Day3午前/午後
月と太陽、どちらが眩しいか語るべきもなく、私にはどちらも眩しく。
Day3午前 恋愛感情症候群
朱里に変な夢についての話をされた日の夜、未月に以前はぐらかされた質問をもう一度する。
「なぁ、なんで朱里は未月が見ている景色を夢で見ているんだ?」
いつものゲームをして談笑して和やかになっていた雰囲気はなく、冗談なんて言えない空気感。もうはぐらかされない。未月の、朱里と同じ顔を見つめる。その表情は余裕そのもので、真剣という言葉とは無縁のものだった。朱里と同じ声音が響く。
「そりゃあ、サク君に関することだからだよ。」
「だからなんで俺に関することだけなんだよ。」
前回と同じ回答だ。ここで俺は逃すまいと詰め寄る。しかし、未月がその余裕そうな笑みを崩すことはなく、再び口を開く。ただ答えは今までのものとは違った。
「サク君、本当は分かっているんじゃないの?」
続けて、未月は言葉を紡ぐ。
「サク君が私と朱里にちゃんと向きあわない限り、ずっと分からないままだよ。」
未月は呆けた俺を見て、笑みを浮かべる。それは決して喜びといった感情ではないように見えた。しかし、今の俺ではその笑みに隠された感情は理解できなかった。
「それって・・どうゆう・・」
疑問を投げかけようとした瞬間、チャイムが鳴り響く。未月に断りを入れて、玄関に向かう。
部屋を出る直前、彼女は俺に一言を告げた。
「私(・)のことちゃんと見ていてね?」
その時の彼女の笑顔は今の俺が見ても悲観的であった。
家の扉を開けると、紙袋を手に持った朱里の母である優菜さんがいた。
「朔人君、こんばんは。」
いつも通り温和な表情を浮かべている。相変わらず上品や清楚といった言葉が似合う振る舞いである。
「こんばんは。どうしたんですか?」
「田舎の祖母から貰ったリンゴのお裾分けをと思ってね。」
紙袋を手渡される。紙袋の中にはリンゴがたくさん敷き詰められていた。思っていたよりも量が多くて、一人で食べ切れるかが心配になる。
「あ、それと朱里ちゃん、こっちに遊びに来てない?」
「いえ、来ていませんけど。家にいないんですか?」
朱里の両親は二重人格のことを知らないため、未月として訪れた時は内緒にしている。心配をかけるかもしれないが、罪悪感と責任感から皿を割ってしまったことを隠す子供のように二重人格のことをひたすら隠す。
「それがいないの。てっきり昔ように朔人君の家に朱里が遊びに行っているのかと思って。でも朔人君の家じゃないならどこに行っているのかしら。」
「俺たちもう高校生なんで流石にそんなことはしませんよ。それに俺たちは異性同士ですよ?そんな気軽に遊べませんよ。」
優菜さんは俺の顔を覗き込む。いつもの温和な表情ではなく、真剣な表情で見つめられる。
「ど、どうしたんですか?」
優菜さんは何か察したようで、おだやかな表情を再び浮かべた。俺は優菜さんに見つめられ、背中に冷たいものを感じた。
「二人で仲良く食べてね。」
優菜さんはそう言い残すと鼻歌交じりに家を出ていった。おそらくだが優菜さんが言い残した言葉から俺のとこに朱里(正確には朱里ではないが)が来ていることがバレていることがわかり、背筋が凍る。しかし、俺の勘違いでなければ優菜さんに怒っている様子もなかった。珍しく鼻歌歌っていたし。
俺は不思議に思いながらもリンゴがパンパンに詰まった紙袋をキッチンに置きにいく。キッチンには喉が乾いたのか未月がコップにペットボトルのお茶を注いでいた。
「サク君も飲むよね?」
変に緊張して喉が乾いた俺は頷く。こういう気が利くところは朱里と変わらないなと感じる。心なしか小腹も空いたので紙袋からリンゴを一個取り出す。
「朱里のお母さんからリンゴもらったんだ。私が剥こうか?サク君不器用だったよね?」
未月が包丁とまな板を取り出していた。包丁で野菜や果物の皮を剥くのは不器用な俺には無理なので素直に頼む。というか、コイツは俺の家をあたかも自分の家かのように振る舞っている節があるな。いつの間に包丁とまな板の場所なんて覚えたんだ。
「・・・・あれ、未月って優菜さんのこと朱里のお母さんって呼んでいるのか?」
