第15話:僕という存在




 鎌霧さんと会った休戦日から三日、鎌霧さんに動きはない。けど、委員長の話では、鎌霧さんも僕たちと戦うための準備をしているはずだと言う。もちろんこちらも鎌霧さんへの対策、準備を行っている。委員長は指揮系統がしっかりと整理されていない、元ククリの配下の兵達をまとめ、とりあえず滞りがない程度にはできたらしい。



ククリの配下だった兵とミリアの配下だった兵は実力差があり、実力が上回るミリアの配下だった者達は、ククリの配下だった者達を下に見て、それが原因でちょっとした喧嘩が絶えない。彼らは君主の配下だったわけだけど、別に従順でもないし、忠誠心だってない。ククリやミリアに注意されても小娘の言う事をなぜ聞かなければいけないのかと逆上するだけ。



なので、元軍人の屈強な男たちで構成される委員長の配下が、彼らを仲裁する役となった。本当は戦闘経験も強さも、超魔導鬼械達の方が上だけど、やっぱり人間は単純で、見た目のわかりやすさが重要だった。強面のマッチョが圧力をかけるとあっさり従うものばかりだった。そんな集団の中での僕の立ち位置は、肩身の狭いものだった。このラブデスゲームの原因扱いで、複数の美少女に手を出す最低野郎、リーダーシップのない雑魚もやし、大体そんな感じだ。



と言ってもこれは男の人からの認識で、女の人からはメンヘラに狙われる不憫な男の子だとか、見た目は可愛いけど中身はとんでもないのかもとか、相手の女の子を一人に選べないのは最低だとか、そんな感じだ。



結局、どちらからも問題のある存在として見られていた。まぁ、否定はできない……最近の僕は、僕自身を信用できないから……自分の中に未知の何かがあると思うだけで、不安は大きくなって、体が重苦しくなる。



「ヤクモ君、浮かない顔ね。自分が何者なのか、分からないから?」



「委員長、うん……実はそうなんだ。流石に僕だって変だと思うよ。七人の君主は全員、巨大ロボットで、僕の知り合いで、僕がこの世界に来たら、僕をマイマスターって呼ぶ巨大ロボットになれる女の子がいたんだ。偶然なんてありえない、なるべくしてなった必然、運命があった。そう考えるほうが自然だよ」



 気晴らしにレッド・スピード領の格納庫にある量産機の魔導鬼械を眺めていると、委員長に話かけられた。



「そう……話して混乱すると良くないと思って、黙っていたけれど……悩んで落ち込んでしまうくらいなら、もう話したほうがよさそうね。ヤクモ君が何者なのかを……ヤクモ君、あなたは──戦うために生まれた。英雄幻想ヒロイック・ファンタジーを動かすために生み出された、生体ユニットよ。だから、あなたじゃないと英雄幻想は動かせない」



「やっぱ、そうだったんだ。それがどうして、僕は、あの世界に……地球に生まれたんだろう? 僕が地球に生まれちゃったから……こんなことになっちゃったのかな? なんの関係もない、罪のない……紫猫町の人たちを巻き込んでしまった。みんな怒ってる、勝手に、人造神によって異世界へ連れ去られて、殺し合いをさせられて……僕に怒るのも、憎むのも……そんなの、当たり前だ」



「ヤクモ君、あなたは何も悪くないわ。悪いのは人造神と、私だから……私が、愚か者だったから……こんなことになってしまったの──」




◆◆◆




「戦いはいつまで続くんだろうね? ……セブン、君に言わなきゃいけないことが、あったんだった」



 巨大な格納庫で、痩せこけたメガネの男が、セブン、勝利先導へと語りかける。人造神の復活させた魔獣との戦闘から帰還し、機体性能の微調整がセブンに施されている時のことだった。



「えほえほっ……まぁ、見ての通り……僕は長くない。きっと戦いは、この先もずっと続くのに……君達のことを見守り続けることができないなんて……最悪だ」



『オールパレード様、あまり無理をなされないでください。あなたが死ねば、私達の勝率は著しく低下することになる』



 それはただのリスク管理なのか、心配だったのか、この時の勝利先導には、それを判別するだけの自我は存在しなかった。しかし、そんな勝利先導のよく響く巨大兵器の声に、オールパレードは咳き込み、血を吐きながら喜んだ。この時、勝利先導は困惑するという感情を初めて実感した。



「死ぬのはどうしようもないことだ。本当は、勝利を司る君に、こんなこと言いたくないんだけど……このままでは、僕等は負ける。だから、僕は希望を繋ごうと思う。英雄幻想ヒロイック・ファンタジー=フラウレス・ゼロを、完成させる」



『フラウレス・ゼロ……原初の超魔導鬼械オルゼミア、私達よりも前に開発された未完成の旧型機……今更旧型機を完成させた所で状況は変わるのでしょうか?』



「ああ~実はね。君達、希望の手エルピス・ハンズの十機が完成してから、ずっとフラウレス・ゼロの調整をしてたんだ。だからアーキタイプが出来たのは最初期だけど、今のフラウレス・ゼロは開発後期の機体に近い、最新型機と言っても過言ではないんだ。でも、結局まだ未完成だ。どうしても妥協できない最後のピースが足りなくて、フラウレス・ゼロは完成しない」



