第8話 まずはお友達から
「幽霊のお友達」
ヴィンフリートはエルーシアの言葉を繰り返した。
「はい。わたしはあの方とお友達になりました。今は首を探して城をさまよっているそうです。辺境伯様も、もし首を見かけたら教えてあげてください」
「う、うん。そうか、分かった。皆にも伝えておくよ」
夜も遅いからと昨夜はそのまま寝かされて、朝になってようやくヴィンフリートに全て話すことができた。
ヴィンフリートは納得したのかしてないのかよく分からない微妙な顔で苦笑いを浮かべている。
「首なし騎士の幽霊ってほんとにいたんですね」
「いや、まさか本当だったとはな……」
ヴィンフリートの側近、フィデリオもエルーシアの話を聞いて驚いていた。
どうやらクラルヴァイン城では首なし騎士の幽霊が彷徨っているという噂自体は昔からあったようで、ここの人々にとっては定番の怪談と化していたようだ。
「懐かしいですね!旦那様が幽霊を怖がって夜中に大泣きなされていたのを思い出します!」
「その話はやめるんだトリシャ!」
無邪気な顔で暴露するトリシャを、慌ててフィデリオが止めようとしているが一歩遅かった。
もはやヴィンフリートへの追い討ちにしかなっていない。
「お前たちはもういい……。とにかく、エルーシア。ご覧の通りここには人間以外のものもいるんだ。次からは眠れない時は俺を呼んでくれよ」
「いえ、辺境伯様はお忙しいですし」
「俺を!俺を呼んでくれ。仕事なんか後でやればいいんだから」
「そこまで仰るのなら……」
やけに俺を、と強調してくる。
理由はよく分からないがそんなに呼んで欲しいのなら仕方ないと、エルーシアはヴィンフリートに少々気圧されつつ頷いた。
「それと、その呼び方も。俺と君は夫婦なんだから、いつまでも堅苦しい呼び方にする必要は無いだろう?」
「それもそうですね。では……伯爵様」
街の人々と同じようにしてみたのだが、少し違ったらしい。
ヴィンフリートは物足りなさげな顔をしている。
「も、もうちょっと気安くていいぞ」
「でしたら、旦那様」
「いや、もっと気安くても」
「うーん……ヴィンフリート様」
「様はいいから。それは捨てよう」
「えーと…………ヴィンフリート」
「よし!そうだ!それでいいんだ」
いくらなんでもこれはさすがに気安すぎるのではなかろうか。
エルーシアはそう思ったが、本人がやけに満足げなので仕方がない。
しかし、何をそんなに呼んでほしがるのだろうか。
そういえば、オルクスの名を呼んだ時、ヴィンフリートは物凄く機嫌が悪そうだったのを思い出した。
少し考えてから、エルーシアはある結論にたどり着く。
「ヴィンフリートも、わたしとお友達になりたいんですか?」
「え?」
自分と友達になってもあんまり楽しいことは無いだろうに、この人は本当に物好きなんだなとエルーシアは不思議そうにヴィンフリートを見る。
「いや、そうではなく、その、俺は君と夫婦らしく」
ヴィンフリートがもごもごと口ごもっていると、トリシャの声に掻き消されてしまった。
「幽霊とお友達になれるんですから旦那様なんて余裕ですよ!」
「トリシャ……ありがとう、頑張ってみます」
エルーシアは大きく頷く。
首のない騎士を相手にできるんだから、首のある人間なんて楽勝だ。
今まで友達と言えるような親しい相手は手紙を送ってくれるアル以外にいなかったが、今はそう信じて頑張ろうと意気込む。
「それは俺の目の前で話すことなのか……?」
「まあまあいいじゃないですか。まずはお友達からで」
あなたたち、どっちも初心なんですし。
フィデリオはそう、小さく付け足した。
とにかく、オルクスに関する誤解も解けたようで良かったと、エルーシアは一安心する。
これで残るはオルクスが話していたエルーシアの力についての問題だけだが、その時だった。
「ヴィンフリート様!大変です!」
一人の騎士が慌ただしい足音で駆け込んできた。
何か重大な事件でも起きたかのように、ずいぶんと深刻な顔をしている。
「何事ですか」
「魔獣が街付近に出没したのですが、それが……」
フィデリオが彼から冷静に聞き出そうとするが、よほど混乱しているらしい。
「どうした。今更魔獣ごときで俺たちがそうも慌てる理由は無いだろう。何があった」
「その魔獣の様子がおかしいのです。なんでも、死んでいるのに生きているようだと……。それと、調査中の一件と似たような状況も確認されているそうでして」
ともかく、これまでとは違った状況らしい。
死んでいるのに生きている。
不死身ということなのだろうか。
状況があまり見えてこないが、彼の気迫からしてただことではないのは確かだろう。
「どういうことだ?とにかく向かうぞ。エルーシアはトリシャたちと城で待っていてくれ」
「わたしも連れて行ってください!」
思わず立ち上がってそう言ってしまった。
全員が驚いたようにエルーシアを見ている。
調査中の件と同じ現象、と言われて黙っていられるはずがなかった。
ちょうど今まさにそのことを考えていたばかりだというのだ。
落ち着いてなどいられない。
「お願いします。どうしても、確かめたいことがあるんです。邪魔はしません。どうかお願いします」
オルクスから言われたことを、どうしても確かめなければならない。
ここへ来てからエルーシアが抱える羽目になった、己の『死の祝福』についての疑念。
「エルーシア……。だが君は剣を握ったこともないだろう。危ない目に合わせるわけにはいかないんだ。確かめたいということがあるのなら、代わりに俺が調べておこう」
「それではダメなんです。わたしが、自分の足で探さないと、きっと見つけられないと……」
あの時と同じだ。
誰かが自分を呼んでいるような感覚。
そこへ行かねば、自分の手で確かめなければいけない。
だが、それはエルーシアの中だけにある感覚だ。
皆、突然取り乱したエルーシアに驚いている。
(わたし……根拠もないのにそんなことを言って、何をしているんだろう)
エルーシアははっと冷静になる。
ヴィンフリートたちは緊急事態だというのに、子供じみたわがままをしてしまった。
なんて馬鹿なことを。
「ごめんなさい。わたしのような者が、出過ぎた真似をしました。もう二度とこんなことは言いません」
「……いいぞ。一緒に行こう」
「……え」
ヴィンフリートは表情を緩ませて優しく笑った。
「そこまで言われては仕方ない。可愛い妻の頼みなんだ。理由も聞かずに却下するなんてこと、俺にはできない。それに、君は今まで色んなことを我慢させられてきたんだから、ちょっとぐらいワガママな方がいいんだよ」
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