第19話:隠された人殺し
「まさか、学校にこんな毒物を持ち込むなんてね……ククリを殺すだけじゃ済まなかったと思うけど」
ナナミがボールペンを分解し、インクとは別の液体が入ったチューブを目の前の人物に見せた。
「ナナミ、あんた!? すり替えた? いつの間に……」
ナナミに呼び出されたロミィの声が、中学校の校舎裏で響く。
「私は、やろうと思えばあんたが用意した毒を使って、逆にあんたを殺すことだってできたのよ? でも、そうしなかった。これは警告、そして提案よ。学校ではそういった過激な行いは控えてほしい。彼の学業に支障が出たら良くないでしょ?」
「はぁ? 学業に支障? 命の取り合いをしようって時に、そんなこと? あんた頭おかしいんじゃないの?」
「別に? 殺し合い自体は、私達にとって身近だったでしょう? 彼の周り、変な子がちょこちょこいるでしょ? ま、私含めてだけど……みんな、かつては仲間で、殺し合いの世界で生きていた」
「やっぱ、イカれ──」
「──本当に? 本当にそう思う? しっくり来たんじゃないの? あなたのここは、魂はどう感じた?」
ナナミがロミィの胸、心臓の部分に触れた。ロミィは現実味のない、虚言としか思えない言葉を真剣に口にするナナミを見て、リアリティを感じてしまった。誰も知り得なかったククリを毒殺するという計画、ナナミはロミィに気取られることなくこれを看破し、毒をすり替えることで惨劇を回避した。ただの中学生にできることとは思えなかった。なぜなら、ロミィも異常な中学生で、高い能力を持っていると自負していたからだ。
「ミリアもククリも確かに異常ね。そんな異常な人間が、同時期に、同じ場所で存在してる……ただの偶然、偶々で済ます方が違和感はあるかもね。いいわ、認めてあげる。あんたはワタシを殺せる、対等な人間だってね。お望み通り学校では大人しくする、でも良かったの? 学校外は止めなくて?」
「できればそうしたいけど、言うこと聞かないでしょ? だからあんたが妥協できる範囲でも十分よ。それだけで大分気が楽になるわ」
これが、ロミィが不登校から立ち直り、復帰した直後のことだった。この日、ロミィははっきりと、この世界にも自身と同等の存在がいることを自覚した。そして、対抗するためにさらなる力を求めた。ロミィは半グレ集団、紫虎衆の乗っ取り計画を本格的に進めることを決めた。
ロミィは今までも組織を乗っ取るため、静かに、慎重に事を進めてきたが、もうロミィに慎重に事を運ぶ考えなどない。ロミィは組織内の対立関係にある幹部たちを煽り、分断した。ロミィの派閥の者達があることないことを吹聴して周った。悪口を言っていただとか、パートナーに下心を向けているやつがいるだとか、仕事を奪おうとしてるとか、実際七割方は真実だったので、そうした火種はよく燃えた。
もちろん、組織の者達も次第にロミィがこうした分断工作を行い、他の幹部の弱体化を狙っているというのは理解した。しかし、気づいた頃にはすでに手遅れ、ロミィは他の幹部が弱体化した隙を狙って、複数の幹部を同時に失脚させた。取引の書類、データを偽装し、ミスを誘発させ、心労の隙間に女のアニマルズを使ってハニートラップを仕込んだ。ハニートラップで得た情報を元に弱みを握ったり、致命的なミスを誘導した。
「ほら馬鹿兎、ちゃんと仕事はできたの?」
「はいぃ、ロミィちゃんの言う通り、あいつの言ってたこと全部憶えてきたぴょん! 言ってる意味よく分かんなかったけどぉ……」
そして、失脚した者の代わりに、ロミィの派閥のものをねじ込む。ロミィのこうした行いに不満抱く者は多かったが、それ以上に金と力に靡く者が多かった。ロミィに従順であれば、金と力が手に入る。敵対すれば力を失い、死ぬことすらありえた。やがて、ロミィに対し明確な敵意を持つ派閥は一つだけとなる。それは紫虎衆のリーダー、その派閥だった。ロミィをこの地獄に引き込んだ張本人で、そのことを後悔していた。
「あのガキ……俺の、俺の作ったチームだぞ? なのにあいつら……簡単に靡きやがって……殺す、もうやるしかない。ロミィ、お前が悪いんだぞ? お前が俺を追い詰めるから」
リーダーは派閥の全ての力を使い、ロミィを襲撃する。彼らは身内を遠方の安全だと思われる場所に隠し、まずはロミィの護衛である夜堂を襲撃する。そして、その間に別働隊が本命のロミィを殺す。シンプルな計画だが、存外、上手くいった。追い詰められたリーダー派閥はこの襲撃が失敗すれば確実に死ぬことになる。