『妥協できない最後のピースとは、いったいなんなのですか?』



「アニマ・アンプリファイアーさ。皮肉なことに、完璧を目指すには、常に上を目指す未完成さが必要なんだ。魂の力を成長させる、混沌の力……人間の力がね。しかし、君も知っての通り、ただの人間ではその役を全うすることは難しい。だから、僕はその原石となる魂を探して、アニマ・アンプリファイアーに改造する。戦うための魂を宿した人間を生み出し、フラウレス・ゼロを完成させる」



『倫理的に問題がありますが……私達に手段を選んでいる余裕はありませんからね。その判断を支持します』



「魂を探すなら魂の世界に行かなきゃいけないだろ? だからちょうど良かったんだ、僕がこの先長くないっていうのも、魂を探索し改造するためにはね。実はすでに僕の魂を改造してあるんだ。魂だけになっても自我を保ち、自由に行動し、他の魂に干渉できるようにね。ただ……代償として、僕の魂は時が経てば消滅する。生まれ変わることもない……せめて生まれ変われたら、君達をまた見ることもできたのにね。僕は旅に出る、僕は帰らない。だけど僕が繋ぐ希望は、いつか必ず、この世界に帰ってくる。セブン、君にマーカーを渡す。それで僕の魂の痕跡が追える。君が、希望を導くんだ! 君が、連れてくるんだ。彼を!」



 それから程なくして、次元間移動装置という名の、扉の形をした自殺装置に、オールパレードは飛びこんだ。黄金の炎に焼かれ、肉体は一瞬で消滅し、その魂だけが世界の壁を超えた。十機の超魔導鬼械、希望の手エルピス・ハンズを生み出したマイスター、オールパレードは死んだ。寿命にまだ余裕はあったのに、はやく原石の魂を探したいと、好奇心を抑えられず、予定よりも早めに死んでしまった。笑顔で、未知を求めて……





『弱い、弱いなぁ~、それじゃあちし達も飽きちゃって、この世界終わらせちゃうよ? まぁでも、負けはお前たちもとっくに自覚してるよね? そうなっても納得できちゃうか』



『──てない、負けてない! あたし達は負けてない! マイスターがいれば、まだ勝てる!』



 機体フレームをボロボロに破損させた触否定速が、人造神アルトゥアスに向かって叫んだ。この日、人造神は魔獣に聖王都、世界で最後の都市を襲わせ、滅ぼした。戦いの中で十機から七機と数を減らした超魔導鬼械達は、今では究極七曜アルティメットセブンスと呼ばれている。



人造神は圧倒的な力を持つはずだが、自分の力で世界を滅ぼそうとはしなかった。魔獣を使い、それを操ることで滅ぼした。人造神は魔獣が超魔導鬼械に敗北する度に、改良、改善した魔獣を生み出した。この戦争は人造神の戯れだった。戦争末期、魔獣の基本性能はすでに超魔導鬼械を超えていた。かつては超魔導鬼械より明確に格下だった魔獣、時が流れて、超魔導鬼械にとって魔獣との戦いは格上を倒すための戦いへと変化していった。



『マイスターって死んだんでしょ~? あ~可哀想に、現実を受け入れられなくて、おかしくなっちゃったんだ。でも、本当にいたら勝ってくれるのかなぁ?』



『──勝てる。私達に、勝利の可能性が残されているとすれば、それはマイスター、オールパレードの遺産。人造神、私達を見逃せ、しばらく待ってくれたなら、私達が希望を持って、お前達を倒してやる。楽しませてやる。そう言ってるのよ』



『へぇ、勝利先導がそんなことを言うなんてねぇ……ふーん、面白いじゃん。じゃあ待っててあげる、探してくれば? そのマイスターの遺産とやらをさ』



『アルトゥちゃん! 時間を稼ぐ嘘かもしれないよ? 稼いだ時間で、世界との盛大なお別れ会をしたいだけかも? もしそうだったら、イライラしちゃうよ?』



『いや、エルトゥエラ……それはない。一応あいつが嘘をついてるか見ていた。だが、嘘はついていない、勝利先導は諦めていない。僅かにだが、勝利の確率を見出している。普通ならば、こんな極小の低確率、諦めて然るべきだが……一応、本気で足掻く気なのは間違いない。ボク達も賭けてみようじゃないか、勝利先導の希望に』



『うし! イルトゥもこう言ってることだし! そういうことで! できるだけ急いでね~? まぁ待つぐらい、いくらでもできるけど、眠るのあんまし好きじゃないから』



 勝利先導の望み通り、人造神はこの世界を、パープルアイズを完全に滅ぼすのを一時中断し、眠りについた。しかし人造神が眠っても、低級の魔獣は暴れ続けた。世界は完全に滅ばなくとも、復興することはなかった。



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