VS メスガキ
「ばかなんじゃないですか?」
家に帰って一言、アリスちゃんから苦言を貰う。
しかしぼくにしてみれば嬉しいお言葉だ。
こう、サラッと出る罵倒が一番よく効くよね!
何を言ったのかって? それはもちろん、辻メスガキについてだ。
ぼくよりはアリスちゃんの方が、買い出し等で街に出ている頻度は高い。だから何かしら聞いたことがあるんじゃないかって。
「しるわけないですし、へんたいごとにきょうみありません」
アリスちゃんはそう言うと、そそくさと食器を下げて行ってしまう。
うーん、だめかぁ。
「……あ、でも。このまえ……」
かと思えば、ふと何かを思い出したようだ。
やった! 持つべきものは幼女だね!
「なになに!? 教えてよアリスちゃん!」
「……いえ、なんでもないです。ごしゅじんさまに教えても、どうせろくなことに」
ぼくはここぞとばかりにアリスちゃんの行く手を阻み、全力で額を床に擦り付けた。
「わぁ……」
いいかいアリスちゃん、これが大人だよ。
欲しいものの為には手段も尊厳も気にしていられないんだ。後者に関しては、ぼくには不利が無いけどね。
「わ、わかりましたから顔をあげてください。
ついきのうのことです。まちの路地でだれかが、むせび泣いてました」
呆れた様子でアリスちゃんは続ける。
「かわいそうで声をかけたんです。そしたら、とつぜん知らない女の子にばかにされて……なみだがとまらないって」
うんうん、普通ならそういう反応にもなるよね。
「でも……にやにやしててごしゅじんさまみたいだったので、そのまま帰りましたけど。もしかしたら、かんけいあるかもです」
大丈夫かなこの町?
思わぬ宿敵の登場に慄くのも程々に、ぼくは推理を始める。
……酒場で何とか聞き出してきた情報によると、辻メスガキの被害者は誰もが見知らぬ女の子に罵倒されたと語っていた。
そしてその誰もが、ぼくと似た同好の士……アリスちゃんが見た人物のように、嬉し涙を流している。
もしかしたら犯人は、あえてぼくらのような人間を狙っているとか?
「これは確かめる必要があるな……」
そうと決まれば話は早い。
ぼくは早速、町に出る支度を始める。
決行は明日だ。今日は早く寝よう……。
◇
翌日。
「この辺でいいのかなぁ……」
ぼくは早速ノーチラスの町に繰り出し、人気の無い路地をふらふら歩いている。
理由はもちろん、辻メスガキ様に辻られるためだ。
しかし一向にそれらしき人物が現れる事は無く、既にお昼ごろ。
アリスちゃんお手製のお弁当でお腹は満たされても、メスガキを欲する心までは満たされない。
やはり噂は噂でしかなかったかと諦めかけてきたころになって、物陰から一人の男が出てきた。
「これはこれは、賢者様」
「マスターじゃないか。どうしてこんなところに?」
彼は酒場のマスター。普段口数こそ少ないものの、ぼくたちの同士でもある。
どこかの屋敷の執事でもやっていそうな装いの彼は、やっぱりそれらしく恭しく礼をした。
「なに、くだらぬ与太話と存知ておりますが。あまりの被害報告の多さ故、こうして見回りを」
なるほどなるほど、それは大変そうだ。
「ははは。小娘程度、私が大人の力を以て分からせてさしあげますとも。
どうぞ、賢者様もお気を付けください。丁度、この辺りだと言うのでね」
ふうむ。マスターが出てくるという事は、ぼくの出番は無さそうかな。
なぜなら彼は相当な手練れ。
たかだか子供一人に、大の大人が後れを取るわけないよね!
というわけで、その場は背を向けて元来た道を引き返すことにする。
残念だ。ぼくも一度体験してみたかったんだけどな、本物のメスガキ――
「み~つけたッ」
ん? 今の声は一体……?
「がッ……!」
「マスター!?」
踵を返すと、あの百戦錬磨の猛者であるマスターが地に膝を着いて呻いていた。何ごと!?
慌ててマスターに駆け寄ろうとしたら、他にもう一人の影が見えて足を止める。
……見ればそこには、全く見覚えの無い――金髪幼女が立っていた。
セミロングの髪をサイドテールに纏め、鞘に収まったままの剣を片手に持つ姿は、フリルの多い軽めのドレスのような衣装に不釣り合いに見える。
そんな金髪幼女が、マスターの耳元で妖しく囁いた。
「酒くっさぁい♡ 私まだ鞘すら抜いてないんですけどっ。
こんな子供相手に負けるなんて、恥ずかしくないの?」
「く……大人を、舐めないでください」
「そんなこと言って、本当は期待してたんでしょ? ざーこ♡ よわよわ紳士♡」
「あッダメ」
言いながら、マスターは頬を上気させて地に伏した。弱すぎる。
しかしその顔はどこか満足げで、普段クールな彼のキャラクターからは全く想像出来なかった表情。
まさかぼくだって、こんなところで初老の即堕ち二コマを見せられるなんて思いもしなかったよ!
で、でも……なんて羨ましいんだ……!
「んー、また外れかぁ。
……じゃあ、次はお兄さんの番ねっ」
彼女はどこか残念そうにぼやくと、ぼくが羨望の眼差しを送っていたのを知ってから知らずか――ゆっくりとこちらを振り返るのだった。
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