第22話:許せって言われても




 え? ロミィが、永遠輪転が……地中に引きずり込まれた? な、なんで、一体誰が、僕は永遠輪転が引きずり込まれた先を見る。そこには四機の青の魔導鬼械と勝利先導がいた。四機の魔導鬼械は永遠輪転の四肢をがっちり抑え込み、固定している。まさか、不完全現実化を使って、地面自体を偽装して……ここに潜んでたっていうのか!?



『え? え? 何? 何が起きてるの? ナナミ、ナナミがやったの? あのクソ女、どこにいんのよ!? 隠れてんじゃねーよ!』



 何を言ってるんだ? 勝利先導なら、永遠輪転の眼の前にいるじゃないか! 何が起きてるんだ……



『何も見えないし聞こえない、あなたはヤクモ君のことしか見られないから。どんなに自分に危機が迫ろうと、神域の力を持とうと……ロミィ、あなたはヤクモ君から目を逸らせない。それは私が力を使うまでもないこと……それをさらに、後押ししたらどうなると思う? 思いを鼓舞して、集中させれば──ヤクモ君以外の全てを認識できなくなる』



『雷名くん、何が起きてるの? 雷名くんにはナナミが見えるの? た、助け──』



『ロミィ、あんたは”私が”救う、そう言った。終わりよ──不完全現実化ハーフマテリア・ミラージュ、儚い空虚な願いも、集い積もれば、風穴を開け、穿孔となる』



 空中に大量の武装が出現する。杭打機、パイルバンカーか……でもこれはダミーだ、武器としての能力なんて持たせられないはず。



『──収束せよ【闇穿つ皇のインペリアル・グローリー=エルピス】』



 ダミーのパイルバンカーが勝利先導の手に収束し、重なっていく。収束が終わると、ずっしりとした本物の重厚感を、パイルバンカーは放っていた。勝利先導は自身の半身ほどもある巨大な杭打機の先端を、永遠輪転の胸部に乗せる。胸部? え……胸部は、永遠輪転の、鎌霧さんのアニマ計算機構があるんだ。な、何やってんだよ!! アニマ計算機構が壊れたら、死んじゃうんだぞ? 待ってよ、嘘だろ? 委員長?



『──やめろおおおお!!』



『──ごめん……ロミィ、ヤクモ君──これは私がやらなきゃいけないことなの。せめて、最後は──二人だけの世界で』



 ──え?……み、見えない。委員長が、勝利先導が見えない。何もかもが見えない……もう永遠輪転も見えない、僕に見える唯一の存在、それは、僕と一緒に過ごしてきた、僕の大好きな子、人の形の……鎌霧ロミィだった。



『何も見えないね。雷名くんとワタシだけ……ナナミ、気を利かしてくれたんだね。馬鹿なやつ、最後が……雷名くんと一緒でよかった。ワタシを殺すのが、ナナミでよかった』



『最後……そ、そんなの嫌だ! 僕は君と──』



『きっと、これでよかった。ワタシ、壊れてたから……雷名くんを不幸にするところだった。雷名くん、ナナミを許してあげて。こいつ、馬鹿だから……素直になりな──』




 ──────。



 何かが響いたんだと思う。振動が、僕を通り抜けていった。僕の目の前に広がるのは夥しい量の飛び散った血液。分かってしまう……それが、何を意味するのか。



 鎌霧ロミィは──死んだ。委員長に、化影ナナミによって殺されたんだ。



『あ、あああ……許せ、許せだって? 鎌霧さん……難しいよ……! そんなの……』



 爆発音が響いた。もう、見えるし聞こえる、あの子以外のことが認識できる。紫の魔導鬼械が爆発したのか、君主である鎌霧さんがいなくなったから、敗北が決定して、紫陣営の全ての人が……今、死んだんだ。



『……そ、そんな……な、なんで、あの子が……』



『どうして、どうして鎌霧さんを殺した君が! 分からないんだ! 殺したくないのに殺したって言うのかッ!? なんでだっ……! そんなに泣くぐらいならなんで殺したッ……! お前が殺したんだぞ!』



 勝利先導の、化影ナナミの声は震えていた。弱々しくて、その声の裏には、涙がある気がした。



『だって……最後、私を見た。あの子……私と目が合った。そんなの、あるはずないのに……大事なことなんて、あの子にはヤクモ君しか、ないはずなのに……』



『……もう、遅いよ。鎌霧さんは、ロミィは死んだんだ。後悔したって遅いんだよ! 同盟を破棄する。化影ナナミ、僕はもう……君と一緒に戦えない』



『マイマスター! 待ってください! ナナミはマイマスターを守るために……仕方がなかったんですよ! それに、鎌霧ロミィは、ナナミを許してくれと言ってたじゃありませんか』



『フラウ、いいのよ。最初から、こうなることは分かってたから。私は最初から、ロミィを殺すつもりだった。仲間にするつもりはなかったし、私がロミィを殺して、ヤクモ君から拒絶されることも分かってた。分かってやったことだから……いいの。別に、私とヤクモ君、なんでもないし、何も変わらない……ああ、そうだ。もう仲間じゃないし、大事なククリを私達に任せたくないよね。ここに置いてくから、後よろしくね。さよなら』



