第4話:ずっと思ってたことだけど




 僕とククリは物心つく前からの、気づけば常に一緒にいた幼馴染。そんな関係性、物静かで、ちょっと浮いていた僕は、幼稚園では友達がほとんどいなかった。ククリは僕以外の友達だっているのに、僕と一緒にいてくれた。



 幼稚園も、小学校も、ククリは運動では常にトップだった。女子も男子も、歳だって関係ない、誰も運動でククリに勝てなかった。走るのも、球技も、泳ぐのも、何もかも、あまりに凄すぎて、みんなククリのことを、ズルいと思うぐらいに。そりゃそうだ、みんな必死で習い事までやってたスポーツで、ククリはそれを軽々と超えていってしまうんだから、気持ちは分かる。



今思えば、ククリの存在があったから、圧倒的な才能を持つ存在があったから、僕とククリと同じ小学校の同級生は、スポーツ選手が将来の夢な子が殆どいなかったんだと思う。1、2年生の頃は結構いたけど、4年生、5年生と成長していく度、その夢を持つ子達は消えていった。



同級生に運動の才能がなかったわけじゃない、むしろ才能のある子はいた。きっと、本当にスポーツ選手になれた子だっていた。子供の世界に紛れ込んだ、理不尽な才能。小学生の子供達は、そんな現実に耐えられない。



 ククリは、孤立した。ククリはずっと変わらず明るく、いい子だったけど、みんなに避けられていった。クラスの中心的な子が、ククリを仲間外れにするようになって、元はククリと仲の良かった子まで、ククリを避けるようになった。



「ククリちゃんと一緒に遊ぶと楽しくない」



 そんな同級生の言葉に、ククリは深く傷ついた。僕は、ククリになんて言えばいいのか、分からなかった。同級生達がククリと一緒に遊んでも楽しくないのは、本当のことだったから。本当のことだけど、僕は間違ってると思った。でもやっぱり、ククリになんて言えばいいのかが分からなかった。



 寂しそうな顔のククリを放っておけなかった僕は、ずっと、ククリと一緒にいた。ククリにどんな言葉をかけたらいいのか、分からなかったけど。それでも側にはいようと思った。僕が寂しかった時、ククリが一緒にいてくれたように、僕もそうした。



「おいヤクモ、ククリと一緒にいるのやめろよ。お前も、仲間はずれにされたいのかよ?」



 ある日、ガキ大将の男の子にそんなことを言われた。その時、僕は初めて、強い怒りの感情を抱いた。



「仲間はずれにしたいなら、すればいいよ! 僕は、ククリと一緒にいる! 君達といるより! ずっと楽しいよ!!」



「ヤクモ……いいよ。あたしと一緒になんか、いなくても……」



 ククリは、一人でいいって言った。僕が仲間外れになるぐらいなら、一人でいいって──泣いていた。その顔を見て、僕はもう、ほとんど限界だった。



「ヤクモの癖に生意気だぞ!! わかったぞ! お前、頭いいから、馬鹿なククリを本当は笑ってんだ──」



「──ククリは馬鹿じゃない!!」



 僕はその日、初めて人を殴った。ガキ大将は、大人しかった僕に殴られたことに驚いて、ぽかんとしていた。しばらくして、痛みがやってきたのか、ガキ大将は泣いた。



「カミナリイレブンの技! ククリが真似したの見たことあるでしょ? あんな動き、馬鹿じゃできないよ! サッカーでも、野球でも、なんでも、ククリは僕だったら思いつかない動きを、自然に、簡単にやっちゃうんだ! 運動だったら、僕よりもククリの方がずっとずっと賢いんだ!!」



 カミナリイレブン、子供向けのサッカーアニメ、派手で現実に再現するのは難しい動きのアクションがかっこよかった。ククリは現実でそれを再現できた、もちろん派手なエフェクトは出ないけど。サッカーアニメだけじゃない、戦隊モノとかロボットモノとか、テレビで見たいろんなカッコイイアクションを、ククリは真似して、再現できた。僕にいつも見せてくれた。僕を笑顔にしてくれた。



「な、何いってんだよヤクモ……運動は運動だろ! 賢さなんて関係ないだろ!」



「う、うううう! 関係あるもん! ククリは馬鹿じゃないもん! ただ、凄いだけなんだ! ククリは悪くない!!」



 自分の考えをうまくまとめられなくて、僕は泣いて、その場から逃げた。言いたいこと、一方的に言って、逃げ出した。納得がいかなかった、自分の中の考えをうまく伝えられなかったことに……ククリが悪くないってことを、ちゃんと伝えられなかったことに。



