Day2午前/午後
きっと生まれ変わっても、君の光は変わらず。まるで君は太陽のよう。
Day2午前 風変わりな日常
未月が俺の部屋に来るようになったのは、中3の秋であった。俺が家に引きこもり始めてからだ。スマホへの着信が徐々に止まり始めた頃だった。最初は朱里がふざけているんだと思っていたが、毎日のように夜に『未月』として現れ、徐々にこれが本当にふざけていないことに気づいた。俺は二重人格を朱里の両親に相談することを考えたが、結局相談することをやめた。
二重人格は自分の心を守るための防衛機制として、自分の中に自分とは全く異なる人格を作り上げることを指す。二重人格が発現する主な原因として挙げられるのは強大なストレスだ。そうストレスなのだ。朱里は儚げな容姿で色んな人を引き寄せる。もちろん、それが原因で目を付けられることも少なくない。俺が引きこもる前までは俺が防波堤になっていたが、俺がいなくなってからは朱里を守ってくれる人がいなくなった。おそらく、そのストレスの積み重ねが二重人格を引き起こしたんだろう。つまり、俺が朱里を二重人格にしたといっても過言ではないのだ。朱里の両親に相談しないのは罪悪感と責任感からだ。朱里に特に問題があるわけではなさそうなのが幸いである。
ちなみに俺の悩みの根源である未月は俺のベッドの上でダラダラしている。
「ねぇ、サク君どうして寝ないの?明日も学校じゃなかった?」
「誰のせいで寝られないと思っているのかな〜〜?」
そう言って、未月の両頬を引っ張る。こんなこと朱里の時だったらできない。未月が変に距離感が近いからか、未月といる時の距離感がバグった。
「いひゃいよ〜シャク君〜。」
未月はそう言いながらも、どこか嬉しそうに笑う。飼い主に構ってもらえて嬉しい犬みたいだ。未月の笑顔を見て、好きな人の顔が一瞬浮かぶ。だが、同じ顔、同じ声、同じ匂いでも未月は朱里と違うのだと、理性が叫ぶ。
「どうしたの?サク君」
そんなことを考えていると、未月が頬を引っ張っていた手に頭を擦り付け始めた。さっきまで犬のようだった彼女が今度は猫のように甘えてきた。これでは、忠犬なのか、きまぐれな猫なのかわからない。
「今は私だけを、朱里とは違う私のことだけを考えてほしいな?」
また未月は笑う。今度は少しだけ、ほんの少しだけ、悲しそうに。
「ってわけで、ゲームしよ?サク君!」
……絶妙に空気があまり読めない点は朱里と変わらないな。
「ハハッ、分かったよ。」
まったく未月が現れてから、賑やかになったなぁ。
また俺は未月と夜更かししてしまった。俺はいつの間にか寝ており、目を覚ますと未月はいなくなっていた。まるで、彼女の存在が幻だったかのように。しかし彼女の存在は幻想ではなく、彼女が俺にかけてくれた毛布が彼女の存在を証明していた。
俺はいつも通り身支度して、いつも通り家を出る。小学生の頃から変わらない、いつも通りの風景。ただ、いつも通りじゃないのは、君の隣を歩く俺の心模様。心に陽光とは別の光が、月光が差し込んでくる。何も知らない君は眠たげな俺に呆れた顔をするのかな。
「朔人君、また夜更かししたの?」
幕間 風変わりな日常 朱里side
また、変な夢を見て、飛び起きた。そして頬に手を当てる。夢で見た彼の手は昔とは違って、二回り大きくなっていた。
「大きくなっていたなぁ……。」
しばらく前から、変な夢を見るようになった。いつも夢に登場するのは幼馴染。私はその幼馴染と話している「ミツキ」の視点となって、彼の姿を見る。夢であるのにも関わらず、彼の温度が、感触が、声音が、正確に伝わる。いつも無表情な彼が風変わりでもしたのか、幸せそうに笑う。昔の彼に戻ったかのようだ。彼はこんな風に笑っていたのを思い出す。でも昔と違って、彼が笑顔を見せている相手は「ミツキ」という子だ。心の中に、その奥底から、粘性の高い感情が湧いてくる。手が動くのなら、今すぐにでも「ミツキ」という子を滅茶苦茶にしてしまいたいと思ってしまう。そんなことを考えている時に目が覚めた。
彼は昔から幼馴染であって、想い人ではない。そうではない……はずなのに。心に粘性の高い感情が今もなお居座っている。私はその感情の名前を未だに知らない。
いつも通り家を出て、幼馴染を待つ。今日は自らの意思で彼の訪れを待つ。彼はいつも通り家を出て、私の隣を歩く。これが私たちのいつも通りの風景。だけど、だけれども、いつも通りではないのは彼の隣を歩く私の心模様。心に影が差し込む。何も知るはずもない彼はいつも通り、欠伸を噛み殺す。そして呆れた私は幼馴染として仮面を被り、呆れた顔でこう言うのだ。
「朔人君、また夜更かししたの?」
光に目が眩み、頭の中は君で埋め尽くされる。
Day2午後 恋愛性光視症
