる。逆に、自然界に存在する魔力は『エーテル』と呼ばれる。
二つの呼び方に分かれてはいるが、どちらも同じものでそこに違いは存在しない。
そんな世界にある、とある絶海の孤島。
周囲には常に無数の渦潮が発生しており、海からの進入はできない。特殊な魔力の膜が島全体を覆っていることもあり、空から入るのも難しい。
その島の中央には天をも貫く巨大な大樹がそびえ立っており、その大樹の根元にはこの島にしか住んでいない特別な種族の里があった――。
「これで良しっ!」
私は、集めた薬草を入れた籠を見ながら満足気に頷く。
私の名前はアムアレーン。この“ティタニア”という島に住まう特別な種族“フェアリア”だ。
年齢十六歳。身長は百四十半ば。
背中には月長石を彷彿とさせる蝶のような羽が生え、ツインテールにした白い髪と蒼空のような青い瞳を持つ。
腕と背中を大きく露出させたホルターネックのトップスと膝上までの長さのミニスカート。頑丈な腰マントを装着し、革のショートブーツの下には踝丈の靴下を履いている。
これはフェアリアの種族装束で、里に住む皆が同じような衣装を身に纏う。
フェアリアは色素の薄い髪と尖った耳、蝶のような綺麗な羽を持つのが特徴の種族。
羽は直接背中から生えているのではなく、少し離れた所から浮いたような状態で存在している。
小柄ながらに頑丈で力持ち。あらゆるものに強い耐性を持っており、寿命は千を優に超える。
そんな特徴もあって出生率は極めて低い。それがフェアリア。その見た目から“妖精”と呼ばれることもある。
私は春のような心地よい風が吹く丘の上から、雲が流れる空を眺めた。今日はとてもいい天気だ。
海の近くだというのに塩害が発生しないのは、島を覆っている膜のおかげなのだろう。この膜があるおかげで、この島は数百年以上の平和な時が流れていた。
「さて、そろそろ帰ろうかな……ん?」
不意に森の方から物音が聞こえてくる。
音の聞こえた方へ視線を向けると、頭に立派な一本角を持つ兎がいた。
あれはアルミラージという魔物だ。
私は、無警戒に鼻をピクピクさせている兎を見ながら「今日は兎鍋だな」と独り言ちる。
そのまま片手を上げて兎に狙いを定め、
「――フッ!!」
無数に出現する光の剣。
どこからともなく現れたその剣に、アルミラージは為す術なく息絶える。
この
私は横たわる兎に近づき、その状態を見て「あっ」と頬を掻く。
「しまった……。つい手癖で
横たわるアルミラージは、ズタズタのボロボロになってしまっていた。
そりゃそうだ。剣でめった刺しにすればこうなる。
はぁ……これでは血抜きもクソもない。
この島で肉というのは貴重だ。
一応、家畜を育てている場所はあるが、数には限りがあるので基本的に肉は魔物か野生動物から手に入れることになる。
魔物と聞くと「本当に食べてもいいのか?」と不安に思うかもしれないが、体内に“魔石”を持つ以外は普通の動物とほとんど変わりはないので問題ない。
まぁ、一部例外もいるので注意は必要だが。
ちなみに、魔石というのは『マナ』が何らかの要因で結晶化したモノのことだ。
魔石を持つ者は動物であろうと、植物であろうと、霊であろうと、機械であろうと、皆“魔物”に分類される。
魔石は強い力を持つ反面、宿主の理性を奪い暴走させる力があり、本能のままに動きまわる獣と化す。
その危険性から魔物は人類の敵とみなされ、人々はこの脅威と日々戦っているのだ。
私は口をへの字に曲げながら兎を持ってきた布に包み、薬草を入れた籠に入れる。
角は危ないし邪魔なので根元から折り、マントのポケットにしまっておいた。
この腰マントの内側には簡易的な物入れが付いているので何かと便利だ。本来は木の板や鉄板などを入れて防御力を補強するものなのだが、私はそんな使い方を知らなかった。
そのまま籠を背負い、森を抜けて自宅への帰路につく。
羽は幻のような存在なので、こうして背負っても籠をすり抜けて干渉しない。
もちろん、この状態でも羽は使えるのでやろうと思えば空だって飛べる。
まぁ、今は籠に兎が入っているのでやらないが。
森の中は人が歩きやすいように歩道が整備されているので、木の根に躓いたり、道に迷ったりする心配はない。
出現する魔物も私の敵ではないため、難なく蹴散らし、魔石を回収して森を駆け抜ける。
魔石は有効な魔力資源であるため、残さず回収する。勿体ないからね。
森を抜け、しばらくしたところにある自宅へ無事帰還した私は、家の前で立っている幼馴染の顔を見て「あれ?」と首を傾げる。
「アイリーン?」
彼女の名を呼ぶと、家の前に立っていた少女はこちらに振り向きニコリと笑った。
彼女の名はアイリーン。子供の少ない種族ながら、珍しく私と同い年。