 学校、まだ授業があったけど、僕は抜け出してしまった。河川敷のベンチで、僕は体育座りで、その日あったことを、ずっと考えていた。そうしていたら──



「ヤクモ、ありがとう」



 いつの間にか隣にはククリがいた。いつも一緒にいたから、僕の居場所は、ククリにもすぐわかったらしい。ほらみろ、ククリは僕のことだってすぐに見つけられる。ククリは馬鹿なんかじゃない、僕はそう思った。



「あたし、友達いらない。ヤクモが一緒にいてくれるなら。それでいい」



「で、でも!!」



「ずっと嫌だと思ってたけど、もうどうでもよくなっちゃった。ヤクモが、みんなと一緒にいるより、あたしと一緒にいたほうが楽しいって──ヤクモが言った。それってあたしもそうだもん! だから、いいの。ヤクモ、あたしとずっと、一緒にいてくれる?」



「うん!」



 即答だった。もうそこから、僕たちは小学校で二人だけだった。二人ぼっち、友達は全滅した。でも楽しかった。僕とククリの両親も、そんな僕たちを心配したけれど。僕たちに暗さはなかった。



 ただ、あの日から。ククリは事あるごとに──



「ヤクモ! 結婚しよ!」



 ──やたらと僕に求婚するようになった。結婚というものが、あの頃は僕もククリもよく分からなかったけど。僕もククリもお互いが、特別で、大事な友達だった。




◆◆◆




 ククリはアニメの技を再現できた。それが今、彼女は巨大ロボットになって、ファンタジーの力を持って、僕の目の前に存在する。



 だから現実に、100%の再現ができる。小さな頃から知っていた。圧倒的な才能は、僕にとって大きな、大きな壁だった。



「──紅蓮竜巻脚スカーレット・トルネード!!」



 いつか見た、少年向けバトルアニメの技が、本物として、殺意を持って、僕達に襲いかかってきた。



 紅蓮竜巻脚スカーレット・トルネード、ククリが脚部を大きく振り抜いて生み出した、赤い竜巻。反発と衝撃の力を使って生み出されたそれは、僕達を、フラウレス・ゼロを吹き飛ばした。



「か、かなり飛ばされた……ていうか、飛びすぎっ……!?」



 ククリの支配地域【レッド・スピード】は広い、だから全域に建物があるわけじゃない。僕たちは建物の全くない、さっきいた要塞から遠く離れた荒野まで吹き飛ばされた。いったい何キロ吹き飛ばされた?



『約120kmほど吹き飛ばされました。反発の力を活用しなければありえない距離です。本来ならば、あのエネルギー量ではせいぜい20mが限界のはずですが……』



「わ! ありがとう。そうか……イメージを伝えられるってことは……言葉に出さなくても思考自体が繋がってるから……」



『すみません。不都合があったでしょうか?』



「いや、いいよ! 戦闘中なんだ、そんなこと言ってられない」



『──マイマスター! 来ます! 距離を取られてしまいましたから──』



「──超威力殴打が来る!! それも120kmの助走をつけた、最初に受けたのと比べ物にならないやつがっ!!」



 シート内にはレーダーもあったけど、今は破壊されてるから。多分確認はできな──あれ?



「──装甲が修復されてる?」



超魔導鬼械オルゼミアは基本的に強力な自己修復機能が備わっています。ですが、自己修復には多くの魔力を必要とするため、一部機能がリソース不足でフルスペックが出せなくなります』



「ダメージを受けると、回復するまで弱体化するってことか! でも、これでレーダーも──」



 と言おうとした瞬間。脳内にレーダーや周囲の地形データが脳内に流れ込んできた。



「はは! これがあるんじゃ、このレーダーはただのおしゃれだね」



 脳内レーダーによると、ククリはすぐに来る。とんでもないスピードでやってくる。どんどん加速しているから、最終的にどこまで加速するのか分からない。だけど……



『おそらく、このままでは回避は不可能です。紅蓮竜巻脚の影響がそろそろ切れるので、わたしも通常の飛行が可能となりますが、そのタイミングで彼女は来ます。あれはわたし達を吹き飛ばしただけでなく、空中で拘束するためでもあったようです』