未月は朱里の別人格だが、母親は優菜さんに変わりないと思う。それにも関わらず、まるで他人の母親かのように優菜さんのことを朱里のお母さんと呼んだ。
「だって私のお母さんじゃないもん。あの人が産んだのは朱里であって、私ではないし。」
「確かにそうだけどさ…。」
「それにね、私が本当の意味でこの世に生まれたのは朱里や彼女のお母さんのおかげでもなく、サク君のおかげだから。」
「俺は男だし、お前を産んだ覚えもないんだが?」
ふざけているわけでないのは分かってはいるのだが、気恥ずかしいため冗談めかす。未月はどこか嬉しそうにリンゴを器用に切る。嬉しくなると鼻歌を歌うのは優菜さんと同じだな。
「サク君、ア〜ン。」
未月が差し出してきたリンゴを手に取り口に運ぶ。
「たまにはノッてくれてもいいのに……。」
未月はリンゴが取られた手を見て、不機嫌そうにする。
「俺がそんなことをするように見えるのか?やる相手を選べよな。」
俺は手にあるリンゴの欠片を見ながらぼんやりと述べる。未月は突如、リンゴを持った俺の手首をつかみ、食べかけのリンゴを頬張った。その際、リンゴごと俺の指も頬張りやがった。
「は、おま、なにして、え?ほんとになにしてんだよ!?」
未月の目から見て、俺は明らかに動揺していたのだろう。未月は俺の狼狽える様子を見てここぞとばかりに攻めの手を打つ。
「あれ〜?サク君どうしたの?頬張られた指を見て顔を真っ赤にしちゃって。私はただリンゴを食べただけだよ〜?」
俺は冷静になろうと指を拭うためのティッシュを取ろうとすると、ここで逃してたまるものかと未月は背後から耳元で囁く。
「もしかして間接キスだぁ〜とか考えちゃった?」
正直にいうと図星である。俺も思春期の男子高校生である。ピンク色の思考回路は当然のように搭載されている。しかも、好きな相手と中身が違うだけの相手からの濃い接触である。考えてしまうのが当たり前である。
しかし、ここで認めてしまうのは負けた気がしてならない。俺はこれでも男だ。せめてもの抵抗をすることにした。具体的には未月の身体を壁に押し付けて逃さないようにし、彼女の目の前で彼女の体液まみれの指を舐めた。付け加えてこう言った。
「だったらなに?」
未月の表情はたちまち赤くなっていった。これで俺の勝ちだと思った。そう、この瞬間までは。
未月は涙目になりながら、目の前にある朔人の手を退けて、朔人の唇を奪った。
「じゃあ、私に直接すればいいじゃん。」
彼女はそう言い残すと、キッチンを出ていった。
俺は何が起きたのか理解できずに、その場で立ち尽くした。
「その顔はズルイだろ……。」
試合結果は、逆転負け。翌朝、俺はいつもより寝不足のまま登校した。もちろん朱里の顔をまともに見れなかった。朱里は俺の様子を訝しんでいたが、特に何も言及しなかった。
まさか俺が朱里の顔を見て、未月のことを思い出すことになろうとは思わなかった。
太陽が地球を照らすとき、地球も太陽を照らしていた。
Day3午後 途方に暮れる
休日の朝、幼馴染が俺の家を訪ねてきた。しかも、朱里の人格でだ。
「……おはよう…?」
頭の中の疑問が言葉に漏れてしまった。それもそのはず、朱里が俺の家を訪れるなんて、ここ最近はなかった。幼馴染とはいえ、異性の家に来るのは思春期の女の子は憚られるだろう。
「おはよう。その、急にで申し訳ないんだけど、今日1日付き合ってくれない?あ、今日予定があったのなら、全然断ってくれていいんだけど。」
なんか、恋愛漫画やギャルゲーでありそうな言葉で誘われた。当然のように陰キャで友達が少ない俺に休日に予定なんぞあるはずもなく。俺は恋愛漫画の主人公のようにほんの少し期待しながら、朱里に二つ返事で答えた。
朱里に連れてこられたのは、甘味処『大宮』だった。そう、よりにもよって俺の友達の店だった。
「朱里…うちの学校の校則知ってる?家業じゃない限り、アルバイト等は禁止なんだよ?」
「いや、そうじゃなくてね?その、なんというか……。」
朱里はほんのりと頬を染めて、モジモジし出した。教室で恋バナして盛り上がっているクラスの女子を思い出した。これってもしかして……、朱里はゴエモンのことが好きなのか・・?
