第14話:絶望の隣に
「おい、また来てるぞ……いい加減うざったいから学校いけよ、ロミィ」
鎌霧ロミィは中学一年生の時、不登校になった。夏休みが終わって、彼女は学校に戻らなかった。それからロミィを学校に連れ出すための人間が送り込まれるようになった。
「はぁ、また刺客か……行くわけないのにさ。それと、偉そうにすんのやめてくれる? 借金増やすしか取り柄のないカスの分際で、ワタシに命令すんなよ」
ロミィは学校に連れ出しに来る教師や生徒を刺客と呼んでいた。明確に敵と認識していた。しかし、引きこもっている家の中も、彼女の敵しかいなかった。甘やかされて育った何も出来ない成金の、顔だけはいい娘と、遊び人のヒモ男が駆け落ちした結果生まれたのが鎌霧ロミィという人間だった。
駆け落ち故に母の実家を頼ることはできず、努力という概念を知る者は、周囲の大人に誰一人として存在しないから、改善する兆しも全くない。ワガママで責任感もない、能力もない、性格もゴミ、家庭環境は最悪だった。しかし、幸いなことにロミィは頭が良かった。母親は甘やかされて育ったが故に無能だっただけで、遺伝子自体は優秀で、傍から見れば隔世遺伝だとか言われていた、優秀な祖父の血だと。
ロミィは貧困から塾に通わせて貰えなかったが、特に勉強することもなく、常に学校の成績はトップだった。だから天才、神童と言われた。実際、ロミィも周りの大人達が馬鹿ばかりだったので、そうかもと思ったし、大人達を見下していた。
「ロミィ? パパになんてこと言うの? それに、金さえ稼げばいいってもんじゃないのよ? 世間体だってあるのよ。不登校の娘がいる家って、そんな風に見られるの嫌だわ」
「──黙れよ! ワタシがいなくたって、この家の評判なんてゴミだろ! 責任転換してんじゃねーよ! もう、出てけよ。いや、言っても無駄か……ワタシが追い出しゃいいんだ」
「は? あんた、何言ってるの?」
軽はずみな母親の発言にロミィは激昂し、憎悪を爆発させた。ロミィは、父親と母親が仕事先で横領や盗みをしていたことを知っていたので、警察に通報した。証拠も集めていたので二人はスムーズに逮捕され、牢屋に入った。ロミィは一人になった。
だけど、両親がいた時よりも、いなくなった後の方が、ロミィにはずっとずっと生きやすかった。習い事もなく、同級生の親達からも避けられていたから、友達もいなかった。孤独が常で慣れていたから、孤独はなんの負担にもならなかった。
「まぁ今月はこんなもんか……」
薄暗い自室のPCに映るアガリをロミィは確認する。ロミィは紫猫町周辺の違法賭博を仕切る半グレ集団「
賢いロミィはすぐに自身のその異常性に気づいた。自身の異能に気づいたロミィは全額投資をして増やした資産をまた全額投資、そのまま一生暮らせるだけの金を稼げると直感する。しかし、ロミィは目立ちすぎることを嫌った。儲けすぎて、証券取引の監視委員会に目をつけられると面倒だと思ったのだ。借金返済分と、数年暮らせる程度で一度区切りとした。
しかし、ロミィの父親に金を貸した紫虎衆は、父親が借金をきっちり返せたことを不審に思った。元々返せるわけがないと、娘を売らせるのが目的で貸したからだ。父親は少し脅されただけで、ロミィが金を稼いだことを白状した。それからロミィは半グレ集団に金を回す才能を見出された。幹部、ということになっていたが、実際には脅しによって、協力せざるをえなかったのが実情だが。
「あぁ、ロミィちゃん。ロミィちゃんが潰してくれた運送業者の社長さん、無理心中で家燃やしてさぁ、家族ごとみんな死んじゃったって」
「は……? 何いってんの?」
「いや、凄いなぁ。せいぜい社長さんが自殺するぐらいだと思ってたのに、家族ごとだもんなぁ……俺らじゃあ、ここまではできなかった。ロミィちゃん張り切りすぎて、加減間違えちゃったね?」
「何いってんの!? お前らがやれって! やったらもう、関わらなくていいって……言ったじゃん! もう、ワタシはもう関係ない! 関係ない……」