 勝利先導は歩いて去っていった。その足取りは重く、心ここにあらず、そんな風に見えた。その後姿を見て、僕は自覚した。僕は彼女を傷つけたんだ。不本意だったんだろう、辛い選択だったんだろう、僕は分かっていたはずだけど、駄目だった。



あの時、僕は、彼女を許すなんてことはできなかった。鎌霧さんが望んだことだと、自分に言い聞かせようとしたけど、化影ナナミを殺さないように自分を抑えるので限界だった。僕は対話形態になったククリを英雄幻想に乗せて、レッド・スピードへと帰った。




◆◆◆




「そうか、ナナミがロミィを殺したんか。あいつら、謎に仲良かったし、辛かったやろうな。ヤクモ、ナナミを許せとは言わんけど、ナナミの選択、ウチは間違っとらんと思う」



「ミリア……それは、どうして?」



 レッド・スピードの要塞に帰還した僕達はククリの部屋で話し合いをしていた。



「ロミィはな、機体特性的に一番戦闘数が多いんよ。燃費いいからずっと戦い続けられるし、ダメージを受けてもすぐに回復できる。問題はそのダメージをすぐ回復できるってとこでな、破壊と修復を短期間に繰り返すと、アニマ計算機構に負荷がかかる。そんで、その負荷はバグの原因になる。ロミィの本体は、ずっと前から深刻なバグを抱えて、壊れとった。人造神が仕込むどうこうは関係ない、ヤクモがロミィを倒しても正気には戻せなかったってことや」



「そういうことだったんですね。それならナナミの選択にも納得がいきます。仲間にしたところで、ロミィはククリや他の君主の排除することをやめない。彼女は賢かったですし、仲間になったからと油断でもしたら、きっとわたし達はとんでもない被害を受けたことでしょう」



 ミリアとフラウの言うことは理解できる。あれから数日経って、僕もいくらか冷静さを取り戻した。冷静に考えれば、あの時の僕は正気じゃなかった。鎌霧さんの一緒に地獄に堕ちようという誘いに本気で乗ろうとしていた。といっても、無策だったわけじゃなく、僕なりに誰も傷つかずに済む方法を考えてはいた。



「化影ナナミを、勝利先導を倒す」



「おいヤクモ! 話聞いとったんか!? 殺された本人が許したれ言うとんのに復讐なんてお門違いもいいとこやで!?」



「そうよヤクモ! ナナミだって泣いてたんでしょ? ナナミはヤクモにロミィを殺させたくなかったのよ!」



 ククリとミリアからボコボコに怒られる。



「泣いてたから倒すんだ。みんなの予測が正しいなら、委員長は僕のために泣くほど大事だった友達を殺したってことになる。そんなのはおかしいよ……委員長が、自分のために鎌霧さんを殺したって言うんなら、僕は納得できたかもしれないけど。僕のためだというのなら、それは納得はできないよ。自分のために生きることもなく、僕が背負うかもしれなかった罪と悲しみを、彼女が代わりに背負ったんだとしたら。そんなの、悲しすぎる」



「……まぁ、せやな……あいつは勝手に背負いすぎや。まぁ、ウチら究極七曜のリーダーだったから、思うところがあるんやろ。けどヤクモ、ナナミを倒す言うてもどうすんの……? あいつ多分、ヤクモとは戦わんと思うで? 戦ったらヤクモの不利に繋がるからな、ヤクモを勝利に導くのが目的のナナミは、おそらくウチらに対して逃げに徹するはずや。正直ウチは逃げに徹するナナミを捉えられる気がせぇへん。あいつ計算も、心理戦も得意やし、逃げるのに向いたダミー生成能力も持っとる」



「まぁ、そこはどうにかする方法を考えるよ。けど、僕がみんなを生み出したマイスターの遺産、人造神を倒すための希望だからって、委員長は僕に執着し過ぎじゃない?」



「ん? まぁそれも理由の一つやろうけど、それだけじゃないやろ。そもそも集中の精霊概念が核だから元から執着しやすいってのもあるけど……あいつ、ナナミはヤクモのこと好きやで? それもめっちゃディープなストーカーや、ウチが言うのもなんやけど正直キモかった」



「えええ!? ミリア、それほんとなの!? ナナミが、ヤクモのストーカー?」



「えっ!? 委員長が僕のストーカー? そんな、でも全然そんな気しなかったよ?」



 ククリが驚愕する。僕も驚愕する。



「そんなの隠してるんやから当たり前やん。わざとそっけない態度して、ヤクモに興味がないように見せとっただけ、それに私はストーカーですなんて自分から言うわけないやろ」



「あぁ、そういうことだったんだ。ナナミ、よくヤクモのこと見てたもんね。ヤクモがナナミの方を向いてる時は見るのを止めて、ヤクモがナナミから目を離すとまたヤクモを見るのよ。ヤクモのことを警戒してるのかと思ってたけど、そうじゃなかったんだぁ」



 なんか、ガチっぽいな。ククリにすら思うところがあるってことは相当だ。でも納得だ、委員長が僕のストーカーで、僕のことが好きだったなら、僕のためにこう、尽くすというか、重たい感じの執着をするのも納得できる。正直、複雑な気持ちだけど……



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