 拘束技からの超威力必殺。多分……本当に必殺の威力がある……それをどうにかするには多分……特別な力が必要だ。この英雄幻想ヒロイック・ファンタジーが、フラウレス・ゼロが触否定速ククリと同じ超魔導鬼械オルゼミアだと言うのなら。あるはずだ、きっと特別な、魔法みたいな力が。



『わたしにある特別な力、それは──そんなっ!? 嘘、こんな加速──』



 レーダーがおかしくなった。ありえない加速が起こった。もう、ほとんどビームみたいな速度で、ククリは動いている。ククリの助走は120kmどころじゃない、僕たちの周りを大回りで、グルグルと旋回して……いったいどれだけ加速するつもりなんだ……



 ついにレーダーから、ククリが消えた。なんとなく理解ができた。今この瞬間に──ククリの必殺技が来る。



 終わる……終わってしまう。僕らは負けてしまう……僕は死なないらしいけど、フラウはどうなるんだ? 死ぬのか? だ、駄目だそんなの! でも、どうしたらいい! どうやったってこんなの防げるわけない……それこそファンタジーな、必殺の盾がなきゃ、無理だ──




   【──紅蓮崩壊撃スカーレット・コラプス!!】




 必殺技の名前が、僕の頭の中で響いた。ククリの声で響いた。まぁ、知覚なんてできるわけもない。僕らが避ける動作よりも速い攻撃を、避けることは不可能だ。



 ──ギイイイイイイイイイイイイイイイン!! パゴオオオオォン!!



「──うわああああああ!??」



 僕たちは空から地上に叩き落された。



「……あれ? 落ちただけ? ここ、フラウのシートだよね?」



『はい、どうやらマスターの展開した次元境界障壁ディメンション・バリアーで彼女の攻撃を軽減できたようです』



「ば、バリアー? そ、そんな装備があるなら早く言ってよ! もう、心臓がおかしくなっちゃいそうだ……」



『いえ、そのような装備はこのフラウレス・ゼロには搭載されていません』



「え!? で、でもバリアー出したんだよね?」



『はい、ですがバリアーはこの機体に装備されていません。魔法装甲はありますが、バリアーではありません。これはフラウレス・ゼロとマイマスターの力によって現実化リアライズした事象です。マイマスターは彼女の攻撃を受ける瞬間、無意識的に強力なバリアーのイメージを脳内で思考、構築しました。そのイメージをフラウレス・ゼロの現実化リアライズと法則歪曲の力で再現したのです』



「法則歪曲……現実化? ど、どういうこと?」



『そうですね。理解しやすい説明……大雑把な説明ですと、想像を無理やり現実化させてしまう力です。想像を強引に現実化させるために物理法則等を歪ませ、捻じ曲げるのが法則歪曲、イメージを物質化させるのが現実化リアライズです。このリアライズ自体はそう特別な力ではありません。出力は違いますが、超魔導鬼械オルゼミアどころか、量産型の魔導鬼械オーガマトンにもある基本能力です』



「なっ……そんな……滅茶苦茶だ……でも実際バリアを……」



 僕はバリアを展開するイメージを念じてみた。すると、バリアは展開されてしまった。紫と青の半透明なのに、元あった景色と繋がらない、次元の壁が展開された。これ、このバリアって……僕がロボアニメで【次元機動神・ディメイナー】で見たやつだ……



やたらスケールのでかい、次元間戦争がテーマの作品で、制作側も設定持て余して、投げやりな終わり方して、不評に終わった作品。だけど、アクションが滅茶苦茶カッコよくて僕が何度も見てしまった作品だ。最初は、気に入らない作品だったけど、終わり方が許せなかったけど、今はもうとっくに許してる。だってカッコイイんだもん。



「法則歪曲って凄い……無限の可能性を持ってる……これがあればなんでもできるんじゃ……?」



『なんでも、というのは流石に不可能です。強いイメージの力、一応の理論説明ができるだけの思考が必要ですから。現実に可能かはともかく、聞かれたらディティールまでしっかり説明できる。そんな自己完結が必要です。ですからマイマスターが参考にした【次元機動神・ディメイナー】という娯楽映像作品のバリアーが再現できたのは、マスターが作品内で説明しきれていない設定を、自分なりにどんな理屈で動いているのかをしっかり考えていたからです』



「そ、そういう条件があるんだね。でも凄いことに変わりはないよ。けど僕のイメージ、思考次第ってことは、僕の想像力の限界がそのまま、能力の限界に繋がるってことで……常に考えて、イメージし続けなきゃいけないってこと……きっと、僕が想定しているよりも、結構ハードなんだろうなぁ。でも、これなら──なんとかなるかもしれない」



 結局ククリの攻撃は全く知覚出来なかったし、次元境界障壁というチートバリアーを持ってしても軽減が限界だった。単純な物理攻撃であったなら、これはありえないことだ……となると、やはりククリの衝撃と反発の力のせい……?



