後日談 エーミアの苦悩


「――許すわけないでしょ、この変態……!」


 

 冒険者ギルド本部、応接室。

 本来客をもてなす場にて相手に声を張り上げたせいか、徹夜続きの頭が痛む。


 いけないエーミア。がまんよ、がまん……この変態には何を言っても仕方ない……。


 『ウンディーネ教会』の神官でありながら冒険者ギルド本部のいち役員でもあるわたし。

 周囲は天才少女だのなんだのと持ち上げるけど、かなり面倒な立場にあると思う。


 毎日毎日、朝は礼拝に教会の手伝い、終わればギルドで問題処理。

 普段から荒々しい冒険者たちはしょっちゅうトラブルを起こす。それは町の内外多岐に渡り、毎日東奔西走させられているんだけど……。


 特に、特に大きな問題を引っ張ってくるのがこいつ。

 関わると基本的にロクな事にならない要注意人物。


 へらへらとした白髪にいっつも同じ古着のローブ、変態賢者……!


「いやー。ぼくもまさか、爆発するとは思わなくてさ。ごめんねっ」


 少しも悪いと思ってなさそうな顔で謝罪するそいつにずんずんと迫る。


「あんたね……あの木の搬入に、設置に、いくらかかったか知ってる!?」

「ごめんごめんっ! お金なら出すし足も舐めるから!」

「お金の問題じゃないの! 木が無くなったおかげで魔物は帰ってくるわ、冒険者が増えるわで大変なんだから! 五徹よ、五徹!」

「ほんとにごめん、指も舐めるから!」


 この変態、舐める事しか謝罪の方法を知らないの!?


「うぅ。返してよ、わたしの残業時間返してよぉ……」

「わ、分かった! せめて君の疲労を和らげるべく椅子になろう。ほら、どうぞ!」


 そう言って四つん這いになる変態。

 こいつが国に仕える賢者なの、本当に信じられないんですけど……。

 

 でも、何も罰が無いのもそれはそれで癪だし、はぁ。


「……ぐす。いいわ。これで許してあげる」


 仕方なしに、変態に腰掛ける。


「わっ。ねえエーミア、少し重くなっ――」

「……」

「軽いっ! 天に舞う雲のように軽いよ! 軽すぎて重力反転しちゃう!」


 してたまるか。


 ……叱っても罵っても、大抵のことは特殊性癖の変態にはご褒美。けど本気で怒ってやろうかしらと思ってみると、この通り。

 

「ねえ、アル」

「……珍しいね、名前で呼ぶなんて。どうしたの?」

「このまま寝ちゃいたい……」


 そう言って全体重を預けても、やっぱりそいつはへらへらと笑う。


「あはは、本当にお疲れ様。今日のお仕事はぼくが代わるよ。そのために来たんだし」

「んー……、だめ」

「はえ、なんで?」


 きょとん、としている変態……アルの顔を見下ろす。

 鈍いなあ、いろんな意味で。


「こんなもの代わってたら帰れないわよ。桜の件を除いても、最近は特に忙しいんだから」

「でも」


 珍しく食い下がるのは、アルなりに一応反省している証拠なのだろう。

 まあ桜の木の消失は確かに、すっごく仕事の量を増やしくれたけど……実は、悪いことだけじゃない。


 職を失いかけていた中途半端な冒険者や、新人冒険者の育成に『迷わずの森』の魔物が必須だったのは、最近になって痛感した。

 嫌味な物ね。魔物がいなくなることで、少なからず不幸になる人たちが出ていたなんて。


 この変態はそこまで計算して……或いは、何も考えてなかったのか、どっちなんでしょうね。


「あんたには、帰りを待ってる人がいるんでしょ。なら、ちゃんと帰って面倒みて貰いなさい」

「エーミアは優しいね。ありがとう……ってあれ? ぼくが面倒みて貰う側?」


 そりゃそうでしょ、相手はメイドなんだし!

 全く。まるで親か兄妹のような気分でいるんだから。


 ……でも、こんな変態のメイドをやれるあの子もあの子で、相当よね。

 一時はどうなるかと思ったけど、今のところはうまくやれているみたいだし。


 この前妙な事を言っちゃったこと、今度会ったらあの子にちゃんと謝らなきゃ。


「それじゃあ、お言葉に甘えて帰ろうかな。こんなところ誰かに見られたら誤解されそうだしね」


 言われて、自分がまだ上に座り続けているのに気付く。

 ん、確かに。こんなところ見られたらわたしまで変態だと――



「失礼しますエーミア様、早急に確認したい要件が――」



「……」

「……」


「――失礼しました。どうぞごゆっくり」


 ぱたり、とノックもせず開かれた扉が閉じられる。

 今の、ギルドの役員の子……! 


「待って! 違うの! これは変態が勝手に……!」


 慌てて部屋を飛び出す時に変態の顔をちらりと見たら、へらへらと笑いひらひらと手を振っていた。ひとごと!

 

「……もう、あんたと関わると本当にロクな事がないんだからぁ!」


 これから残った仕事の片付けと、広まるであろう変態疑惑について考えると……やっぱりどうしようもなく、頭が痛くなるのだった。


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