第6話 エニグマ狩り:弱体化した相棒に貢ぐ魔晶石

 猪型のエニグマ相手に、ユイトはまずチチュの糸を投網のように投げた。

 白い糸が網状に広がり、そのままエニグマの体を覆う。

 ユイトは自分自身が引きずられないように、その糸を近くの太い木の幹に巻き付けて、重石代わりにした。


 これでエニグマの動きを封じられるか――そう期待するユイト。

 しかし、エニグマは前へ前へと突進し、ブチブチとチチュの糸を引きちぎってしまった。


「やっぱり……この耐久性では無理か」

【全然止まらないじゃねぇか。どうするんだ?】

「もちろん、まだ考えはあるよ」


 チチュから次に創り出されたのは、粘着性の高い糸だ。ユイトはそれをエニグマの足元に仕掛け、標的を転ばせる。

 一時的な足止めに成功したのを確認して、ユイトは次の行動に移った。


 すでに、チチュの糸の先端には家から持ち出したなたくくりつけられていた。ちゃんと砥石といしいだ切れ味抜群の鉈だ。

 ユイトは先端に鉈が付いた糸をぐるりと回し、遠心力を利用して、エニグマに振り下ろした。


――ギャアアアアアッ


 獣の咆哮ほうこうが森に響き渡る。

 鉈は深々とエニグマの首元に刺さり、そこから黒い血しぶきがあふれだした。しかし……。


「っ!!」


 足止めの糸を振り払い、黒い血をまき散らしながら、エニグマがユイトの方へ突進してくる。ユイトはチチュの糸を木の枝にかけ、樹上へ緊急回避した。


「致命傷にはならないか」

【ヒャハッ!タフだなぁ。おい、怒らせただけじゃないのか?】

「まだまだ、これからだよ」


 木の上のユイトを落とそうと、エニグマは幹に突進した。ドシンと木が震えると共に、バキバキと音を立てながら木が倒れていく。

 ユイトは地面に落ちないよう、次の木へと飛び移った。


 追うエニグマと逃げるユイト。

 彼女はチチュの糸を使って、器用に木から木へと樹上を跳び移っていく。その様子はさながら猿のようだ。

 そんなユイトをエニグマは猛然と追いかけた。


 エニグマの突進は、大きな木を簡単に破壊できるほどの威力だ。それを一撃でも喰らえば、ユイトなんてひとたまりもないだろう。

 一歩間違えれば死。そんな危険な追いかけっこがしばらく続いた後、突如視界が開けた。

 鬱蒼うっそうと生えていた木々が途切れ、眼前に空が広がる。


 ブランとユイトは空中に投げ出された。

 チチュの糸がなければ、そのまま彼女は遥か下の地面に落下していただろう。

 そう、そこは切り立った崖の上。断崖絶壁になっていた。


 樹上のユイトをすさまじい勢いで追っていたエニグマは、先が急に崖になっていても、その勢いを止めることはできなかった。

 結果、エニグマは崖から転落する。

 その様子を崖の上からユイトは見下ろした。


【ヒヒッ。まさに猪突猛進だな。猪に似ているだけのことはある】

「行こうか」


 ユイトはロープ代わりにチチュの糸を使い、スルスルとその崖を下りて行った。



 崖の下には、エニグマが横たわっていた。かなり弱っているが、まだ死んではいない。

 その様子を見て、ソウが興味深そうに声を上げる。


【あの高さから落ちて、まだ生きているのかよ。しぶとい奴だな】


 すると、ユイトがやおら鉈を手に取った。チチュの糸をくくりつけた鉈である。


【どうするんだ?】

「こうするんだよ」


 糸を操り、ユイトは鉈をエニグマに振り下ろす。そして、その体から鉈を引き抜くと、また鉈を打ち込んだ。

 鉈がエニグマの体に刺さるたび、黒い血が飛び散る。しかし、ユイトはそれを全く気にした風はなく、淡々と作業を繰り返した。


 彼女の顔が、服が、エニグマの黒い血で汚れていく。


 そして、とうとうエニグマは絶命した。


 すると、その体は黒い霧となって空中に霧散し、跡形もなく消えてしまう。ユイトが浴びた黒い血も同様で、すっかり消えてなくなっていた。

 後に残されたのは、きらりと輝く魔晶石だけである。


「まずは一体だね」


 目的の魔晶石を手に入れて、ユイトは息を吐いた。


【フン、お前。顔に似合わず、ずいぶんと泥臭い戦い方するじゃねぇか】

「戦い方を選べるほど手札がないからね。手段は選んでいられないよ」

【ククク……なるほど、なるほど】

「ところで、ソウ。この近くにエニグマはいる?」

【あぁ?まさか、連戦するのか?】

「当たり前だよ」


 事もなげにユイトは言った。


「私にはムダにできる時間はないんだ」



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