それ故に、彼らは平時の時よりも強く過激で、夜堂の予測を上回った。夜堂の待機する事務所が爆破され、炎上した。無人の爆発物を積んだトラックを事務所に突っ込ませたのだ。これによりロミィの護衛の要の殆どは死ぬか、戦えない状態に追い込まれた。夜堂も一命をとりとめたが、まともに動ける状態ではなかった。
今ロミィを守る戦力は、ロミィの自宅周辺に待機していた数人しかいない。リーダーと別働隊はその護衛を不意打ちで殺す。人混みに紛れ、ナイフを首や腹に差し込んだ。この時、数人は反撃し、別働隊の人数を減らした。沢山の死体が道路に転がって、周辺住民はパニック状態だった。通報によって警察がやってきても意味はない、なぜならリーダー達の狙いがたった一人の女子中学生であることなど知る由もないからだ。警察にできるのは事後処理だけ、ロミィが守られることはない。
「え? 大量殺人って……これ、本物なの? ここ、鎌霧さん家の近く……鎌霧さん大丈夫かな?」
夕方、薄暗くなった頃、ヤクモは封鎖された道路と、大量の死体を見た。ヤクモはこの死体を見てもまるでリアリティを感じなかった。死体を見るのも、事件という非日常を目の当たりにするのも初めてだったから。ヤクモはアニメショップでアニメ雑誌を買ってきた帰り、偶然これに遭遇した。ロミィの家に近いから不安だ、そんなシンプルな考えから唯一人、ロミィの危機を察していた。ヤクモは走った、ロミィの家へ。
「ロミィ、手間取らせやがって……けど、もう終わりだ。お前さえいなければ、あんな烏合の衆すぐに散り散りになって、俺達の脅威じゃなくなる。けけ、まぁでも……殺す前にヤっとくか、お前らも楽しみにしてたもんなぁ?」
「へへ、へへへ」
ロミィの自宅に下卑た笑い声が響く、ロミィはリーダーとその部下4人に囲まれていた。チェーンカッターとバールで破壊された玄関ドアが締まる。
「なに? ロリコン? キモ……」
「おいおい、俺はロリコンじゃないぜぇ? ただお前に思い知らせてやりてぇだけだ、俺が上で、お前が下だってことをなぁ! ま、他のやつらは実際ロリコンだけどな。モチベーションの高いヤツで固めたほうが仕事も捗る。おら、お前らご褒美だ、やっちまえよ」
四人の男たちの手がロミィへと伸びる。ロミィは衣服を強引に破かれ、腹を殴打され、手足を拘束される。しかし、そんな絶望的かと思える状況でもロミィの目はギラついていて、闘志が宿っていた。ロミィには切り札があったのだ。ロミィの部屋には警備システムがあり、ロミィがパスワードを口にすれば、屋内の各所に隠された銃がロミィとヤクモ以外を殺すようになっている。
といっても、銃の発砲となれば音が響く、いくらこのアパートの住人がすでにロミィ一人しかいないとしても、通報される可能性があった。通報されれば死体を処理する時間も足りず、警察がここへやってきて、ロミィの正体がバレる可能性が高かった。もしそうなったら、ロミィは生き残っても学校へは行けなくなるし、ヤクモとも気軽に会えなくなる。だから本当にギリギリになるまで決断できなかった。
「ヤクモくんだい──」
「──鎌霧さん!」
玄関のドアが大きな音を立てて開いた。そこにはヤクモがいた。
「なんだこのガキ?」
男たちはヤクモにすぐ反応し蹴り込んだ。ヤクモはドアと壁に叩きつけられる。ヤクモはそれでも前を向き、ロミィを探す。ロミィとヤクモの目が合う、そしてヤクモの視線はその周囲の状態を確認していく、破かれて露わになる色白なロミィの肌と押さえつけられた手足、ロミィを押さえつける男達のズボンの、股間部分は盛り上がっていた。
ヤクモがこの状況を完全に理解した時、場の空気が変わった。それは怒りで研ぎ澄まされた、圧倒的暴力の圧迫感、ロミィを囲む下衆共は、この少年から放たれた殺気に動揺し、全身から汗を流す。彼らが動揺しヤクモから一瞬目を離した、再び視線を戻しても、そこにヤクモはいなかった。
「──死ね」
男の一人の首が一周する。男の背後にはヤクモがいた。そしてヤクモはそのまま隣の男の脇腹に指を突き刺し、肋の一本を引き抜くと、穴の空いたそこに抜き取った肋を突き刺して、男の内蔵をグチャグチャにかき混ぜた。そしてヤクモはこの肋を再利用して、次の男の眼孔にこれを突き刺した。一度目で眼球をを潰し、二度目は脳にまで突き刺した。
「あ、ああああ!? な、なんだよこれえ!? こんな化け物がいるなんて聞いてない! 聞いてないよ会長!」
「ロミィはオレのものだ。誰にも渡さない、オレと、ずっと一緒だ」
夕暮れから夜へと移り変わり、月と街灯の光が、玄関ドアの隙間からヤクモを照らす。ヤクモの瞳はギラついていて、その中には殺意と怒り、そして闘争の輝きがあった。