「まぁやれって言ったのは確かに俺らだよ? でも殺した責任はさ、ロミィちゃんのだよ。俺らが人を殺した責任なんて取ると思う? だーれも責任取らないよ? だからさ、殺した責任て、やっぱ殺したやつの責任なんじゃない? まぁいいじゃん、ロミィちゃんどうせまともに生きていけないんだから、こっち側で生きるって、覚悟決めたほうが楽しく生きられると思うよ?」
自由になるため、最後の仕事にするつもりだった。しかし、それは罪なき人の幸福を奪い、死に追いやった。紫虎衆のリーダーの言う通り、ロミィが関わらなければ、ここまでのことは起きなかった。だからこそ、ロミィは強く自覚してしまった。一つの家族、7人の人間を、自分の手で殺してしまったと。
そこから、ロミィは諦めた。まともな幸福も、日常も、人間性を保つことも。学校に行かず、PC越しに部下へと指示を出して、現実逃避のためにアニメやゲームを消費する日々を送った、ロミィはその生活にすぐ慣れた、自分のこともどうでもいいと思えてしまったから。けれど、そんな絶望だけの日常は唐突に終わった。
「えっと、ここでいいんだよね? 鎌霧さーん! いるー? あれ? いないのかな? あ! そっか、僕のこと知らないもんな。僕も鎌霧さんのこと知らないし……僕は雷名ヤクモ! 鎌霧さんと同じクラスなんだ」
(なんだよこいつ……変なやつだ、絶対……)
「先生に鎌霧さんを説得して、学校に連れてこいって言われたんだ。ん? でもやっぱ、物音するよな? も、もしかして……」
(しつこいなぁ、みんなまともに説得しようとせずに帰るのに……)
ロミィが苛つきながら、あいつ早く帰らないかなと玄関のドアを睨みつけていると、ドアと床の隙間から紙切れが入ってきた。
(もしかして話すの苦手? じゃあ筆談ならどうかな? っく、ぷ、くく……こいつ馬鹿じゃないの? 天然?)
「あれ? 今笑い声が聞こえた? じゃあ、メモを見てくれたってことだよね?」
ロミィはため息をつく、このままこの天然を放置すると、長い戦いになりそうだと思った。
(直接キツく言って追い返した方がよさそう。全く……)
ロミィは玄関のドアを開ける。ロミィは引きこもってはいるが、人見知りではないし、修羅場を潜ってきたので、人を罵倒するのもされるのも慣れている。中学生男子程度、追い返すのは楽勝だと思ってドアを開けた。
「──あのさぁ、いいか──へ?」
「え? えええええええ!?」
(なんなのこいつ……駄目だ、まともにこいつの顔見られない……か、かかかか、かわいい……え? え? なにこれ……でも、この子も驚いたってことは、もしかしたらこの子もワタシと同じことを……? え? え? そんなことある?)
「あ、あああ、あれは! 機動王シグルスの限定版プラモ……なんでこんなものが、こんな可愛い女の子の部屋に!? ま、待て、落ち着くんだ僕……そう言えば聞いたことがあるぞ、彼氏の趣味に合わせた結果、ちょっと手を出したら、彼氏よりもガチハマりしてしまった……そんなプラモ女子が存在すると、ネットの都市伝説で聞いたことがある……まさか、そうなのかい!?」
「いや、違うけど……彼氏とかできたことないし……これは単にワタシが好きなだけ。ちょっと気分が悪いなぁ、イケメンキャラ目的にシグルス見て、ロボに興味のない、他の木っ端共と同じような扱いされたらさぁ?」
「やれやれ、困るよ。他の女子より詳しいからって、自分がシグルスオタクの深層に潜ってるって勘違いするやつも多いんだ……いや、でもそれはないか……あのプラモ、遠目からでもかなり作り込んであるのが分かる。ねぇ、もっと近くで見せてもらってもいい?」
「う、うん……」
(家に入れてしまった……まぁでもいいか。分かってるヤツっぽいし)
「す、凄い……これって、5話の戦闘中を再現したんでしょ? はは! そうそう、あのビームのダメージ、やたら焦げてたよね! 他のダメージ部分とは違う塗料を使って、ポーズが若干原作と異なるのは、このビームの焦げを目立たせるためか。アニメの枚数がもっと多かったら、このポーズもあったかもしれない……凄い、生きているんだ。鎌霧さんの心の中で動いたシグルスの躍動感が、そのまま表現されているんだね? すいませんでしたぁ! 僕如きではまるで及ばない領域の君を! 僕は侮ってしまった!」