ククリが次元境界障壁に触れたことで、このバリアー自体が衝撃を発生させた? 本来ならとんでもなく広い空間を折り畳んで出来た次元境界障壁を正面突破しようとしたら、衝撃が伝わるまでに何億年も掛かる。けど、それでも衝撃が来て、ふっとばされたんだ。



 やっぱり、衝撃属性をバリアーに付与したんだ。それしか考えられない。もしかしたら付与したくて付与したわけじゃないかもだけど、とにかく……こんなチートバリアーがあっても普通に負けられる。これが魔法か……



『おおおお! 見た!? 見たか? ヤクモンの機体、バリア出す機能ないのにバリア出したよ!? まぁ一歩譲ってそれはいいけど、物理法則滅茶苦茶じゃん! それでもちゃんと動いてる……流石にアルトゥアスちゃんからも凄いって感想でちゃうよ!』



 アルトゥアスがはしゃいでる……やっぱあいつらから見ても凄いことなんだ。でも、この機体に本来はバリアを出す機能がないって、すぐに看破した。やっぱり、怖い……底が知れない……全てが理解できる、全能の存在ではないってことは分かったけど……それすらも、やつらがゲームを楽しむために機能制限を自らに施しているんじゃないか? そんな、いやな想像をしてしまう。



 ククリによって地上に叩き落されてから、ずっとレーダーを見ているけれど、あれからククリはあまり動いていない。僕たちの様子を伺うように、僕たちの周囲を旋回している。よく見ると、赤く光る煙がククリから出ていた。なんだろう、クールダウン中? 凄い必殺技を使ったから、休んでる?



「リソース不足で一部機能がフルスペックを発揮できなくなる。魔力不足で弱体化している……フラウ、ククリは今そういう状態なんじゃないかな?」



『わたしもそう思います。おそらく、リミットオーバー・ナインはあの一撃でわたし達を倒す、絶対の自信があったのでしょう。実際、マイマスターの機転、運がなければ終わっていました。一撃必殺戦術、判断としてはそう悪くなかったと評価しています。ただ……あの狙撃銃が気になります。おそらくあれでバリアーを全力で攻撃したはずですが……全く破損がありません、修復している様子もありません』



「次元境界障壁は確かに衝撃を吸収しているけれど、インパクトの反動っていうのは、ほとんど相手に返らないはずだよ。バリアーの折り畳んだ空間内でエネルギーが分散して、バリアー消失と同時にそのエネルギーが元の空間に戻っていく。だけど、それでもおかしいか……全力であの狙撃銃を振り下ろしたなら、それだけで狙撃銃がぐちゃぐちゃになってもおかしくない」



 色々僕達なりに考えたり、計器上のデータから予測はするけど、やっぱりよく分からないこともある。狙撃銃だけでなく、ビームみたいに加速していたのにククリのフレームが全く歪んでいないこともそうだ。光速は超えていなかっただろうけど、レーダーから消えたのもよく分からない。



いくら速く動いたって、レーダーにはなんらかの痕跡が残るはずだけど、あの必殺技【紅蓮崩壊撃】をククリが放つ瞬間、触否定速は完全にレーダーから消えていた。まぁ、レーダーに映っていたとしても、反応も回避もできないけどね……



『ヤクモ、あたしを止めたいみたいだけど。どうやって止めるの? 戦って止めるんだよね? どうやって? 殺さずにあたしを止められると思ってるなら。舐めすぎ、馬鹿にしないでよ! それとも手加減できるだけの力があるって思ってんの? さっき、機体が揺れてたよ? 怖いから震えてたんだ! そんなんで! 勝てるわけないでしょ!』



 僕が震えてた……? そんな……自分じゃ気づかなかった……だけど、このフラウレス・ゼロが僕のイメージ通りに動くなら……僕の、恐怖の感情、イメージを動きに反映したっておかしくない……けど、それって……ククリがそう思うってことは……どの機体も……そうだった! フラウから送られた設計データのイメージ。あれには魔導鬼械が操縦者のイメージで動くシステムを、超魔導鬼械の自動制御にも応用したってあったぞ?



