第23話:偏執




 化影ナナミには生まれつき、違う世界の自分の記憶を持っていた。異世界パープルアイズで戦うために生まれた巨大人型兵器、超魔導鬼械オルゼミアとしての記憶と、感情を受け継いでいた。だから生まれた時から自分の使命を自覚していた。勝利先導ヴィクトリーリード、それが自分という存在の源流で、文字通り勝利へと導くために生まれた。



化影ナナミは人間として地球に生まれても、人間として生きるつもりなどなかった。人生を楽しむつもりもない、唯一つの目的、使命のために生きる。それは超魔導鬼械達を創ったマイスター、オールパレードの遺産を探し出し、パープルアイズへと導くこと。人造神に勝つことを諦めていない勝利先導は、それが何を意味するのかを理解していなかった。



 オールパレードの遺産が誕生した場所からズレた場所に人間として生まれたナナミがまず初めに行ったことは、両親を遺産の存在する場所へ引っ越しさせることだった。ナナミはオールパレードから遺産の居場所を大雑把にだが特定できる装置をその魂に組み込んでいたため、それが可能だった。



ナナミは紫猫町にある名門私立小学校を受験し、そのまま同系列の中学校に通いたいからと両親を説得し、引っ越しさせた。化影家は元から裕福で、娘を名門中学校に通わせるために引っ越すことなど当然に思っているような家だったので、特に反対もなく、スムーズに事は運んだ。



むしろ、幼稚園の段階で、誰に言われるまでもなく将来設計をしている神童のように見えたので、両親はノリノリだった。ともかく、両親を騙し、名門私立小学校への受験に合格すると、ナナミは紫猫町への引っ越しに成功した。そして、越してきた日、ナナミはオールパレードの遺産を探しに町に出た。



「はぁああ! れっどとるねーどぉ!」



「ククリすごい! さいきょうだ! あはは」



「……──は?」



 その公園では、まだ幼い時分のヤクモとククリが、アニメのごっこ遊びをしていた。オールパレードから貰った遺産を探す装置は、ナナミの目線の先にいる少年に、強く反応していた。しかし、ナナミには、そんなことはどうでもよかった。



(あ、あああ! か、かかかか、かわいいぃ……! あっ、ふっ、はぁはぁ)



 ナナミはヤクモ少年をその目に捉えた瞬間、心臓を抑えてうずくまった、いや、倒れた。ナナミはヤクモに一目惚れした。その瞬間、ナナミは己の使命を忘れていた。集中の精霊概念の力を持つ、絶大な集中力を持つはずのナナミが、使命を忘れ、ただ目の前の少年を見ることだけに集中してしまった。倒れ、蹲り、痙攣しながら。



「えっ、なに? いまのおと……ってうわ! だだだ、だいじょうぶ!? ククリ! たいへんたいへん! 女の子がたおれてる!」



「わ! ほんとだ! けいさつ? きゅーきゅーしゃ? どうすればいいんだっけ?」



 ナナミが倒れた時の音で、ヤクモとククリがナナミの存在に気づき、ナナミに近寄ってくる。



(あ! み、みつかった……というか、隣の子、ナイン? 触否定速じゃないの? そ、そんな……私、そんなことにも気づかなかったの?)



「だ、大丈夫。問題ない、ちょっと転んだだけ」



 そう言ってナナミは立ち上がる、ヤクモとククリから顔を背けながら。



「え? でも、ふるえてたし、くるしそうだったよ?」



「痛いのを我慢してただけ、だから何もおかしくないわ」



「そっかぁ、そうだよね。泣いてないもん、すごくいたかったのをたえたんだね」



「なかなかやるじゃない。なをなのれ、われはククリ、さいきょうのすとらいかーしょうぐんである」



(ストライカー将軍? 何、どういうこと? ああ、もう! 駄目……なんか、恥ずかしくて駄目。早くここから離れないと駄目になっちゃう。に、にげ……戦略的撤退よ!)