友達(いや、もはやゴエモンはもう敵なのだが)に妬いてしまう。そんな恋愛漫画のベタな感情を抱きながら、朱里の言葉を待つ。
朱里は少し落ち着きを取り戻しながら、言葉を紡ぐ。
「べ…。」
「べ?」
「勉強……教えてほしいの。」
何の相談かと思えば(いや、恋愛相談だと邪推したのだが)、勉強を教えてほしいとのことだった。しかし、妙である。朱里は全く勉強ができないわけでもないはずだ。
「誰に?」
「いや・・・その私と大宮君に・・・。」
「ゴエモンはわかるけど、なんで朱里に?」
ちなみにゴエモンは勉強するのをめんどくさがるため、成績は当然悪い。
「その、この前あった英語のテストがあまり良くなくて・・。」
朱里が俺から目線を逸らす。親に隠していた赤点のテストが見つかった時の子どものように罰が悪そうに。いや、実際に英語のテストで赤点取ってしまったのかは知らないのだが。
「……分かった。とりあえず中に入るか。」
俺はこれ以上のことを聞くのも悪いと思い、中に入ることをすすめる。朱里もこれ以上何かを言って恥を晒したくないのか素直に従う。
『大宮』は甘味処と称しているが、その実は和カフェというやつである。『大宮』の中は大正を彷彿とさせる和風モダンのスタイルを取っており、いかにもオシャレなカフェの内装である。店内はお客さんで溢れかえっている、わけではなく、閑古鳥が鳴いていた。人っ子一人もいないのである。理由は明白である。『大宮』はカフェタイムではなく、バータイムが人気なのである。バータイムで提供される日本酒と和菓子の相性が良く、カフェタイムよりもバータイムにお金を使いに来るお客さんが多いのである。ちなみにバータイムの日本酒は朱里の親友の藤原の家の蔵元が提供していたりする。まぁ、藤原はその家業のせいで変な噂があったりするのだが、それは別の話である。
店内には藤原とゴエモンが既に席に着いて、教科書やノートを開いていた。というか藤原がいることは知らなかったんだが?横の席に着いた朱里に視線を送るが、何食わぬ顔で英語のテストを広げて、準備していた。何も言わない朱里から何故かいる藤原に視線を送る。
「あぁ、あたしがいる理由?それはね、元から私が教える側として呼ばれていたからだよ。」
「え、じゃあ俺は何で呼ばれたんだ?」
「それは「べ、べんきょうしよっか!」
朱里が藤原の言葉を遮り、勉強を促す。なおゴエモンは本当に危ないのか、ただひたすらにシャーペンを動かしている。
藤原はどこか満足したかのように笑みを浮かべながら、ゴエモンの勉強している様子を眺めている。藤原の成績は危うくないため、教える側にまわっている。しかし、教える相手は朱里ではなくゴエモンである。コイツらいつもは仲悪そうにしているのになぁ・・・。とどのつまり、俺が教えるのは朱里である。
しかし朱里の部屋での一件以降、朱里とはどこか気まずい。後ろ髪を引かれる思いというやつだ。確かに朱里のことは好きだが、未月との関係がその気持ちを阻む。いや、阻むというのは少し違ったな。俺は迷っている。このまま進んでいいのか止まるべきなのか。
俺をこの勉強会に誘い込んだ張本人は俺の気も知らず、いや、どこか気まずそうにしている。いつもの朱里なら俺のことなんか気にも留めず、自分の勉強をしているところだ。いや、そもそも朱里の勉強を見るという点がおかしいのである。コイツは勉強ができないわけではない。もし英語のテストの点数が悪かったとはいえ、朱里は自分の手でリカバリーできるはずである。
何故俺がここに呼ばれたのか?このときの俺の解答は部分点しか与えられなかった。
……ねぇ、ねぇ、朔人君ってば!」
自分の思考にのめり込み過ぎてしまったのか、朱里に呼ばれていたことに気づかなかった。そもそも本来は勉強を教えにきたのだから、その本分を果たさなければならない。幸い、英語は得意な方であるため、教えるぐらいのことはできる(合っているかどうかはともかく)。
「で、何を教えればいいんだ?」
「いや、勉強はもう終わったよ?」
・・・・・・・・eh?what?