キーーーーーンコーーーーーーンカーーーーーーーーンコーーーーーーーーーン
四時限目が終わり、昼休みになった。学校では登下校時のように朱里とずっと一緒にいるわけではなく、自身の友達と過ごす。ちなみに学校では朱里は女友達と過ごしており、その女友達のガードが手厚いため、俺が常に一緒にいる必要はないわけである。
「おい、サク。お前の幼馴染がお前に熱視線を送っているんだが……とうとうデキたのかァ?」
「ん?そうなのか。どうりで視線を感じたわけだ。」
友達のゴエモンが小指を立てて、俺をからかってくる。こいつは『大宮五右衛門』。中学の頃からの友達で、実家が甘味処『大宮』を営んでいる。俺もたまにだが、ヘルプに入ることもある。ちなみに、放課後は店の手伝いをしないといけないため他のクラスメイトとの交流の暇が無くて、俺以外友達がいない悲しい奴だ。
「おい、全部聞こえてるぞ。お互い様だろ、友達がいないのはァ。」
「俺は作らないだけだ。ゴエモンの場合は作れないんだろ。」
「………飯食いに行こーぜェ…。」
「おう。」
俺は朱里の視線を感じながら、ゴエモンと一緒に屋上に向かった。いつもは朱里とその友達も一緒に来るのだが、朱里の熱視線のことを聞くのも怖くて、声をかけなかった。
屋上は昼休みでも人が来ない、というか立ち入り禁止であるため全く人がいない。担任の先生の融通が効き、話がわかる人のため、特別に解放してくれた。他の先生には内緒だと言われたため、誰の許可も得ていないんだろう。担任の先生は融通が効くというより、いい加減なのかもしれない。まぁ、あれはあれで良いところがあるため、いい加減でもなんでもいいんだが。
「それでサク、玉梓(たまずさ)ちゃんに何かしたのかァ?」
「いや、朱里には何もしていないはずだが。」
そう、朱里にはいつも通りのこと以外何もしていないはずである。ちなみに、玉梓というのは、朱里の苗字だ。
「そうかァ〜。じゃあ、あの熱視線は何なんだろうなァ?」
「俺が聞きたいよ。」
ホントに何なんだろうな。もしかして、二重人格(みつき)に気付いたのか?いや、そんなわけないか。
「今日は本当にどうしたの?朱里。両城(もろき)くんのことずっと見つめちゃって。お陰様で、屋上に行きにくいじゃん。」
「凛ちゃんは行きにくいとかないでしょ。あと、朔人君のこと見つめてないよ?」
親友の凛ちゃんが変なことを聞いてくる。この子は『藤原 凛』。私とは中学校の頃からの付き合いだ。ゴエモン君とはお店の関係で昔からの知り合いらしい。よくゴエモン君と言い合いしているのを見かけるため、仲が良いのか悪いのかわからない。多分、仲良しだとは思う。
「朱里、自覚ないの?今日の授業中、暇さえあれば、両城くんのことずっと見てたじゃない。なにかあったの?」
「……いや、なにもないよ?」
今朝の夢が頭によぎったが、すぐになにもないことを伝える。あれはあくまで夢なのだと今一度、自身に言い聞かせる。凛ちゃんは(ちょっとだけ気味が悪い)笑みを浮かべて、こちらを見るだけでそれ以上の追求はしなかった。
「でもさぁ、早くしないと誰かに両城くんのこと取られちゃうかもよ?」
また凛ちゃんは核心を掠めるかのような発言をする。
「……………別にいいもん。」
今度は考え込んで、問いに答える。そう別に朔人君が誰かと恋仲になろうと私に関係はないのだ。朔人君とはお隣さんで幼馴染という関係でしかなく、恋仲になるなんてことはない。端的にいえば、お互いがお互いの気が休まる相手なのだ。そんな恋愛対象として見てはいけないのだ。
「じゃあ〜、な・ん・でそんな苦虫を嚙みつぶしたような顔をしているのかな〜?」
凛ちゃんは箸で私の顔を指し示す。凛ちゃんの眼の中の私は確かに、酷く苦しんでいたように見えた。まるで朔人君が家に引きこもった時のなにもできなかった私のようだった。
眠気にストーキングされた午後の授業が終わり、朱里と一緒に帰宅する。帰路でも朱里の様子はおかしく、俺のことを見つめたかと思えば、すぐにそっぽ向くなど、どこか落ち着きがないようだった。家が近くなるにつれて、俺を見つめる頻度も高くなった。俺が朱里の方を向くと、すぐにそっぽを向くが、俺が前を向くと、すぐに俺を見つめ始める。俺はなにをしでかしたんだろうか。
朱里の家に着き、俺も自分の家に帰ろうとした時、後ろから袖が引っ張られた。
「ね、ねぇ、朔人君…。少しだけ、さ……少しだけでいいから私の部屋でお話ししない?」
朱里は上目遣いでそう訴えかける。その姿にいつかの日のことを思い出してしまった。そして、俺は考えも無しにその誘いを了承した。