「ごめん! 急いで家に帰らないといけないから!」



 ナナミは逃げるように公園から立ち去った。こうしてナナミとヤクモ、ククリは出会った。しかし、ヤクモもククリもこの時のことを憶えていない。その日は、ナナミにとっては衝撃的だったが、ヤクモ達からすれば転んだ女の子が走って家に帰っていっただけのこと。遊んだわけでもないし、因縁をつけられたわけでもない。



(けど、誤算だったわね。この人間の身体と、融合した人の魂が、あそこまで遺産に反応するなんて……これでは使命を果たすのに支障が……ともかく、慣れがいる。遠目から観測し、問題なく接触できそうになったら、本格的に接触をする)



 それからナナミはヤクモの監視を始めた。ヤクモの学校や通学路に監視カメラを設置し、学校の授業中に監視映像を確認した。スマホを机の中で操作して、教師や他の生徒から隠れて確認していた。ナナミからすれば小学校の授業など、2、3分授業前に予習すれば事足りる話だったこともあり、ナナミの監視は捗った。



学年が上がっていって、ナナミは自分のような存在をストーカーというのを知ったが、自分は使命のため、世界のためにやっているのだから問題ないと自分に言い聞かせていた。とは言うものの、ヤクモが水泳の授業等をする時はガン見していたし、呼吸を荒くしていた。



(だ、駄目……遠目から観測して慣れればいいと思っていたけど。こうして実際に近くに来るとまるで慣れていないのが分かるわ……ヤクモ君、どうしてそんなに、カッコよく、可愛く生まれてしまったの? やっぱり、壁を作るしかない、全力で興味のないフリをするしかない!)



 流石に6年間も見続けていれば、実際にヤクモと会っても動揺しないとナナミは思っていたが、実際のところは全くの逆効果だった。触れ合うこともないのに、ナナミはヤクモへの思いを一方的に強くしていた。ナナミは中学校をヤクモ達と一緒にして、本格的に接触することにしたが、ナナミはまともにヤクモと向き合うことができないでいた。



「あれ? ヤクモの上履きめっちゃ綺麗じゃん! 手入れちゃんとしてるんだ」



「え? 手入れ? してないよ? あーでも、なんか使ってるものが時々綺麗になってる気がする」



「えぇ!! まさか、掃除の妖精が!? いいなぁ、あたしも欲しいなぁ~」



 ナナミは悪化していた。ストーカーとして、気持ちの悪い方向に進化していた。ヤクモの使う日用品や衣服、それと全く同じの新品のものを、ヤクモが使用したものとすり替え、使用済みを収集していた。そして、自分の部屋にある大量のヤクモの物を見て、不意に正気に戻る。



(これ、どう見ても使命のためじゃないわね……我ながら……キモすぎる……)



 ナナミは自分で自分にドン引きしていた。かつて異世界で超魔導鬼械のリーダーとして活躍していたはずだが、今は特殊能力を使うキモイストーカーだった。



「ふーん、やっぱあんたも気持ち悪いやつだったんだ。みーちゃった、みーちゃった。雷名くんの使ってた消しゴム食べてたの」



「ろ、ロミィ!? な、なんでここに……体育の授業が……」



 体育の授業でヤクモや他の生徒が教室を離れた隙を狙って、ナナミがヤクモの使っていた消しゴムを食していた時のことだった。そのなれた様子の食事風景を、ナナミはロミィに見られてしまった。



「ナナミの雷名くんを見る目、気持ち悪くてさぁ、ワタシと同じような感じがしたんだぁ。あはは、それにしたって、消しゴム食べるとか! ふふ、あはははは! キモすぎ! ストーカーなんでしょ? じゃあさ、映像とか写真とか、音声とかもあるんでしょ?」



