第一章

第1話 古代遺跡にて:不可思議な奇石との契約

 鬱蒼うっそうとした森の中に轟音ごうおんが響き渡った。


 小山のような大きな黒いが、周りの木々をなぎ倒しながら崩れていく。そのは『エニグマ』と呼ばれる怪物だった。


 今、この瞬間に巨大なエニグマは絶命した。


 するとその巨体が嘘のように、黒い霧となって霧散していく。後には、キラリと輝く透明な石だけが残された。

 人間の赤ん坊くらいの大きさの石――それに一人の女性が触れた。


「うわぁ、大きな魔晶石ましょうせき


 女性は石を抱きかかえながら言う。


「アレだけの大物だったからなぁ。お疲れ、チチュ」


 そう女性は話しかけるものの、辺りには彼女以外に人影はない。

 ただ、女性の言葉に反応するように、彼女の右手の甲に埋め込まれた白亜はくあの宝石が淡く光っていた。


 彼女は二十歳くらいの若い女性だった。

 凛々りりしい顔つきで、黒くゆるやかに波打った長い髪を一つに結っている。


 彼女の名前はユイト――この辺りでは有名な『奇石きせき使い』だった。


 他の奇石使いと同様に、ユイトはエニグマを狩ることを生業なりわいとしている。今日も周りの村々をおびやかしていた巨大エニグマを倒したところであった。


 この地域は辺境のため、聖教会の庇護が届きにくい。だからこそ、ユイトのような奇石使いが重宝される。


「さて。これだけ大きな魔晶石なら、売ると結構なお金になりそうだね」


 ユイトの言葉に反応して、ピカピカと彼女の手の甲の宝石が光る。

 これが『奇石』と呼ばれる摩訶不思議な力を宿した宝石だった。


「うん、うん。チチュちゃんが分は残しておくよ」


 ユイトは自分の奇石を『チチュ』と名付け、そう呼んでいた。

 まるで、ペットの犬猫を呼ぶみたいに。


 もっとも、このような奇石使いはごくまれだ。たいがいの使い手は、奇石を道具として扱う。

 だからユイトは凄腕とうたわれながらも、変人扱いされていた。


 そのとき、チチュから真っ白い糸が生まれた。それはスルスルと長く伸びていき、ひとりでに魔晶石に巻き付いていく。

 そして、あっという間に糸は魔晶石全体を覆ってしまった。

 ユイトはそれを肩から吊り下げる。はたから見ると、白いカバンをかけているように見えた。


 これがチチュの奇石としての能力だ。チチュには、さまざまな糸を創り出し、操る力があった。


 戦利品の魔晶石を持って、ユイトは里へ帰ろうとする。

 そして、独りちた。


「それにしても、随分と森の奥まで来てしまったなぁ」


 巨大エニグマを追って、こんな森の深くまで来てしまった。

 ここら一帯は大体把握しているものの、迷わないよう注意しなければ――そう、ユイトが気を引き締めていると、彼女はあることに気付く。


「なんだ?あれ……」


 えぐれた地面に、何か人工物が埋まっているのが見えた。

 怪訝けげんに思ってユイトが確かめると、それは土に埋まった古代の遺跡だった。

 おそらく、先のエニグマとの戦闘で地面が削られ、隠れていた遺跡が露出したのだろう。


「こんなところに遺跡!?」


 みるみるユイトの顔に、無邪気な喜色があふれた。

 生来、好奇心旺盛な彼女はこのような物が大好物だ。冒険心がくすぐられる。

 もちろん、目の前の遺跡を放っておくはずはなく、彼女は一人で遺跡に乗り込んだ。




 ちょうど、遺跡の天井部分からユイトは中へと侵入した。


 遺跡自体は地中に埋まっている状態なので、当然暗い。彼女は荷物からランタンを取り出し、灯りを点けた。

 ぼんやりと遺跡内部が照らされる。

 その中は土砂や岩でひどい有様だったが、ある程度の空間はまだ保持されていた。歩いて問題なく探索できそうである。


「ちょっとした探検だね、チチュ」


 普通の人間なら、恐怖で足がすくんでしまいそうな暗闇を前に、ユイトは弾んだ声で言った。


