第2話 私の願い:やり直したいと切に願う

 突然、聞こえてきた自分とは明らかに違う声に、ユイトは飛び上がりそうなほど驚いた。

 慌てて見回すも、周りには自分たち以外に生き物の気配はない。

 それもそのはずで、此処ここは地中に埋まり、つい先ほどまで外界から隔離されていた遺跡の中なのだから。


 では、誰がしゃべったのか。まるで青年のような声音だったが……。

 ユイトは恐る恐る己の左手を見る。

 そこには新たに契約した奇石が埋め込まれているのだが……、


「まさか君が話したの?」


 そんなわけないよね、私の空耳だよね――と思いながら、彼女は問いかける。

 だが、その期待はあっさりと裏切られた。


【てめぇが俺様を起こしたのか?】

「――っ!?」


 もはや、間違いなかった。この奇石がしゃべっているのだ。

 もちろん、人語を話す奇石なんてユイトにとっても前代未聞である。


【おい!聞いてんのか?】

「あ、うん。そうだよ。契約したからね」

【契約ぅ?】

「助け合いの契約だよ」


 ユイトは奇石と人間の契約について説明した。


「奇石は物凄い力を秘めているけれど、自らは動けない。かてとなる魔晶石も獲得できない。一方で、人間もそう。人間だけではエニグマには太刀打ちできない」

【奇石?エニグマ?】

「奇石は君たちのこと。エニグマは異世界から来る化け物……といったところかな」

【ふぅん】

「契約は――奇石と人間が協力するための意思表明みたいなものかな。これで奇石は糧となる魔晶石を得ることができるし、人間はエニグマに対抗できる」

【つまり、互いに利益がある。相利共生の関係にあるわけか】

「君、難しい言葉をよく知っているね」

【おい、人間。俺様をめるなよ。俺様は――】


 そう言いかけて、その奇石は言葉を詰まらせた。


【……俺様は誰だ?】


 どうやらこの奇石は、自分が何者であるか忘れてしまっているようだった。

 一方、ユイトはそんな奇石の様子を興味深く眺めていた。

 

 ユイトにとって、奇石は言葉を話せないが、心を通じ合わせることができる存在だった。分かりやすく例えれば、犬や猫などのペットに近い存在である。


 彼女は相棒のチチュを大切に想っているものの、その言葉を耳にしたことはない。

 しかし、今回契約した奇石とはハッキリと会話のやり取りができる。これはユイトには不思議で、とても興味深いことだった。


【チッ。まぁいい。おい、人間】

「ユイトだよ」

【あぁ?】

「私の名前。ユイトって言うの。で、こっちは相棒のチチュ」

【ふん、そうか。俺様の名前は……分からんな】

「そっか。名前がないと不便だよね」


 ユイトは自らの左手を眺めながら、少し考えた。

 それにしてもこの奇石。とても美しい青色をしている。

 それで、「あっ」とユイトは思いついた。


「ねぇ、って名前はどうかな?」

【ん?まぁ、別に悪くわねぇが……】

「子供の頃、飼っていた猫の名前なんだ。君の石の色とそっくりな瞳をしていたよ」

【おい、コラ!!誰が猫だっ!誰がっ!!】


 なんて口が悪くて偉そうな態度の奇石だろう。ユイトはおかしくなった。


「それで、ソウ。私に何か用?」

【って、もうその名前で決定なのかよ!】

「悪くないって言ってたじゃないか」

【……チッ】


 ソウが舌打ちする。

 しかし、それ以上は抗議しなかった。

 ユイトには何を言っても無駄だと悟ったのかもしれない。


【で、ユイト。一応、目覚めさせてくれた礼は言っておく。あと、魔晶石もな】

「ああ!あの大きな魔晶石!やっぱり、ソウが全部食べちゃったんだ?エニグマを倒すとアレが手に入るんだよ」

【なるほど。アレは元はエニグマだったのか。中々、旨かったぞ。腹が満たされた】

「奇石にも満腹って感覚があるんだねぇ」

【お前、変なところに関心を持つんだな……。まぁ、とにかく。色々と世話になったのは事実だ。だから、その見返りをやるよ】

「見返り?」


【お前の望む願いを何でも一つ叶えてやる】


 ソウの言葉を聞いて、ユイトは一瞬ポカンとした。

 それから大いに驚く。


「えっ!そんなことができるの?」

【ああ、俺様にできないことはない――はずだ!】

「どっちなの」


 ユイトは思わず笑ってしまう。

 それにしても、望むことを何でもとは気前の良い話だった。

 こういう場合の定番のお願いは何だろうか。巨万の富か、比類ない強さか――そんな途方もないことを考えて、もう一度彼女は笑いをこぼす。


 もちろん、ユイトはソウの言葉をそっくりそのまま信じているわけじゃなかった。


 何でも願いを……なんて、そんなことができたら、それこそ神様の御業だ。

 おそらく、ソウなりの――声や口調が男っぽいのでということにしておこうとユイトは考える――感謝の意の示し方なのだろう。


 そんなこと、分かっているのに、不意にユイトの頭をよぎったのは、それこそだった。


「やり直したいな……」


 ポツリとユイトが呟く。

 懐かしいあの子の記憶が鮮明によみがえっていた。


【何をやり直すんだ?】

「過去を」

【過去?】

「助けられなかった子がいるの。その子は私の親友で、とても大切な存在だった」


 口に出せば、どんなに自分が親友との再会を望んでいるか、ユイトは思い知らされた。

 今すぐにでも会いたい、と切実にそう思う。

 けれども、それは叶わない。なぜなら、彼女はこの世にいないから。


「私の親友はだったの。三年前ののとき、あの子は自らの命を犠牲にして皆を守った。そして、そんな彼女を私は守れなかった」

【つまり、三年以上前の過去に戻って、死んだ親友を救いたい。それがお前の望みか?】

「うん。そうだね」


 きっぱりとユイトは答える。

 もし、それが叶うのならば、自分は何を投げ打っても良い。ユイトはそう考えた。

 けれども、そんなこと夢物語にすぎない。起こったことはやり直せない――それがというものだ。


 だが、ソウから返って来たのはユイトの予想外の答えだった。


【いいぜ。その望み、叶えてやるよ】

「えっ……?」


 そう言った瞬間、辺りはまたあの青い光に包まれた。

 いいや、あの時よりも光の奔流ほんりゅうが物凄い。

 目も開けていられないくらいのまばゆい光の激流に、ユイトの身体が――意識が――吞まれていく。


 そして、プツリと彼女の意識は途切れたのだった。



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