「……ぅ」



「めちゃキモストーカーだってことを、雷名くんに黙っておいてあげるから、あんたのコレクションをワタシにも見せてよ。あんたが厳選したものを楽しませてもらう」



 ロミィもストーカー気質であり、ナナミの収集物に興味があった。この日から、ロミィとナナミは定期的に、ヤクモの違法コレクションの鑑賞会を行うようになった。



「ありがとうロミィ、あなたのおかげでヤクモ君が梨を食べるときの音を録音することができたわ。へへ、へへへ……いい音、私がヤクモ君に貪られるときも、こんな感じの音がするんでしょうか?」



「さぁ? なんでもいいけど、この着替えシーンはコピー貰ってくから」



 ナナミとロミィは殺し殺されの関係性だったが、そこには奇妙な友情があった。二人でいるときは常にヤクモの話をしていた。ヤクモのここがカッコイイ、ここが可愛い、ここが好き、ナナミの自宅、ナナミの部屋でそんなような話ばかりしていた。



ナナミもロミィもヤクモの本命がククリであると認識していたから、どこか諦めたような部分があったのかもしれない。気持ちの悪い人間なので、普通の方法ではヤクモとくっつくことはないと思っていた。



「あんたさ、使命って本当に大事? もう、いいんじゃないの? 今だって馬鹿みたいなことしてるんだし、自分の好きに生きたっていいんじゃないの?」



「そうね。どのみち元いた世界には帰れそうにないし、正直な所、世界を救いたいという気持ちよりも、ヤクモ君が幸せに生きるのを見ていたいって気持ちのほうが強いわ。私の勝利条件は、変わってしまったのかも」



「見てるだけでいいわけ? 正直、こんなキモイストーカーがいる時点で雷名くんを幸福から遠ざけてるんじゃないの? こんなのやめて、素直に向き合ったほうが健全だよ?」



「……う、そう言われても、一度習慣化してしまったことを矯正するのは中々難しい……それにロミィ、ククリ、ミリアあなた達を見ていると、どうしても過去を捨てられない。特にロミィ、あなたを見ているとね」



「はぁ? ワタシ?」



「私がもっと強かったら……あんたはもっと自由に生きられた。あんたが強かったから、頼りすぎた……無理してるのに、私が気づいていれば……」



「ちょ、ちょっといきなり意味わかんないことで泣かないでよ!」



「ごめん……意味分かんないよね。ここは、この生は夢みたいなものなのかも、人間として、自分の思うように生きてもいいのかも、だって、みんな……今まで頑張ってきたから、ちょっと夢を見て、休むぐらいいいよね? せめて、この人生が終わるまでぐらい」



 ナナミは人間として生まれて、初めて泣いた。ロミィのために泣いた。ロミィはナナミが泣く意味が分からなかったものの、その涙が自分のためであったことは分かった。ロミィにとってナナミは、ロミィのために泣く、唯一人の友人だった。ロミィはナナミを友人として、大好きだった。



お互い素直じゃない、それでも二人は心の奥底では互いを大切に思っていた。ナナミはロミィに対して甘かった、ククリを殺そうとしても、ナナミはそれを未然に防ぐだけで、裁くことはなかった。それは自分の力不足が原因で、ロミィに、永遠輪転に無理をさせた結果、狂気をはらませてしまったという負い目からからだった。



ロミィの凶行、その原因、責任は自分にある。ナナミは、ロミィが狂気の中にあっても、どうにか幸せに生きられないか、そう考えていた。そして、大きなバグを抱えた本体ではなく、本体から離れた分体が人の魂と融合したこの状態のロミィならば、この世界なら、彼女を幸福に導くことも可能である。ナナミはロミィと再会してから、そう思ってロミィに接してきた。



「人生が終わるねぇ……殺されて死ぬなら、雷名くんかナナミに殺されて死にたいなぁ」



「なんで殺される前提なのよ!」



「だって、殺されて死ぬ以外想像できないんだもん。まともな死に方とかできるわけないじゃん?」



「なんで、ぞんなごどいうのぉおお! うあああああん!」



 ナナミはまた泣いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る