朱里たちは既に勉強道具を片付けていた。俺がなにか教えることもなく、勉強会とやらは終わってしまった。本当に俺が来た意味がわからなくなった。なお、ゴエモンは疲れ切ったのか、顔を伏せて、よくわからない数式を唱えている。このまま放置したら、数学が得意になってそう。いや、ゴエモンには無理だな(確信)。
「両城くんずっと惚けていたね。なにか考え事でもしていたのかい?」
ゴエモンのお父さんでカフェのマスターの丹波さんが抹茶ケーキと緑茶を人数分差し入れてくれた。俺は特に勉強をしていなかったから申し訳なかったが、頭脳労働したことに違いはないので、素直にいただいた。
「もしかして・・恋とかしているのかい?」
丹波さんはいつもほわほわした天然なのに、勘が鋭くなったり適確な助言をしたりとたまに大人らしいところを見せる。その性格にゴエモンや藤原は振り回されている。もちろん、今回も図星である。誰に恋をしているのかを当てられなかっただけ御の字というやつだ。
丹波さんはゴエモンや藤原に小声でなにか話したかと思えば、俺に温かい目を向けた。そして、ぜんざいを俺に渡してきた。なんか素直に受け取れなかった。まぁ食べたけども。
朔人君は『大宮』に入ってから、どこか上の空だった。
凛ちゃんに言われるまま朔人君も誘ったけど、本当によかったのだろうか。それに凛ちゃんゴエモン君にあんまり教えてなかったし、ほとんどニヤニヤしながら私と朔人君のこと見ていただけだった。だから、学校で実は未成年飲酒しているのではとか噂されるんだよ。実際に担任の先生から飲酒していないか確認取られていたし。
きっと朔人君が上の空である原因は私にある、と思う。以前、私の部屋で『ミツキ』って子が登場する夢の話をしてから、妙に気まずい。朔人君は夢に出た『ミツキ』って子になにか思うところがあったのだろう。朝、私が話しかけようとすると、いつもより間を空けて返事をするようになった。たまに空返事をして、私の話を全く聞いていない時もあって、ちょっと困る。
別に朔人君が誰と付き合おうがどうでもいい、どうでもいいはずなのに、少し気になる。これはあれだ。今まで自分とずっと一緒にいた兄弟が急に一人暮らししたり、結婚したりして、自分の側を離れてしまう時の寂寥感と同じだ。決して、朔人君が誰かと付き合うかもしれなくて嫉妬しているわけではない、おそらく(多分)。
ちなみに朔人君は未だになにか考え事をしている。丹波さんの言葉を受けて、少し動揺したかと思えば、抹茶ケーキとぜんざいを親の仇(朔人君の母親は亡くなっているから不謹慎かもしれないが)かのように食べ始めた。私はただそれを眺めることしかできなかった。
『大宮』でカフェタイムの掃除とバータイムの準備を手伝ってから、『大宮』を出る。結局、『大宮』に滞在した時間のほとんどを考え事に費やしてしまった。しかし、朱里と未月との関係性をどうするべきか・・。そんなこと考えながら、帰路に着く。朱里と同じ帰路だが、ほとんど会話を交わさなかった。お互いがお互いに気まずさを感じているのだろう。向こうの気持ちなんて分からないから、何もいえないのだが。なにも話すことなく、家に着く。流石にすぐにこの気まずさが解消されるなんて思ってもいないため、今日のところはおとなしく家に帰って寝ることに決めた。俺は自分の家のドアに手を置き、ドアを引く。ガタンと大きな音を立てるも、ドアはピクリもしない。考え事で頭がいっぱいいっぱいで鍵を開けるのを忘れていた。カバンから鍵を取り出そうと、カバンの中を探る。いつも鍵はカバンの内ポケットに入れているのだが、なかなか見つからない。鍵を見つけるためにカバンの中を覗き込む。朱里も俺の様子がおかしいことに気づいたのか、後ろから声をかけてきた。
「朔人君、大丈夫?様子が変だけど。」
カバンの中に入り込むような勢いでカバンの中を探索するも、全く鍵が見当たらない。鍵は閉まっているため、俺が鍵を閉めて家を出たのは確かなのだが、鍵を閉めるのにも必要な鍵が全くないのである。
「もしかして・・・鍵失くした?」
「おそらく、いや確実に失くした。」
朱里が俺の顔を覗き込む。かなり焦った顔をしているはずだ。いや、俺の表情筋はあってないようなものだから、ワンチャン顔に出ていないかもしれない。
「あ〜かなり焦った顔しているから本当に失くしたんだね。」
「え?なんでわかるんだ?」
俺の表情筋は確実に機能していないはずだが。
「ん?だって、幼い頃からずっと見ているもん。無表情でもどんな気持ちかぐらいわかるよ。」
彼女は夕日をその背に受け、久々に、ほんの一瞬だが笑みを浮かべた。きっと俺の顔色は夕日と同じ色をしていたことだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます