勇者を待ってたら全裸の変態に襲撃された件について

七篠透

全裸の男の襲撃により魔王城防衛部隊は壊滅

「すまん、もう一回言ってくれるか」


「全裸の男の襲撃により魔王城防衛部隊は壊滅。魔術が使用された形跡もありません」


「そうか……」


 部下の報告を一度は聞き間違えたかと思った魔王は、しかし聞き間違いでなかったことを理解して頭を抱えた。


「全裸の男は、やはり勇者だろうな……」


 神々から武具を授かっていないのか、あるいは授かった武具を放り捨てているのか、いずれにせよ狂気の沙汰だが、それでも、魔王城の防衛部隊を蹴散らせるような人間は勇者以外にあり得ない。


「魔王様!」


 次に駆け込んできた伝令が言う事を、魔王は予想できた。


「中庭も突破され、ここまで到達されるのは時間の問題か」


「はっ!」


 先回りされた伝令は、しかし驚くこともなくただ肯定を返した。

 賢明なる魔王なら、状況を的確に読んでいても不思議ではない。そういう信頼が、魔王の部下たちの間にはあった。


「魔王城を放棄し、魔界へ撤退せよ。あとは我に任せろ。勇者を倒してすぐ戻る」


 そして、魔王の優しい嘘を理解しながらも、彼らは仲間を引き連れて魔王城から撤退した。



 数分後、ドアではなく壁を蹴破りながら玉座の間に踏み入ってきた男は、確かに全裸だった。

 葉っぱ一枚すらも身につけない、完膚なきまでに潔いTHE・全裸。


 しかし、今そうして見せたように、その男は素手で魔王城の壁を粉砕できる筋力と、その絶大な自らの筋力で傷つくことがない頑丈な肉体を持っている。


「くっ……」


 魔王はその脅威を理解し、震えかける自分を鼓舞しながら剣を抜いた。

 この男は強い。

 100年前の、フル装備で挑んできた先代の勇者よりも。

 目の前の、フルチンで挑んできた男は圧倒的に強い。


 今度は、殺されるのは自分の番かもしれない。

 しかし、ここで殺されたとしても問題ない。


「しかし愚かだな勇者。勇者が神々から与えられる封印の剣がなければ、魔界とこの世界を繋ぐ道を1000年閉ざすことはできない。何故剣を置いてきた」


 目の前の勇者は、うかつにも封印の剣を持たずに魔王の前に立っている。

 これは、魔族の侵攻から世界を守る勇者にとっては、致命的なミスだ。


「勇者? 俺は勇者じゃない。お前を倒せるのは勇者だけだと知っている。だから、アイツが来るまでの間に、せめてお前の戦力を削らせてもらうぞ、魔王!」


 だが、全裸の男は、冷静に自らが勇者でないことを告げ、そのまま魔王に殴りかかってきた。


 突き出された拳は、魔術など一切使われていないのに突風を起こし、その一撃をクロスさせた両腕で受け止めた魔王をぶっ飛ばして壁に叩きつけた。


「グハッ……」


 口から血が流れる。

 口の中を切ったのか、内臓にダメージを受けたのか、あるいは、その両方か。

 それを確かめる時間は、なかった。


 これで終わりだと言わんばかりに迫る男の足の裏をかわすのに精いっぱいだ。

 喰らっていれば、壁と足に挟まれて魔王の頭は浜辺で叩かれたスイカのように赤いものをまき散らしたことだろう。


 壁を蹴り抜いたその大穴から、再度男が襲い掛かる。


 いつの間にか取り落としていた剣を拾う隙も無い。


「この……ッ!」


 魔王は羽織っていたマントを男に投げつけ、その視界を一瞬、奪うが。

 しかし、マントは男にばさりとかぶさった瞬間に、男の体からほとばしった青白い光によって消し飛ばされた。


「魔族が魔力を込めたものを問答無用で浄化する神性だと!?」


 魔王は目の前の現象をそう理解し、歯噛みした。

 そんな能力まで持ち合わせているのなら、目の前の男を拘束することもできない。

 真正面からやり合える戦力差ではないことは認めざるを得ないとしても、不意を突いて拘束できれば一縷の勝機はあったものを。


 気が付けば襟首をつかまれ、全力で顔面を殴打される。

 服がちぎれ、殴り飛ばされた魔王の胸元が戦場の滾る空気にさらされた。


 その胸元の曲線を見下ろし、男は気まずそうに言った。


「……女だったのか」


「女だったら、なんだというのだ」


 問われた男は、魔王からちぎり取った布で股間を隠した。


「さすがに裸、というか股間を見られるのは恥ずかしい」


 男の答えに、つい魔王は冷静さを失った。


「じゃあ服着ろよ! つーかなんで股間限定なんだよ! 全裸の暴漢に乳見られた我の方がよっぽど被害者だからなこの絵面!」


 戦うような雰囲気でもなくなってしまった玉座の間に、生ぬるい風が吹いた。


「勇者にも、追放の時にそう言われた」


 寂しそうに漏らす男。

 だが、魔王はその姿に一切の同情ができない。

 愁いある男の横顔だけなら、年齢5桁にして初恋してやってもよかったのだが。

 全裸で股間だけを隠しながら、しかも隠すのに使っている布が魔王自身の服を破って手に入れた布というシチュエーションでは何もかもが台無しである。

 お願いだからそういう雰囲気は服を着ているときに出してほしい。


「一応聞いてやろう。何故服を着ないのだ」


 ただの変態だったらもいでやろうと思いながら、魔王は尋ねた。


「野生の神の加護だ。力を解放すると服がはじけ飛ぶ」


 男の答えに、魔王は深く嘆息した。

 そして、マントによる目つぶしが失敗に終わった理由を理解した。

 マントがかぶさっただけで『服を着た』と認識されて服が粉砕されるレベルで、男は野生の加護を大出力で使っている。


「使えば変態の汚名は免れない加護……それほどに使いこなしているという事は、お前はもう……」


 人間社会では生きていけないほどに汚名が知れ渡っているであろう目の前の男に、魔王は今度こそ同情した。

 野生の神の加護は、魔界でも有名なのだ。

 ハズレ加護として。


「勇者の進む道を俺が切り開き、世界が平和になるのなら。平和になった世界で、故郷が魔物に滅ぼされずに済むなら、俺がどうなろうとかまわない。そう思っていた」


 そう思って『いた』。


 男は確かに過去形を口にした。

 後悔があるのだろう。

 すべてを捨て、白眼視されてでも世界を救うという覚悟は、しかし、自分を受け入れてくれない世界を救ってなんになるという疑念に少しずつ塗りつぶされて。


 だから、ついに勇者に追放を言い渡され、死に場所を求めて男はここに来た。


 その気持ちが、魔王には痛いほどわかった。

 今この瞬間も、魔王を見捨てて侵攻経路を閉じるかどうかを議論しているであろう同族の権力者への不信感ゆえに、命を賭して勇者と戦うのをやめようかと考えている魔王にとって、その男は今や、たった一人の理解者かもしれないのだ。


「そうか。なら、と駆け落ちしないか」


 魔王ぶった、作った一人称ではなく、

 ただの魔族の娘であったころの一人称が自然と口をついて出る。


「どういうつもりだ」


「お前となら、分かり合えると思った。何となくだがな」


 魔王の言葉に、男は否定も、肯定も返さなかった。

 そうしてしばらくの時間が立ち、男は肩をすくめて一言告げた。


「ここにある一番頑丈なパンツをくれ」


 人間と魔族が、たった一人ずつとはいえ分かり合えたかもしれない歴史的和解の瞬間、その当事者である男はフルチンのままだった。

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勇者を待ってたら全裸の変態に襲撃された件について 七篠透 @7shino10ru

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