青味掛かった銀色の髪と赤色の瞳を持つ。背中には
身長は彼女の方が少し高く、胸部も豊満。彼女の発育の良さを何度羨んだか分からない。
「おかえり。アム」
「ただいま。どうしたの?」
私は自宅の鍵を開けながら彼女に尋ねる。
「暇だから来ただけ」
「何それ」
「だってこの島、私たち以外にフェアリアの子供がいないんですもの」
「同年代の子供と遊びたいんだったら、人里へ行ってみれば?」
アイリーンを自宅へ上げた私は、お手製のお茶を出しながらそう言う。
彼女は私の言葉に肩を竦めてお茶を一口飲み込み。
「……嫌よ。遠いもの」
そう言った。
フェアリアはこの島にしか住んでいない種族だが、この島にはフェアリア以外の種族も暮らしている。
一番多いのは、ヒュームという種族だ。
何の特徴も持たない平均的な種族で、この世界の半分以上の人口を占める。寿命は長くて百年ほど。
次に多いのはコビットという種族で、身長がヒュームの半分ほどしか成長しないが代わりに寿命が倍ほどある。
力はないが手先が器用で、この島の衣類は基本的にコビットが作ってくれている。
次いでビスティという動物の耳や尻尾を持った種族。
魔法は苦手だが五感が鋭く力が強い。
身軽で俊敏な動きができる。この島では、野生動物の管理や魔物討伐を担ってくれている。
この島にいるビスティは、猫のような耳や尻尾が生えた『ビスティ・キャッツ』という種族だけだが、外界には犬耳や兎耳などを持ったビスティが存在するらしい。
他にも、エルフーンというフェアリア以上に長い耳を持った魔法力に優れる長寿の種族が大樹から離れた森の中で暮らしていたり、山付近にはドワルゴンというコビット並みに背が小さいが恰幅が良く、力持ちで器用な種族もいる。
彼女の言う通り、フェアリアの住まうここ“タニアの森”から他の種族が暮らしている人里まで、そこそこの距離がある。
道中の森は歩きやすいように整備されているとはいえ、魔物が出現するうえ、森は狭いので馬車が使えない。まぁ、そもそもこの島には存在しないんだけどね。
フェアリアは自前の羽で空を飛んで移動できるが、飛行するのにも魔力と体力が必要になるし、空にも魔物は出現するため、そこまでして人里へ行きたいと思うフェアリアは多くない。
「それで……あなたは今日、何をしていたの?」
アイリーンはお茶をもう一口飲んで尋ねてくる。
私は先ほど採ってきた薬草が入った籠をテーブルに置いて見せた。
「薬草採取。ほら、そろそろ薬が無くなりそうだったからさ」
私は、ほとんど中身が残っていない蓋つきの小瓶を置いている棚に視線を向けながら言う。
アイリーンも私の向ける視線の方を見て「なるほど」とまたお茶を口に含んだ。
「……この血塗れの布は何?」
「ん?アルミラージだよ」
「アルミラージ?血抜きはしたの?」
「してない」
「しなきゃダメじゃない。お肉は鮮度が大事なのよ?まったくあなたは――」
アイリーンがそう言いかけると、不意に島が大きく揺れた。
私たちは同時に立ち上がり、無言で周囲に注意を向ける。
「……治まった?」
「いや……まだ揺れてる」
私たちは、すぐに家を出て外の様子を確かめに行ッだ。揺れはまだ治まらない。
島に一体何が起こっている……。
「アム!あれ!!」
「っ……!」
声を上げたアイリーンが指さす方へ視線を向けると、島に向かって極太の魔力光線を放つ飛空戦艦の姿を捉えた。
戦艦から放たれているレーザーは、島を覆っている膜によって遮られ、そこから先には入ってきていない。
しかし、その衝撃で島が大きく揺らされていた。揺れの原因はアレか。
「な、なに……?何が起きてるの……?」
「――アムッ!!!」
「っ……!?」
アイリーンの
何事かと視線を向けようとすると、背中を強く押され、自宅横の森の方へと転がり落ちた。
「アイリーッ――!?」
彼女の名を呼ぼうとして視線を上げると、アイリーンは私たちの見ていた反対側から飛んできたレーザーに呑み込まれた。
それを見て私は思わず声を詰まらせる。
直後、島に巨大な爆風と衝撃波が襲いかかってきた。木々が吹き飛び、地面の土が宙を舞う。
「――がふっ……!?」
そこで私の意識は完全に途絶えた。
何が起きたのかは分からない。
飛んでいた木にぶつかったのか、それとも死角から飛んできた魔力光線に呑み込まれたのか……。
この出来事は、フェアリアたちの運命を大きく変えることになる。
これが、数百年以上平和だった“ティタニア”の最後の日になるとは、夢にも思っていなかった――。
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