第7話 旅立ち:そして痛恨のミス

 エニグマを探しては狩って、探しては狩っての繰り返し。

 そうやってユイトが逆行してから、二か月が経過した。


「ついにチチュが『毒牙』を覚えました!」


 パチパチと一人で拍手するユイト。

 彼女からしたら、チチュとソウに話しかけているつもりだが、傍から見れば一人でテンションが高くなっている怪しい人物である。


「チチュ、よく頑張ったね。えらいよ」


 ユイトが労をねぎらうと、それに応えるように右手の奇石が淡く光った。


【で、『毒牙』って何だ?文字通り、相手を毒状態にするのか?】

「うん、その通り。糸の先に毒の牙を形成してね。それがエニグマも倒せる、すごい毒なんだ」


 そう胸を張るユイトは、我が子を自慢する親のような口ぶりである。


「一つ難点を挙げるなら、即効性の毒ではないってことかな。仕留めるまでに少し時間がかかるんだよね。あと、毒に耐性のあるエニグマもちらほらいる」

【難点、一つじゃねぇじゃん】

「細かい所は突っ込まなくていいよ!大丈夫、毒が効くまで糸で拘束しておけば良いんだから。この二か月で糸自体の耐久度も飛躍的に上がったしね」


 言いながら、ユイトは愛おしそうに右手の奇石――チチュを撫でる。


「チチュはすごく強くなるんだよ。成長すれば『毒牙』だって、たちどころにエニグマをほうむれるまでパワーアップするし。さらに、エニグマの固い体を一刀両断できる鋼の糸まで創れるようになるんだから」

【ほうほう……で?そうなるまでに、いったいどれくらいの魔晶石が必要なんだ?】

「それは……ハハ……」


 ユイトは乾いた笑みを浮かべた。

 この二か月、チチュをここまで育てるだけでも百体近くのエニグマを狩り、魔晶石を与えてきた。倒したエニグマは小型のものが多かったが、攻撃手段をほとんど持たないチチュで倒すのは一苦労である。

 ユイトの脳裏にその苦労がまざまざと思い出されるが、以前の世界線で彼女がチチュに費やした魔晶石はこの比ではない。


【あと、疑問だが。どうして俺様にまで魔晶石をよこすんだ?まぁ、旨いから貰えば喰うけどよぉ。チチュに手に入れた魔晶石を全部やった方が合理的だろ?】

「これだけ効率よくエニグマを狩れるのは、ソウがその位置を教えてくれるからだよ。とても感謝してる。なのに、君に見返りを与えないのはおかしいよ」

【ふぅん……】

「そういうのって、飼った猫にエサを与えないのと同じじゃない?それって虐待――」

【だから俺様をペット扱いすんじゃねぇっ!!】


 とにもかくにも、これで守護者ガーディアンの試験に合格する算段がついた。

 故郷のキネノ里を離れる時が来たのだ――と、ユイトはシイナに話をもちかけた。



「そうですか……」


 里を離れ、スーノ聖教会の総本山があるコハク国の都メイセイに行く。

 その旨をユイトが告げると、静かにシイナは頷いた。


「正直なところ、私には貴女あなたの選択が正しいのかどうか……それすらも分かりません。貴女の行動は、あるべき未来を私欲のために捻じ曲げようとしている……そうともとれますから」

「はい」

「しかし、この二か月で貴女の覚悟は分かりました。ろくな休息すら取らず、貴女はエニグマを狩り続けた――その覚悟が。よほど、聖女様は貴女にとって大切な人なのでしょう」

「……」

「その覚悟を止めるだけの意思と理由が私にはありません。だから、私は可愛い孫を応援しましょう。これはその餞別せんべつです」


 シイナは懐から麻袋を取り出し、机に置いた。

 ガチャリと金属音がして、その中身が貨幣だと知れた。


「これは貴女が嫁入りするときに、持たせようと貯めていたお金です。もっとも、貴女を育てていて、普通のお嫁さんにはならないだろうと思っていましたが」


 ふふ、とシイナは忍び笑いをする。

 それから手を伸ばし、ユイトの頬を優しく撫でた。


「貴女には不思議な力があります。他の者にはない、奇石と心を通わせることができる力――それを大切にしなさい」

「お祖母ちゃん……」

「困ったときはいつでも此処ここに帰ってきなさい。此処が貴女の家なのですから」


 祖母の言葉を聞いて、ユイトの目にみるみる涙が溜まっていった。

 けれども、涙は流さまいと彼女はグッとこらえる。

 それから笑顔でユイトは言った。


「あのね。前の世界では、イオ……聖女様は私にこう言ってくれたんだ。君の育った里を見てみたい――って。だから、今度は聖女様と一緒に帰って来るよ。この大好きなキネノ里に」

「ええ、ええ。待っていますよ」


 そうして、ユイトは故郷を旅立った。



*

 旅立つユイトを見送って、シイナは昔を懐かしんでいた。

 事故で亡くなってしまった娘夫妻。その事故に際して、奇跡的に生き残ったのが孫のユイトだった。


 ユイトはだ。

 そう、シイナは確信していた。


 物心ついた頃から、ユイトはしばしば口にしていた。奇石の気持ちが分かるのだ、と。

 当初、シイナはそれを子供の戯言たわごとだと考えていた。

 しかし、今は違う。本当にユイトには、他人にはない不思議な力があり、奇石と心を通わせることができるのだ――そうシイナも信じていた。


――あの子の奇石の扱い方は天才的だわ。


 シイナ自身が熟練した奇石使いだったため、よく分かる。

 ああも自在に奇石を操ることができる人間は滅多にいない、と。


 そもそも、ユイトがチチュと名付け、大切にしている奇石は、普通ならば三流品扱いされる等級の奇石だ。エニグマとの戦闘に耐えれるものではない。

 にもかかわらず、この二か月でユイトはチチュと共に、百体近くのエニグマをほうむっている。


――それに、あのソウという奇石……。


 ユイトの左手に在った青い奇石。

 その力で、彼女は過去に戻って来たと言う。

 もちろん、世界の時間を巻き戻す奇石なんて聞いたこともない。それこそ御業みわざではないか、とシイナは思う。


 そんな奇石がユイトと契約したこと――それは果たしてなのだろうか。


 思い詰めた表情で考え込んでいたシイナだったが、「あら、そう言えば」と、あることを思い出した。

 シイナは呟く。


守護者ガーディアンって女の子でもなれたかしら?」



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