久々に朱里の部屋に入った。朝起こされる時に、窓越しに見えてはいたが、実際に部屋に入ると、そこは女の子の部屋だった。いや、朱里が女の子らしくないと言っているわけではない。幼馴染であり、どこか兄弟に近いものを感じていた。好意は持っているが、無意識に家族愛に似たものも持っていたようだ。しかし今では、それが完全になくなった。部屋から感じる甘い匂いがその家族愛とやらをかき消した。というか、そのせいで朱里への好意を今まで以上に強く認識してしまった。朱里がお茶を持ってくるまで素数でも数えて落ち着こう。慌てるようなことはないのだと自分に言い聞かせる。
そんなこと考えていると朱里が部屋に戻ってきた。まだ落ち着きを取り戻せていないが、幸い(?)、俺の表情筋は死にかけているため、表情でバレることはない……ない、はずだ。朱里は俺がそんなことを考えているとは露知らず、沈黙の時間を裂いて、言葉を紡ぎ始めた。
「あ、あのね、朔人君。最近、変な夢を見るんだ。」
俺は頭から冷水でもかけられたかのように、いやに冷静になった。嫌な予感、いや、気味が悪い予感がしたからだ。そして、それは的中した。的中してしまった。
「朔人君が笑って、『ミツキ』って子と笑いながら過ごしている夢。」
背中に冷や汗が流れていったのを確かに感じた。昔、昼間にやっていたドラマで若い芸術家に浮気したことが夫にバレた妻の心情を今頃になって理解したような気がした。
「そ、そうなのか。なんでそんな夢を見たんだ・・?」
「私もわからないかな。朔人君はどう思う?」
朱里は淡々と答える。浮気されたことを問い詰める夫のように。俺には心当たりがあった。別人格の未月のことだ。おそらくは別人格が経験したことを寝ている間に夢という形で見るのだろう。以前、未月が朱里の言ったような経験をしたと語っていたのを思い出した。でも、それをそのまま朱里に言うわけにもいかない。
「あれじゃないか?なにかの欲求不満とかじゃないか?」
咄嗟に出た言葉がこれだった。絶妙にデリカシーが無い発言だったかもしれない。
「欲求不満・・・・」
朱里はそうつぶやくと、口のあたりに手を当てて、考え込む。想像していたよりも真に受けていた。お茶を一口に飲んで、朱里の様子をただ茫然と眺める。
惚れた弱みもあれば、惚れた強みもある。朱里の様子を眺めるだけでも飽きない。笑みを浮かべたかと思えば、なにかに気づいて、また顔を顰(しか)め始めた。その眩しい様子を見ているだけでも幸せを感じられる。どうも俺は朱里のおかげで安い男になってしまったらしい。
欲求不満とかじゃないか?
その言葉を聞いて、ここ最近の出来事を思い出し、考え込む。どこにもそのような心当たりはない。しかし、彼が出てきた夢だけでこんなにも心が動かされるなんて思わなかった。今までも彼に突き動かされたことがあったけど、まさか夢にまで心を動かされるとは考えもしなかった。そんな私の心を振り回す彼の方を見る。
朔人君は窓から差し込む夕日を背に受け、私を見つめて、ただ、ただ微笑んでいた。まるで愛しいものでも見つめるかのように。
その光景を見て、さっきまでのモヤモヤした気分が晴れた。どうも私には彼という太陽は眩しすぎるみたいだ。
幕間 深夜には浮かばない月 1刻
「そういえば、未月って夢見たりするのか?」
「え?私の夢はサク君と相思相愛になることだけど?」
「目標って意味の夢じゃないほうの夢って意味で。」
未月のめんどうなボケを捌く。見た目は朱里と変わらないのに中身は残念だな・・・。
「え〜?私としてはそっちの方が重要なんだけど・・。」
未月はそう言って、俺の足の上に跨ぎ、膝立ちで俺を上から見下ろす。いつの間にか、俺の首に手を回していた。
「このまま、襲おうかなぁ〜?」
未月の顔が俺の顔に近づいてくる。朱里と同じ顔をしているため、変にどぎまぎしてしまう。俺はこのまま襲われてもいいやと訴えかける本能を理性で無理やり押さえ込み、未月の顔を押し返す。
「サク君のいけずぅ〜。」
「で?意識が表に出ていない時は夢を見るのか?目標って意味じゃない方の夢な。」
再度、同じ問いかけをする。未月は口を尖らせて、俺の問いに答える。
「まぁ、夢は見るといえば見るよ。でも、それは表に出ている人格が経験していることだけどね。」
「ってことは。朱里が見ている景色を未月は見ているのか。え?もしかしてだが、朱里の方も未月が見ている景色を見たりするのか?」
「それは知らないけど。でも、まぁ、サク君に関することなら見ているんじゃない?」
「なんでだよ?」
「だってそりゃあ、ねぇ?」
「? どうゆうことだよ?」
「これ以上の質問は私にキスしてくれたら答えまーす」
もちろん俺がキスすることも、未月はそれ以上の質問に答えることもなく、いつも通りゲームをして夜更かしした。変なモヤモヤだけが俺の中に残っ
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