「雷名くん、あ、あはは。そっかぁ、雷名くんもワタシ達と同じな部分があったんだ」
「何なんだよこれ……おい、ロミィ! 答え──」
「──口を閉じろゴミ」
ヤクモはリーダーと残り一人の男の頭をそれぞれ掴んで、ぶつけた。ぶつかった男達はその衝撃の後、はブロック状の大量の肉塊へと変貌した。血も飛び散ることはない、肉ブロックの断面は白く凍りついていたから。ありえない光景だった、ただ二人の人間の頭部を衝突させるだけでは起こり得ないことだった。まるで魔法、世界を廻す法則が、この場ではヤクモに従っているかのようだった。衝突時、その衝撃が対象の体温だけを外へ飛ばし、凍りついた。体内でブロックを作るように起きた凍結現象の後、ブロックの境界、隙間に熱が戻り、溶けることでブロックの接合部が断ち切られた。
「雷名くん、ずっと、ずっと、我慢してたんだね。人じゃない部分で、誰かを傷つけないために……それを、ワタシのために見せてくれた。ワタシは、人じゃない部分も、大好きだよ」
ロミィの言葉にヤクモは答えない。ただじっと、ロミィのことを見ていた。破れて露わになったロミィの柔肌を見て、己の内にある衝動が溢れそうになるのを抑えていた。
「──我慢しなくていいんだよ?」
ロミィにそう囁かれたヤクモは床に座り込むロミィの肩を掴んだ。
(──駄目だ! 抑えないと、傷つけてしまう! 止まれ! 止まるんだ!)
「っぐ!? ッ? オレ……ぼ、僕は……あれ?」
ヤクモの表情が普段のものへと戻る。そして状況を確認する。あたりは肉塊と死体だらけで、ヤクモは自分が彼らを殺そうと思って、実際にそうした記憶も朧気ながらにあった。しかし、ヤクモはその現実を受け入れられない、受け入れたくない。ロミィを守るためだったが、どう見てもやりすぎていた、殺すことを楽しんでいたのが分かる殺し方だった。
雷名ヤクモには一般的な感性と、残酷な闘争を望む感性、二つの価値観が存在していた。昔、ククリを馬鹿にしたガキ大将をヤクモが殴った時、ガキ大将を殺そうという考えが過った。ヤクモはその恐ろしい発想に、自分自身恐怖し、それからその衝動の抑制に努めてきた。
ガキ大将に本物の殺意を抱いてしまったことがトラウマで、それはヤクモが人社会で生活するためのストッパーとして役立った。二重人格ではなく、ただ抑え込んでいただけの本性、ヤクモは今までもずっと、本心から敵対者の殺害と闘争を望んでいた。そんな感情から目を逸らすため、ヤクモには現実逃避が必要だった。そして、その現実逃避にはロミィが必要だった。人であることを望むが故に、最後の砦を守るために、今までずっと抑え込んでいた心の中の化け物、獣性を解放した。
しかし、獣性が本心だとしても普段ヤクモが見せる優しさや、慈愛の心もまた本心で、それは獣性を止めるだけの力があった。衝動に身を任せ、ロミィの身体を貪ることがあれば、その攻撃性はロミィを傷つけかねなかった。だからヤクモは全力で自身の衝動を抑え込む、ロミィのことが大事だったから。
「あ、ああ……僕はなんてことを……で、でも良かった。鎌霧さんが無事で……」
ヤクモは泣いていた、しかし人を殺してしまった現実を受け入れようとしていた。ロミィを守ることに後悔はなかったから。けれど、そんなヤクモの顔を見て、ロミィはヤクモを哀れんだ。このままヤクモが人を殺した現実を受け入れてしまえば、ロミィはヤクモと二人だけ、闇の世界で暮らすこともできたはずだった。しかし、そうはしない、ロミィはヤクモから笑顔を奪いたくなかった。
「夢だよ、全部夢。雷名くんはワタシのために人を殺してなんかいないし、今日はワタシの家にも来なかった」
「え?」
「今日のことは全部夢、何もなかった。明日も学校で、いつもみたいに、あなたは笑うことができる。だから大丈夫、今日のことは……忘れていいんだよ?」
「あ、ああ……夢、そうか、夢だよね。起きたら、全部……いつも通りなんだ」
「よしよし」
ロミィは放心状態のヤクモを抱き寄せ、膝にヤクモの頭を乗せて、その頭を撫でた。ヤクモは、徐々に落ち着きを取り戻し、やがて眠った。目覚めた後、ヤクモはこの日のことを全て忘れていた。ただそこに感情は残った、それは鎌霧ロミィに対しての強い気持ち、大切に思う気持ちだった。ロミィは生き残った部下を使い、ヤクモが作った肉塊を処分した。あの日、あの部屋であったことを知っているのはロミィだけとなった。
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