吟之丞くんから

ぬすむーん

ユリちゃんは五才のころに引っ越した。

「引っ越しと言っても同じシナイだから、会おうと思えばいつでも会えるよぉ。」とおばあちゃんが言っていた。ユリちゃん、今まではシャタクに住んでたけど新しいお家ができたからそっちに引っ越すって。

ぼくのいちばん大好きなお友だちで、きっとユリちゃんもぼくのことがいちばん大好きなお友だち。保育園でいつも一緒だし、一回だけ保育園の帰りにおばあちゃんとユリちゃんのシャタクに遊びに行ったこともある。


会えなくても大好きで仲良しで大切なお友だちだから、手紙を送り合うことにした。こういうの、ブンツウって言うらしい。ブンツウする人同士はペンフレンドって言うらしい。これもおばあちゃんに教えてもらった。ユリちゃんは頭がいいからもう文字が書けるけど、ぼくはまだ書けない。いつもおばあちゃんに読んでもらってる。

ユリちゃんは引っ越してから、すぐお友だちができたのらしい。近所には犬を飼っているお家がたくさんあるのらしい。シャタクはペット飼っちゃダメだから、野良猫以外の動物がすぐ見に行けるのがうれしいって書いてあった。うれしいけど犬はすごく吠えるからうるさいって書いてあった。


保育園の帰り道で通る運動公園は、春になると桜の花がたくさん咲いている。この前の日曜日は、ここでお父さん、お母さん、おばあちゃん、弟のみっくん、ぼくでお花見をした。

みっくんは最近歩けるようになっていろんなところに行こうとしちゃうから、みっくんが遠足シートから出ないように家族みんなで囲んでる。みっくんが危なくないようにそうしてるだけだけど、なんだか家族みんなで遊んでるみたいですごく楽しかった。すごく楽しくて、楽しくなりすぎちゃって、無理やり抜け出そうとするみっくんを思いきり突き飛ばしちゃって、そうしたらみっくんが泣き出しちゃった。お母さんが「あ〜あ。」ってみっくんを抱きかかえて、お父さんは顔を真っ赤にして泣くみっくんをおもしろそうに見ていた。さっきまで家族みんなが一つになってとっても楽しかったのに、いきなり楽しくなくなっちゃうのってなんでなんだろう。ぼくのせいで急にひとりぼっちの気持ちにさせられるとき、そういうウンメイにした神さまってこわいって思う。

うつむくぼくに、「ぎんちゃん、あっちの方お散歩しようか。」っておばあちゃんが頭をなでて連れ出してくれた。おばあちゃん大好き。


みんながお花見をしているところを走り抜けて、たまにおばあちゃんが付いて来てるか後ろを振り返る。「おばあちゃーん、まーだー?」ぼくが呼んでもおばあちゃんはにこにことずっと同じ速さで歩いてる。おばあちゃんは亀の生まれ変わりなんだと思う。亀なら仕方ないか、っておばあちゃんが追いつくのを待ってると息ができないくらい強い風が吹いた。

桜の木がバサバサ言って、たくさん桜の花びらが吹いてきた。見上げると空はすごく水色で、そこに桜の花びらがふりかけみたいにちらちらしてて、「きれーい!」。なんだかすごくうれしくなってぴょんぴょん飛び跳ねてたら風で髪がぼさぼさになったおばあちゃんがようやく追いついた。


「おばあちゃん!ユリちゃんのお手紙に桜の花びら入れる!」


桜の花びらをポケットにつめてお父さんとお母さんのところに戻ると、みっくんはお母さんに抱っこされたままぐっすり眠ってた。ぼくはみっくんに駆け寄って、起こさないように小さな声で「みっくんごめんね。」って謝った。


お家に着いてからは、早くユリちゃんにお返事を書くぞとおばあちゃんの部屋に走った。いつもお絵かきしてるおばあちゃんの机の上に、ポケットにつめた桜の花びらをひとつかみ引っ張り出した。そしたら桜の花びら、くちゃくちゃになってた。なんだか花びらの色も汚くなっちゃったように見える。これじゃあ、こんなのじゃユリちゃんがガッカリしちゃう……。ぼくはまた落ち込む。すぐ元気がなくなっちゃう。本当にさっきまではユリちゃんを喜ばせるし、これからはみっくんのいいおにいちゃんになるって思ったのに。思ってたのに。なんだか鼻がぐじゅぐじゅしてきて、涙が出ちゃいそうになって、唇をギュって噛みしめながら手のひらの花びらをゴミ箱に捨てた。「あらあら……」おばあちゃんがちょうど部屋にきて、捨ててるところをしっかり見られちゃった。おばあちゃんはゴミ箱の中を覗き込んで、ぼくが泣きそうな理由がぜんぶわかったみたいに「生きてるお花をお手紙に入れるのは、ユリちゃんのところに届く頃には枯れちゃってるかもしれないもんねえ」ってなぐさめてくれた。なんでおばあちゃんってずっと優しいんだろう。お母さんだったらぜったいぼくのせいにするよ。きっと、”ポケットなんかに入れるからー”って。おばあちゃんが優しいから、我慢できなくなってぼくは結局泣きだしちゃった。


「ぎんちゃん、枯れない桜の花びら作ろう。」

おばあちゃんはティッシュでぼくの鼻水をぬぐって言った。「枯れない桜の花びら?」と聞き返したら、おばあちゃんは机の引き出しから色画用紙を取り出した。

「ピンクの画用紙を花びらの形に切り取ったら枯れない花びらになるよ。たくさん作ったらきっときれいよぉ。」

お年寄りってなんでも知っててすごい!それからぼくはピンクの画用紙に花びらの形を描いてった。はさみを使うのはぼくにはまだ危ないらしいから、代わりにおばあちゃんが切り取ってくれた。

「おばあちゃん、まーだー?」「す〜ぐよぉ。」「もーう!」

おばあちゃんは相変わらずにこにこしてるけど、絶対ぜんぜんすぐじゃない。だっておばあちゃんは亀の生まれ変わりだもん。


次の日、封筒を画用紙の花びらでぱんぱんにして、おばあちゃんと一緒に赤いポストに入れた。ユリちゃんがびっくりしてたくさんよろこんでくれますように。ブツダンのおじいちゃんにお願いごとするみたいに、ポストに手を合わせてお願いした。


るんるんした気持ちでお家に帰ると、お母さんに洗濯物が花びらまみれになったと怒られた。

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