第3話 逆行:そしてゲンコツを食らう

 目覚めると、ユイトはベッドの上にいた。

 視界に入るのは見慣れた実家の天井だ。

 屋根の勾配に合わせた斜めの天井と木のはり。窓からは朝日が差し込んでいる。


「なんか……変な夢を見た気がする……」


 ぼうっと窓の方を眺めていたユイトだったが、ベッドから起き上がると彼女はすぐに異変に気付いた。

 なんだか、妙に目線が低い気がすると。


 不審に思って自分の身体を調べれば、身長が確実に縮んでいる。手と足も小さい。ある程度あった胸のふくらみも全くなくなり、絶壁となっている。


「えっ?えっ?」


 混乱するユイト。そんな彼女に、声を掛けるものがいた。


【よぉ、おはようさん】


 己の左手からした声に、「ぎゃあっ!」とユイトは飛び上がった。



 すっかり目を覚ましたユイトは、やっと意識が途切れる前の出来事を思い出した。


 そうだ。自分は閉ざされた古代遺跡を見つけ、そこで摩訶不思議な奇石と契約したのだ。

 ソウと名付けたその奇石は、ユイトの願いを何でも一つ叶えてくれると言い、彼女はあることを願った。


 過去をやり直したい。今度こそ親友を助けるために。


 そして、今に至る。


「体がどう見ても小さい……つまり、本当に過去に戻ったってこと?」

【ヒャハハハッ!どうだ?俺様の力は!スゲーだろう?】

「うん。すごい!本当にすごいよ、ソウ!!」

【もっと褒めたたえても良いんだぜ!ヒャハハ、まさか上手くいくとはな】

「……ん?」


 今、とても聞き捨てならないことを耳にした気がするが、気のせいだろうか?

 それはどういうことだ、とユイトはソウに尋ねてみた。


【ぶっつけ本番で上手くいくとは思わなかったからな】

「……それって。失敗していたら、どうなっていたの?」

【さぁ?ンなもん、俺様が知るか。滅茶苦茶な時代に飛んだかもしれないし、次元の狭間に呑まれて魂ごと消滅したかもしれないな】

「!!!」


 サッーとユイトの顔から血の気が引いていく。まさか、自分がそんな危ない賭けをしたとは夢にも思わなかったのだ。


「そんなに危険だったの?どうして言ってくれなかったの!?」

【あぁ?だって、聞かれなかったし】

「……」

【まぁ、イイじゃねぇか。こうして上手くいったんだからよ。俺様ってば、やっぱり天才だな】


 ソウに何かを頼むときは用心しなければ――そう心に決めたユイトだった。

 それから彼女はハッとする。


「そう言えばチチュはっ!?」


 慌てて己の右手を見れば、そこには白亜の宝石がきちんと埋まっていた。ユイトはホッと胸を撫でおろす。

 何とか気持ちを落ち着かせて、ユイトは両手を眺めてみた。


 右手には相棒のチチュ。

 左手には新たに契約した問題児ソウ。

 それぞれの奇石が手の甲に存在していた。


 そして、どうやら若返ってしまったらしい自分の身体。

 これは夢ではなく、本当に過去に戻ってきたのだ――ユイトは確信した。

 つまり、親友を救うためのチャンスを本当に手に入れたのである。


 次にユイトが気になったのは、いったい自分が何年前に戻ってきたか――ということだった。

 親友が亡くなった災厄は、ユイトが17歳のときに起こったものである。そのタイムリミットまで、あとどれくらい時間があるのかが重要だった。


「身体の発育具合から十七歳というわけじゃなさそうだけれど」

【まな板だもんな】

「余計なお世話だよ」


 とにもかくにも、ユイトは自分の正確な年齢を知りたかった。それを知るため、彼女はバタバタと足音を立てて階段を駆け下りる。

 目的の人物は、ユイトの思った通り居間にいた。

 記憶よりも少し若い彼女――祖母に声をかける。


「お祖母ちゃん!私って今、何さ――」


 そう聞こうとしたユイトの頭に、祖母のゲンコツが振り落とされた。


「何なんですか?朝から騒がしい。それに寝間着のまま出て来るなんて、だらしないですよ」


 ぴしゃりとユイトの祖母であるシイナが言う。

 ゲンコツの痛みにうずくまるユイトを見て、ぼそりとソウが言った。


【なんだ。この鬼ババァ……こえー】



 ちゃんと服を着替えてから、ユイトはもう一度祖母に尋ねた。


「お祖母ちゃん。私って今何歳?」


 それを聞いて、祖母のシイナは不安そうな顔をする。


「ごめんなさい。強く叩きすぎてしまいましたか?打ち所が悪かったのかも……。まさか、自分の年齢まで分からなくなるなんて……」

「えっと、そうじゃなくて……まぁ、いいや。それで、今何歳なの?」

貴女あなたはちょうど13歳ですよ。先月、誕生日を迎えたところでしょう?本当に大丈夫ですか?」


 シイナの言葉を聞いて、ユイトはぐっと拳を握りしめた。

 現在13歳ならば、災厄までにあと四年はあるという計算だ。これだけ時間があれば、災厄自体を未然に防ぐこともできるかもしれない。


――本当にあの子を助けられるかも!!


 小躍りしたい気持ちで喜ぶユイト。それを怪訝けげんそうに眺めていたシイナがあることに気付く。


貴女あなた、その左手の奇石どうしました?」

「あっ……」


 さっそく、ユイトの左手の奇石ソウをシイナは見つけたらしい。

 かく言う、シイナの右手の甲にも深い緑色の奇石が在った。

 彼女もユイトと同じ奇石使いなのだ。そもそも、ユイトに奇石のを教えたのはシイナである。


 ユイトは改めて祖母を見た。


 髪は見事な白髪だが、背筋はピンと伸びていて還暦を超えたとは思えない。

 何かにつけ、鋭いシイナのことだ。ユイトが適当な嘘を吐いてもすぐに見破り、またゲンコツを降らせてくるだろう。

 そもそも、シイナに事情を隠すメリットもない。


「お祖母ちゃん。すぐには信じてもらえないかもしれないけれど……」


 ユイトは正直に、自分が過去に戻ってきたのだとシイナに話した。



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