第4話 災厄と聖女:目指すは守護者

 ユイトが話を聞いて、シイナはしばらく思案顔をした後、こう言った。


「――なるほど。つまり、貴女あなたは七年後の未来からこの時代に戻って来たというわけですね。そのソウという奇石の力を使って……」

「お祖母ちゃん、信じてくれるの?かなり突拍子とっぴょうしもない話だけれど……」


 意外そうな口ぶりのユイトに、シイナはくすりと笑みをもらす。


「誰が貴女あなたを育ててきたと思うのですか?貴女がこんな意味もない嘘を吐くような子じゃないということは分かっていますよ」

「お祖母ちゃん……」

「それで、これから四年後にと呼ばれる事態が起こるのですね?それは具体的にはどういうものなのですか?」

「世界を守っている結界に大きなほころびが出来てしまうの。そのせいで、大量のエニグマがこの世界に侵入しようとするんだ」


 ユイトたちが暮らしているこの世界は五つの国から構成されていて、それらは結界により異世界から守られている。

 エニグマはそもそも異世界の住人だ。彼らはちょっとした結界の隙間から、この世界に侵入してくる。そして人間を喰らう――そんな化け物だった。


 もし、結界が破綻すれば、この世界に侵入するエニグマの数は現在の比ではなくなるだろう。結界という制限がなくなり、大量のエニグマがなだれ込めば、大惨事は必死だった。


 世界を守るためには必須の結界――そして、その柱になるのが『聖女』と呼ばれる存在である。


「なるほど……。そして、今から四年後に結界に支障が出る。それを直すために、貴女の親友である聖女様が自らの命を犠牲にするんですね?そして、貴女はそれを止めたい……と」


 シイナの理解が早いことに驚きつつ、ユイトは「その通り」と頷いた。


「どうして結界にそのような障害が出るのか。その原因は分かっているのですか?」

「分からない。だから、私はその原因を突き止め、未然に防ぎたいと思っているの」

「具体的にはどうするつもりなのですか?」

「結界の核心的な部分を探るためには、スーノ聖教会に潜り込まなければならないと思っているよ」


 唯一神グランダを主神とするスーノ聖教会は、この世界で最大の国教組織だ。その頂点トップは聖女と、補佐役の枢機卿たちで構成されている。

 そして、彼らがこの世界の結界を管理しているのだ。


「同時に聖女様の方にも接触しようと思っているの。もし、災厄の原因が分からなかったとしても、その未来を彼女に伝えることで、対抗策を講じることができるかも……」

「なるほど。しかし、どちらにせよ。貴女あなたが教団の上層部に入り込む必要があるでしょう。貴女は田舎のただの小娘。そんなことができますか?」

「とりあえずは守護者ガーディアンになるつもり。そこから、出世して聖女の近衛隊このえたいを目指すよ」

守護者ガーディアン――つまり、エニグマ討伐の専門家。教会専属の奇石使いというわけですか」


 ユイトはこの計画を実現不可能なものとは考えていなかった。


 なぜなら、以前の世界線で実際に、ユイトは一介の守護者ガーディアンから聖女の近衛隊このえたいに成りあがったからである。

 ただし、ユイトが守護者ガーディアンになったのは15歳、近衛隊このえたいに出世したのは16歳の時の話だったが……。


――そんなにグズグズはしていられない!速攻、守護者ガーディアンになって、聖女の近衛隊このえたい抜擢ばってきされなくては!!


 熱意に燃えるユイトだが、それに水を差したのはシイナだった。


「一応は考えているようですね。けれども、一つ懸念点が……」

「えっ、なに?」

「今の貴女あなたの実力で守護者ガーディアンになれるとでも?」

「……えっ?」


 その指摘に、ユイトは顔をひきつらせた。



 コハク国の都メイセイ。

 その中央にある豪華絢爛ごうかけんらんな造りの建物は、ウヌア大聖堂。スーノ聖教会の総本山でもある。


 聖堂内の窓には色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれ、そのアーチや柱は均整のとれた美しさを醸し出していた。

 聖堂の前には信者たちが集まるための巨大な楕円形広場が存在し、北側には聖女の住居である宮殿と祈祷殿、南側には役所関連の施設が隣接している。


 その宮殿内の大廊下をぞろぞろと女官や護衛を引き連れて、歩く者がいた。


 当代の聖女――イオである。


 銀に輝く真っすぐな髪、人形のように整った顔立ち。

 この美しい齢12歳の少女が、スーノ聖教会の頂点トップであり、このコハク国における国家元首でもあった。


 自室の前まで来ると、イオはお供の者たちを返した。そして、身一つで部屋に入ると、自ら着替えを済ませる。

 本来、高貴な身分の人間が自らの手で着替えをすることはない。必ず、身繕いのための女官が付くはずなのだが、イオにはそうできない理由があった。


 イオは自らの身体をまじまじと見た。


 食事制限を行っていても身長は伸び、体は筋肉質になってきた気がする。声も低くなってきてはいないだろうか。

 明らかにとしての第二次性徴の特徴が出始めている身体を、イオは誰にも見せるわけにはいかなかった。


「いったい、私はいつまでを務めるんだ?」


 その呟きは誰に聞かれることもなく、泡のように消えていった。


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