第7話 首のない騎士
「とにかく、もう二度と危ないことはしないでくれよ」
城内に戻り、この騒動についてヴィンフリートに説明したところ、彼から返ってきたのはこの一言だった。
エルーシアが危ないと聞いて駆けつけたヴィンフリートは、それはもうとても険しい顔をしていたもので、かえってエルーシアが緊張してしまったぐらいだ。
「君が無事だから良かっただけで、次はそうだとは限らないんだ。こういう時は絶対に俺を頼って欲しい」
「すみません……」
「ああ、いや怒っているわけではなくて!俺は君のことが心配で、その……」
落ち込むエルーシアにヴィンフリートはどう声をかけて良いのかが分からないのか、もごもごと弁明しようと必死になっている。
「とにかく!それについては俺の方で調査を進めるから、君は何も悩む必要は無い。数日の間は護衛の数を増やすから、安心してくれ」
強引に話を終わらせ、一旦は護衛を増やすということでヴィンフリートは納得してくれた。
が、それから数日間。
どこへ行こうとずっと騎士たちに囲まれてしまうので、エルーシアはすっかりまいっていた。
ただでさえたくさんの侍女にお世話をされるという状況にまだ慣れていないというのに、今度は騎士ときた。
ヴィンフリートの気持ちはありがたいが、エルーシアはここへ来るまでずっと塔の中で一人静かに暮らしてきたのだ。
急激な環境の変化についていけず、気持ちはまったく落ち着かなかった。
「よし、今なら大丈夫ね」
夜中、巡回の時間の隙をついて部屋の外へ出る。
ヴィンフリートとは名義上は夫婦であっても、同じベッドで寝るようなことは無かった。
ヴィンフリートが忙しいのもあるが、エルーシアがこの数日に出会ったばかりの他人と同衾して眠れるわけがない。
とにかく彼はエルーシアに細やかな配慮をしてくれた。
そのおかげで今こうして深夜に城を散歩することもできるわけだが。
エルーシアは灯りをともしたランタンを片手に歩く。
クラルヴァイン城の中なんて一番安全な場所だと言うのに、ヴィンフリートは思いのほか心配性のようだ。
静まった廊下に、エルーシアの足音が小さく響く。
庭園への渡り廊下に出れば、涼しい夜風がエルーシアの頬を撫でた。
「星がよく見えるわ……。あれはなんて言う星座なのかしら」
「あちらのいっとう明るい星ならば、狼の星座ですな」
「まあ、そうなんですか…………え?」
独り言に返事があった。
どういうことだと横を向けば、騎士がいた。
エルーシアよりもうんと背の高い、黒い鎧を身にまとった騎士だ。辺境伯家の騎士団とは装いが違う。
そしてなにより異質なのは。
「あなた、首が無いですよ」
頭部が無いのだ。
断面(?)は黒く闇が広がっているようで、その中に人が居るのかもあやしい。
どうみたって人あらざる者だろう。
エルーシアは幽霊なんて初めて見た。
「はは、お恥ずかしながら首から上をどこかに無くしてしまいまして。長年探しているのですが、なかなか見つからず」
「そうでしたか、それは大変ですね」
彼は脇に抱えていた兜を首の上に乗せている。
(被れるんだ……)
中身は無いのにぐらつくことなく安定しているのが不思議でたまらない。
首を探してこの城をさまよっているのだろうか。
彼が首を見つけられるよう祈っておく。
「いえいえ、もう慣れたことですから。しかし、こんなところで貴女のような素敵なお人に会えるとは。一体、どこの国の姫君でしょうか」
「えっと、一応この国の王女です。今は、この家のお嫁さんになりましたよ」
「それはおめでたい!いやしかし、この私がノインライトの王女と会う日が来るとは、生きていた頃は想像もしませんでしたよ。人間、一度は死んでみるものですな。はっはっはっ!」
彼は自分で言いながら笑っている。
(今の笑うところなんだ……)
幽霊式ジョークは難しい。
しかし、外見はなかなかに怖いが優しくて気さくな幽霊だ。
七百年前の魔族との戦争の亡霊、という感じはあまりしない。
エルーシアへの敵意は無いどころか、上機嫌で楽しそうだ。
亡霊の彷徨う地となればそういった類のものに遭遇したりするかもしれないと考えてはいたが、城内に既にいるとは思いもよらなかった。
「あなたはいつからクラルヴァイン城にいらっしゃるんですか?」
「そうですねぇ、もう数えることをやめてしまったのですが……ざっと数百年は」
彼が数え始めたその時だった。
がしゃーん。
金属が地面にぶつかったような音が響く。
音のした方向へ顔を向ければ、槍を落とし蒼白な顔をした巡回中の兵がいた。
「ひぃぃぃぃぃぃ!幽霊が出たぞぉぉぉー!」
ぶるぶる震えながら、大声で叫び逃げていく。
「あ……」
エルーシアが止める間もなく、叫びは廊下中に響き渡る。
このままでは誰か来てしまうだろう。
そうなったらこっそり抜け出して城を一人で歩き回っていたことがバレてしまう。
怖がらせるつもりは無かったのだが、あの様子では騎士の幽霊に恐怖するあまりエルーシアの存在に気づいてさえなかっただろう。
首無しの状態だったら腰を抜かして泣いていたかもしれない。
「おやおや、驚かせてしまいましたかな。やはりこの姿では怖がらせてしまいますか」