「あっ、そうだ。迷わないように」


 ユイトはチチュからまた糸を生み出して、それを近くにあった柱に結び付けた。これで、遺跡内をどう歩いても、糸をたどれば元の場所に戻ってこれるだろう。

 そして、彼女は意気揚々いきようようと遺跡の中を進んでいった。


 ユイトは遺跡の内部を見ながら、これはずいぶん古いものだと驚いていた。

 時折、遺跡の壁や柱に文字のような紋様が見えたが、どれもユイトの知らないもので読めなかった。


 そのままユイトが真っすぐ突き進んでいくと、遺跡は唐突に行き止まりになっていた。


「えぇ!もう、終わり?」


 ユイトの口から残念そうな声が漏れる。

 彼女はこれ以外の道がないか辺りを見渡した。すると、この場所の雰囲気が今まで来た道と少し違うことに気付く。


 どことなく、他よりもおごそかなおもむきがあった。

 目の前の大きく平らな石は、神に祈るための祭壇のようにも見える。まるで神殿みたいなだな――とユイトは思い、昔を思い出して少し悲しい気持ちになった。


 その祭壇の上には、灰色の石の玉が鎮座してあった。ちょうど大人の握り拳くらいのサイズである。

 ユイトはそれを見て、ハッとした。


「もしかして……このコも奇石かな?」


 人間と『契約』した奇石は、チチュのように美しい宝石のような見かけをしているが、契約前の奇石は一見その辺の石と変わりない。

 本来ならば、専用の器具を使って奇石かどうか判別するのだが、ユイトには何となくソレがわかる。

 これは昔からそうで、彼女にはそういう野生の勘みたいなものが働くところがあった。


「こんな日も当たらず、誰もいないところで、ずっと一人でいたんだ…」


 ユイトは目の前の奇石を気の毒に思った。それは、捨てられた犬や猫を見かけたときの心情に近い。

 今まで彼女の相棒はチチュだけで、他の奇石と契約しようとは思わなかったのだが、目の前の奇石にはグッと心惹かれるものがあった。


「チチュはどう思う?」


 そう尋ねると、チチュに温かな光がともる。それを見て、ユイトは背中を押されたように感じた。

 彼女は小さくチチュに礼を言い、目の前の奇石に左手を伸ばす。


「契約を――」


 ユイトがその奇石に触れた途端、目がくらむような青い光が暗闇を照らした。



――何が起こっているの?


 ほとばしる光の奔流に、ユイトは驚いていた。

 職業柄、これまで何度か奇石との契約場面に立ち会ってきたが、こんなことは初めてだ。

 青い光に包まれて、まるで自分が水の中にでもいるかのような気分だった。


 やがて光が収まると、ユイトの左手の甲には新しい奇石が埋め込まれていた。やや緑みのある明るい青色――透明度が高く美しい石である。

 通常とはかなり異なる様子であったが、奇石との契約自体は上手くいったようであった。


 これからよろしく――そう声を掛けようとして、


「えっ!?」


 ユイトは驚きの声を上げた。


 先ほど、チチュと共に倒して手に入れたエニグマの大きな魔晶石……それが忽然こつぜんと消えていることに気付いたのである。

 チチュの糸で大事に包んでいたから、落とすはずもない。

 ということは、残る可能性は……。


「まさか君が全部!?」


 ユイトは左手の奇石に尋ねた。

 奇石はエニグマの魔晶石をかてに成長し、強化されていくものである。

 けれども、あの大きさの魔晶石を一度に消費してしまうなんて。そんな奇石は見たことも聞いたこともなかった。


――もしかして、私はとんでもない奇石と契約したんじゃ……。


 一抹いちまつの不安を覚えるユイト。そんな彼女に、さらに決定的なことが起こる。


【ふわぁ……よく寝た】


 その奇石がのだ。



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