へんたいとメスガキ

辻メスガキ


 ――メスガキ。

 それは子供でありながら、様々な魅惑の単語を駆使して大人を舐めた態度で煽る、天使のような存在……。

 

 しかし存在が天使なので現実には存在せず、メスガキに夢を見て厳しい現実に涙した、ぼくのような男性は多いはずだ。


 少なくともここ、冒険者ギルド直営の酒場にいる同士たちはそうだった。

 

「ああ、どこかにいないかなぁ……メスガキ」

「どうした大将、悩み事かい」


 ぼくがぼやくと、隣のカウンター席に座っていたモヒカン男が声を返す。

 

 桜の木を破壊して以来、ぼくはよくダンジョン『迷わずの森』に赴くようになった。出現する魔物にはそれなりに強力なヤツもいるので、そういったのを排除する仕事をギルドから命じられているのだ。


 だからこうして、仕事帰りに軽く酒の席に着く事も多い。

 そこで出来た同好の士へんたいたちと日夜熱いメスガキ論を語り合うのが、最近の日課となっていた。大人はみんな疲れているんだね。


「いつもの事さ。どこかに耳元で煽り囁いてくれる子は居ないかなぁ……って」

「なんだ。大将にはメイドの子がいるじゃねぇか」

「アリスちゃん? ううん、アリスちゃんはそうじゃないんだよなぁ」


 言葉に表すのは難しいけど、あえて一言で言うなら――あの子は優しい。

 優しいから言葉は厳しいものがあっても、本気でぼくを罵ったりしないのだ。


 まあそこがぼくのアリスちゃんの魅力であり、そういう子が羞恥して踏んでくれるのもまた一興なんだけどね! 


「なるほどな。まあ、分からんでもない。

 ……しかしそうなると、いよいよメスガキなんていねぇのかもな」

「くっ……!」


 ちくしょう、この世に神はいないのか!?

 

 ぼくと、周りにいたモヒカン男たち皆で項垂れる。

 女性客の冷ややかな目線が四方八方から突き刺さるが、今のぼくたちには痛みを感じる余裕さえない……!


「ふ、甘いな……」


 そんな折、モヒカンの山から声が聞こえてくる。


「お前は……情報通のモヒカン!」

「ふ。お前たち。知らねえのか?」


 男はそう言うと、自慢のモヒカンを撫でながらビシッと叫ぶ。


「――――辻メスガキ」


 辻……メスガキ……?

 

 男はそれだけ言って静かに酒場を出て行く。


「なんだありゃあ」


 多くの男たちはただの酔っぱらいの戯言だと笑い、再び談笑を始めた。


 けれど、ぼくには分かる。プロは多くを語らない。

 なんだかとても惹き付けられる単語だ、辻メスガキ……か。


 ――結局、この日はずっと脳裏に辻メスガキが張り付いて離れなかった。

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