「そんなに怖くないですよ。とっても優しくて勇敢な騎士様に見えます」
確かにエルーシアも驚きはしたが、怖いとは感じなかった。
エルーシアに星座を教えてくれたり、普通の人のように会話を楽しんでいる。
物語に出てくるような恐ろしい幽霊のようには思えない。
「嬉しいことを言ってくれますな。勇敢な騎士ですか……私にそう呼ばれる資格があるのかは分かりませんが、姫様がそう言ってくださるならそうなのでしょうな」
「もうお姫様じゃないですよ」
「はは、そうでしたな。しかし、どうか姫様とお呼びすることを許していただきたい。貴女は私の主によく似ている」
「そうなんですか?」
「ええ、それはもう!華奢な外見に似合わず、意肝が座っているところなんか特に!」
その姫君のことが本当に大切なのだろう。
彼の主である姫について語ると、一段と声が大きくなっている。
目があればきっときらきらに輝かせていたはずだ。
「なにより、あなたからは我が姫と同じものを感じます」
「同じもの?」
「生命の息吹を感じさせるような力、闇夜の中でそっと照らすような暖かな光。我が姫の魔力と、貴女の魔力は良く似ている。永き時に渡り私の心を支配してきた苦しみと執念が消えていくようで、なんとも心地が良いのです」
そう言われてエルーシアは首を傾げた。
「魔力?わたしは魔導師ではないので、魔法は使えませんよ」
『祝福』と魔法は違うものだ。
エルーシアは魔法について勉強したことは無く、魔法の素質も恐らくは無い。
「おや、そうですか?貴女からは強い気を感じるのですが……」
彼は不思議そうに考え込む。
生命の息吹を感じさせる、だなんて皮肉な話だとエルーシアは思った。
エルーシアが唯一持つのは『死の祝福』だ。
彼の言うような暖かなものとは縁遠い。
だが、生命と言われてエルーシアには少し気になることがあった。
「もしかして、そのお姫様は枯れた花を蘇らせたりすることができましたか?」
先日の出来事は、まだ解明されていない。
ヴィンフリートたちが調査をしてくれているそうだが、どうしてあんなことが起こったのか、ずっと気がかりだった、
もしかして幽霊である彼なら何か知っているのではないかと思ったのだが、彼は首を横に振った。
「いいえ。命は命ですから、それをねじ曲げるようなことはしませんでした。しかし、我が姫は呪いや黒魔法により本来あるべきでは無い死を迎える命に対しては慈悲深い人でしたよ。枯れていく命を眠らせ、そこからまた新たな生命が生まれるように祈りを捧げておりました」
枯れた命から、新しいものが生まれてくる。
同じだ。
エルーシアが起こした現象ととても似ている。
元通りではなくても枯れた土地から新しい緑が生えていた。
同様の現象だと考えても間違っていないのではないかと、エルーシアはなにか確信めいたものを得る。
「……もしよろしければ、その力についてもう少し教えていただけませんか?」
「もちろん良いですよ。この私めが知っていることならなんでもお話しましょう」
「じゃあ、まず」
エルーシアは口を開くが、後方から足音が聞こえてきて思わず口を閉じる。
「どこに幽霊がいるんだ?そんなのいないじゃないか」
「だから、ほんとにいたんですって!でっかい鎧の化け物が」
足音共に、複数人の話し声が。
考えるまでもない。
先程驚いて叫びながら逃げていった男性と、彼から報告を受けたであろうヴィンフリートだ。
「お前、勤務中に居眠りでもしたんじゃないだろうな?」
「夢じゃないですよ!ほら、ここの廊下に……」
まずい、接近してくる。
どうにかしてこの騎士を隠さねば、と思ったがこんなに大きな幽霊をどうやって隠そうというのか。
エルーシアは彼を庇うように両手を広げたが、全然幅が足りなかった。
「エルーシア……?」
「え?奥様!?」
こちらに気づいたヴィンフリートは唖然とている。
「えーと、こんばんは……」
数秒間、静寂がこの場を包んだ。
ヴィンフリートの視線は、エルーシアからその後ろにいる大きな騎士に向かう。
「彼女から離れろ!さもなくば、幽霊だろうが斬り捨てるぞ!」
剣を抜き、恐ろしい形相でこちらへ向かってくる。
ヴィンフリートがこんなに怒っているところは初めて見た。
なんとか誤解を解こうとするが、どう説明すればいいのやら。
「はっはっはっ!どうやら貴女様には既に騎士がいたようですな」
彼が大きな声で笑うので、ヴィンフリートは驚いたように動きを止める。
「私の名はオルクス。今は亡き王国の騎士です。お暇があればいつでも呼んでください。しばらくは、まだここから出られないでしょうから」
彼はオルクスと名乗ったことで、まだ名前を聞いていなかったことにようやく気づいた。
この城にいればまたいつでも会えるだろう。
「またね、オルクス」
オルクスは恭しく礼をすると、踵を返して去っていく。
幽霊らしい姿の消し方で、だんだんと後ろ姿が透明になっている。
やがて甲冑の音が聞こえなくなってから、ヴィンフリートは小さく震える声で呟いた。
「俺より親しい相手、だと……」
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