第8話 守護者の資格:お前ってアホだよな

 この世界には五つの国がある。

 ユイトが生まれ育ったのは、東の国。森の自然豊かなヒスイ国だ。

 そして、これから彼女が向かうのは、他四つの国に囲まれ、世界の中央に位置するコハク国である。


 コハク国の都メイセイは、世界最大の国教組織であるスーノ聖教会の総本山があり、教会の頂点トップである聖女が住まう都市だ。

 教会は独自に対エニグマ討伐に特化した奇石使い――守護者ガーディアンを抱え、彼らを各地に派遣することで人々の安寧あんねいを守っていた。

 何よりも教会の頂点である聖女は、世界を支えるに必須の存在である。

 そういう背景から、この世界に対する教会の影響力は非常に強く、コハク国は世界のリーダー的存在であった。



 守護者を目指すユイトは、都メイセイを目指して旅していた。

 守護者採用試験はおよそ半年に一度の間隔で行われる。次の試験がいつあるのか、途中立ち寄った街の宿屋でユイトは情報収集した。


「確か、一か月後くらいじゃなかったかしら」

「なら、十分間に合いますね」

「間に合う?まさか、お嬢ちゃんが守護者になる気?」

「はい。そのつもりです」


 ユイトがそう言うと、おかしそうに宿屋の女将は笑った。


「面白い冗談言うね」

「冗談……?」

「だって、女は守護者になれないでしょう」

「……」


 その言葉を聞いて、ユイトの顔からサーッと血の気が引いた。



 特別枠を除き、基本的に女は守護者にはなれない。

 その規則が変わるのは、今からちょうど二年後だ。


 そうだ、そうだった――とユイトは思い出す。


 以前の世界線では、ユイトは15歳のときに守護者の試験に合格したわけだが、それが女性守護者認可後の初めての採用試験だったのだ。

 そんな大切なことを忘れていたなんて……と、宿の個室で頭を抱えているユイト。それに、ソウが追い打ちをかける。


【お前ってアホだよな】

「しみじみと言わないで!」

【で、どーすんだ?二年後まで待つのか?】

「冗談じゃない。そんな悠長なことしていられないよ」


 本当なら、すぐにでも四年後の災厄に備えて対策をしたいのだ。これ以上の遠回りなんて冗談じゃない。

 だったら、ユイトにできることは……。


 ユイトはおもむろにカバンからナイフを取り出した。その刃を束ねた長い黒髪に入れる。

 ボトリと一房の髪が床に落ちた。

 長かったユイトの髪は、男の子のように短くなる。


【ふぅん。髪を切って、男装でもするつもりか】

「そうだよ」

【だが、試験のときに身体検査されたらどうするんだ?上は元々まな板だからいいとして、下を見られたら一発アウトだろう】

「まな板って……もちろん、それも考えているよ」


 ユイトは右手の奇石――チチュを撫でる。


「チチュは『創造の糸』という能力も使えるはずなんだ」

【創造?】

「特殊な糸で編み上げて、張りぼてを創ることができる。逆行前は、私の偽物を作って目くらましに使っていたよ」

【つまり、糸で男の×××を作るってことか?】

「……露骨に言うね。でもまぁ、その通りかな」


 確か『創造の糸』は比較的早い段階でチチュが身に着けた能力だった、とユイトは思い出す。

 急ピッチで、チチュを成長させれば『創造の糸』を覚えることは不可能ではないはずだ。

 ということは……


「明日からまたエニグマ狩りだね」


 ユイトはそう結論付けた。



 コハク国に入り、都メイセイを目指しつつ、ユイトはエニグマを狩り続けていた。

 ソウがいとも簡単にエニグマの居所を探し当てるため、ユイトは順調に魔晶石を手に入れている。

 チチェが攻撃手段である『毒牙』を覚えたことも大きく、以前に比べて効率よく狩りができるようになっていた。


 そんな旅路を歩みながら、ユイト達はとうとう都メイセイ目前の森までやって来た。


「この森を抜けると都だよ」


 森を通る街道を歩きながら、ユイトは言った。

 あれから服も男物に変えたので、短く切った髪と相まって、ユイトはどこから見ても少年のように見える。


【で、肝心の『創造の糸』は覚えられそうなのか?】

「う~ん。習得までそう遠くはないと思うのだけれど……」


 そのとき、チカチカと右手の奇石が点滅した。

 まるで申し訳ない――というようにチチュが弱々しく発光する。


「チチュはよく頑張ってるよ!私の方こそ、ごめんね。こっちの事情で振り回して」

【おい、一人称。になってるぞ】

「あ、そうだった。じゃない。だ、


 男装に合わせて、言葉遣いも改めようとしているユイトである。

 しかし、気を抜くとすぐに自が出てしまっていた。

 「ボク、ボク」とユイトは一人繰り返す――と?


【――ン?】

「どうしたの?」

【……喜べ。だぜ。しかも、コレはデカいぞ】


 ソウの薄ら笑いを耳にして、スッとユイトの表情が変わった。



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