(わ、分かればいいのよ! ふ、ふふ)
「なんだっけ? 雷名くんだっけ? あなたのことは認めてあげるけど、ワタシは学校には行くつもりないよ」
「だよね! 大体さ、そんなに鎌霧さんを学校に連れてきたいなら、先生が説得すればいいんだ。でも先生、なんかやる気ない感じでさ、僕も納得いかなかったんだ」
「まぁ、しょうがないよ……ワタシ、先生に酷いこと言っちゃったし」
「そうなの?」
「うん、学校いかないとまともな大人になれないとか言われて、イラっとしちゃって……先生が数十年掛けて稼ぐ金をワタシは一瞬で稼げますけど、立派な大人なら、そんなワタシの稼ぐお金よりも価値の在る言葉が吐けるんでしょうね? って言ったら泣いちゃった。多分、元々追い詰められてた所に、ワタシが最後のひと押しをしちゃったんだと思う」
(最低だよねホント……まぁ、これでこの子と、雷名くんと会うこともないか)
「う、うわぁ……それはキツイね……鎌霧さんクソガキだ……でも、鎌霧さん沢山お金稼げるんだ。僕より全然大人だ……それと、君が怒ることを言った先生だって悪いし、鎌霧さんも悪いことをしたって自覚があるなら、君が思うよりも、君は悪くないと思う。僕さ、小学校の時、仲間はずれにされてたんだけど、それが良くないことだって分からない子も沢山いた。子供どころか大人でもそんな人が沢山だった」
「いじめられてたの? ら、雷名くん人当たりよさそうだし、友達いそうなのに」
「いじめってほどじゃないよ。それに、自分で選んだことだし。一人だけ大事な友だちがいてさ、その子と一緒にいたから全然余裕だった。一人いるだけで、全然違うんだ。ねぇ、鎌霧さん、またここへ、機動王シグルドとか、アニメの話をしに来てもいいかな? 学校、分かる子全然いなくて……」
「わ、ワタシ、学校いかないよ?」
「いいよ、そんなこと」
(そんな……こと? 本気で言ってるの? でも、嘘を言ってるように見えない。反発するのがカッコイイとか思ってるようにも見えない……変な子……)
「プラモデル完成品をオークションで売る仕事で忙しいんでしょ? そっちの方が重要だよ」
(えっ? プロモデラーだと思われてる? どう見ても、そこまでのクオリティないけど……でも、悪い気はしないな)
「……いいよ。うちに、話をしに来ても……」
それから毎日のように、雷名ヤクモは鎌霧ロミィに会いに来た。ヤクモはロミィを否定しなかった、ロミィもヤクモを否定しなかった。互いに何かを抱えていることを察しながらも、お互い詮索することはなかった。オタク話に花を咲かせ、一緒に現実逃避をする。そんな二人の空間があった。
ロミィがヤクモに依存するのに時間はかからなかった。そしてヤクモも、自覚のないままに、ロミィに依存していった。ヤクモは自分が思っているよりも、心が丈夫ではなかった。ククリさえいれば良い、寂しくないと自分に言い聞かせて、耐えてきただけ、半分本心で、半分強がりだった。
「学校行く。学校行ったら……雷名くんと、も、もっと話せるし」
鎌霧ロミィは中学三年になって、また学校へ通い始めた。雷名ヤクモと一緒にいる時間を増やしたいから。ヤクモのことが好きなことを自覚したロミィは、あることが気になるようになっていた。初めてヤクモと出会った時、ヤクモが言っていた大事な友だち、ロミィがヤクモを好きになっていくほどに、その大事な友だちへの強い嫉妬心が芽生えた。
敵情視察、それがロミィが学校へ行くもう一つの理由だった。ロミィにはこの嫉妬心をどうすることもできなかった。ロミィにとってヤクモは、世界で唯一の、人との繋がりで、大切だと心から言える人間だった。ロミィの持つ感情の全て、その中心はヤクモだった。
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