第4話

「君さぁ、どうせ嘘ついてるんでしょ? なんか薄っぺらいんだよなぁ。どっか引っ掛かればいいやっていう魂胆が透け透けでさぁ。で。本当のところどうなのよ。うちでやりたいことあんの?」


「あり………、ます」


「何だって? 声が小さいんだよ。それじゃ営業も無理だな」


「………………ない」


「え?」


「ない! ないない! やりたいことなーいッ‼︎」


「な、何様なんだ君⁉︎ やりたいこともないのにうちを受けに来たのか‼︎」


「………………ある! あるある! やりたいことあーるッ! 俺は………、転生するッ‼︎」


就活50連敗を喫した日、俺は壊れた。

その後、暴れてしまったからか、面接官から受けたチキンウィングフェイスロックの痕が首元に残っている。


夜の海。行き交う波の音が耳にしながら、今日のことをぼんやりと思い返す。

あの時と違って、不思議と心は落ち着いていた。

凪状態。

なるほど、死ぬ前の気持ちとは、こんなものなのかもしれない。

足元に落ちていた小石を手に取り、海に向かって思いっきり放り投げる。


―――とすっ。


海にすら届かない。そんな力すら残されていないのか。


………………死のう。


靴を脱ぎ、砂を踏み締める。


「………ンパーイ」


ああ、俺を呼ぶ声がする。死地へ手招くかのように潮が引いていく。


「センパーイ!」


………待て。このパターンは⁉︎


振り返ると、すごい勢いで走ってくるビスコが目に留まった。

俺を、止めに来たのか………。


「お、俺は、ここダァ‼︎」


ヒューンッ!


「へ?」


笑顔のビスコが、両腕を広げ待ち構えた俺の脇を通り過ぎる。

そのまま砂浜に屈み、何かを拾い上げた。


「ハイッ。これ!」


小走りで戻ってきたビスコから手渡されたのは、さっき俺が投げた小石だった。


「………………よーし。よくやった………」


「先輩は、こんなところで何してるんですか?」


俺は咳払いして答える。


「ひとりになりたくてな。いや、わかってる。どこにいても俺はひとりだ」


「私が側にいるじゃないですか」


「そういうのはいらない。もう嘘には疲れたんだ。俺は本当のことしか存在しない世界に行く」


「先輩、一体何があったんですか」


「………………聞きたい?」


俺たちは、そのまま砂浜に腰を下ろした。



「―――結局、嘘ばかりついてる自分に嫌気がさしたんだ。本当にやりたいことなのかもわからず、いかにも自分の夢のようにストーリーでっち上げて、面接に臨んで。そうやって50連敗だ。本当は何がやりたいんだろう。本当の俺って何なんだろうって分からなくなっていったんだ」


「先輩は、サラリーマンになりたいんですよね?」


「今は何でもいい。できれば無双したい」


「ムソー?」


「いや、とにかく俺は、嘘をつくのに疲れたんだ。だからグッドバイしようと」


寄せては返す波の音に、溜息を重ねる。


「先輩」


「ん」


「精一杯気持ちを込めて、嘘をつけばいいんじゃないでしょうか」


「………」


「あちらは本当の先輩を見たいんじゃなくて、先輩の熱意を見たいんだと思うんです」


「………熱意」


「だから、例え本当のことじゃなかったとしても、ちゃんと気持ちを込めれば、それが熱意になって伝わると思うんです」


「………気持ち、か」


ビスコが微笑む。

月明かりに照らされたビスコは本当に綺麗で可愛かった。

思えばビスコは、ずっと俺のことを好きだと言ってくれた。

こんな俺の側にいてくれると言ってくれた。


「先輩、どうしたんですか?」


首をかしげて、俺のことを見つめるビスコ。

無防備なキョトン顔に、瞳がきらきらと揺らめいている。


「先輩」


………………まずい。暴力的とも言える可愛さを目の前にすると、ついつい意識してしまう。


「………ンパイ?」


ンパイって。そんな可愛い唇で。

あらぬ妄想が、枯れることを知らない泉のように湧き出てくる。

あー………。吸い込まれそうだ。いいのかな。いいんだよな。

でも俺はまだ中途半端だ。なのに、その柔らかそうな唇に己の欲望をぶつけていいの―――。


「先輩!」


「はいッ!」


「また自分の世界に入ってるぅ。それより、お願いがあるんです! もう一度、石、投げてくださいませんか。久しぶりで、なんか楽しくって」


ビスコは立ち上がって、お尻についた砂を払う。

昔、公園や庭でゴムボールを投げて遊んだ日々を思い出しているのだろう。

弾むような笑顔だった。


「………よ、よーし」


俺は、邪念を振り払い、小石を海に向かって放り投げた。

ビスコは全速力でそれを追いかける。


―――ぽっちゃーん。


「届いた………」


「センパーイ! あれじゃあ取りに行けないじゃないですかぁ!」


波打ち際、ビスコが大きな声で訴えている。

俺も大きな声で返す。


「なぁ。ひとつだけ聞いていいか!」


「なんですかー?」


「どうして、俺がここにいることがわかったんだ⁉︎」


「匂いです!」


「匂い?」


「犬の嗅覚を舐めないでください。例え先輩が地球の裏側にいたとしても、私、絶対に先輩のところに駆けつけます!」


「地球の裏側って、流石にそれは嘘だろ」


「フフッ。嘘です! でも、伝わりましたよね⁉︎ 私の気持ち!」

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