ってことは、高度なAIというか自我が元々あって、ククリの機械の体も、ククリのイメージで動いてるんだ。ロボットだけど、有機的な思考パターンで動いているんだ。人と全く同じ思考パターンとは限らないけど、きっと、彼女達にも本能みたいなものがあるんだ。感情だってあるはず、ククリは恐怖を”知っている”理解できているんだ。



だから、僕が怖くて震えてるって分かったんじゃないか? もちろん、単純に経験則的な、単なる情報の蓄積から計算しただけかもしれないけど……僕には分かる。絶対的な根拠があるわけじゃないけど、僕たちは一緒に過ごしてきたから、ククリが人間として生きてきたことを知ってるから。



 今、機械の体で僕の前に立ち塞がっていようと、彼女が人間であることに確信がある。そして、そこに人間性や、人としての本能が存在するのなら。僕らにも付け入る隙はある。人間と人間の戦いなら、そこに絶対なんてないはずだ!



『ククリ! 君は戦って、敵を殺すために生まれたって言った。それが嘘じゃないってことは、君の今の姿をみれば分かるよ。でも、でもね、戦うため”だけ”なんかじゃないよ。君は人間として、僕の幼馴染として、僕と一緒に生きていた。だから、戦うためだけなんかじゃないんだ』



 僕はククリに対して思念波による通信を行った。ククリと話したい、そう思ったら、自然とそれができた。だけど、思念を飛ばしただけじゃない、僕は心の中で紡いだその言葉を、実際に口から、言葉として出した。冷静な僕も、冷静じゃない僕も、全部の心が、一つの同じことを思ったから。



『戦うだけの機械が、僕に優しくなんてしないよ。朝起こしにのしかかったりもしないし、結婚しろと言ったりもしない。あの時、ククリはひとりぼっちで寂しかった僕に、手を差し伸べてくれた。僕を助けてくれた君は! 人間だ! 君は、筒宮ククリは戦うためだけに生まれた存在じゃない。戦うために生まれたとしても! 人間でもあった! 思い出して! 僕達! 戦うためだけじゃないことを! いっぱい! 一緒にしてきたよね!』



『ヤクモ……ちが、違うよ。戦うために結婚が必要なの! だから結婚するためにも戦いが必要だし……そしたら、ヤクモと子供を作って、幸せに過ごすの』



『はは、それ言ってること滅茶苦茶だよ? ククリ、実は僕、ククリの結婚してって言葉。断る理由ないんだ。あの頃、結婚の意味がよくわかんなくてさ、いつの間にかちゃんと答えを返す、タイミングを……失っちゃってたんだ。僕もククリが好きだ! 当然結婚する!! だから、戻って来てよ! 僕のところに!』




『なっ! ななななななな! なななななな! うなああああああああ!??』



 ──ピューーーーーー!!! ボガガガガッ! チュドーーン!!



 ククリは元々赤いフレームをさらに真っ赤にして、煙を出して、文字通り爆発した。まるで沸騰したヤカン、レベル100みたいな音を出して。墜落したククリは、はたき落とされた虫のように、機械の足をピクピクと痙攣させていた。



『ま、マイマスター!? オーバーリミット・ナインが大ダメージを……げ、撃墜? でも攻撃は一切していないはずですが……マイマスター、あの言葉にはそんな火力があるのですか?』



「か、火力!? お、面白い言い方だね……でも、そうみたい。ただ思ってたことを言っただけなんだけど……こんなことになるとは……」



『マイマスターにも予想外だったのですね……ですがチャンスであることに変わりありません。今のうちに無力化しましょう。彼女の機械計算機構とフレームを破壊すれば、彼女の自我、有機的思考パターンが優位になるはずです』



「わかった!」



 フラウからもらった触否定速のデータから、フレームと機械計算機構を破壊する方法を考える。機械計算機構……超魔導鬼械には計算能力をもった機構が2つ存在する。機械計算機構とアニマ計算機構、機械計算機構は主に単純な確率計算から機体の自動制御のための計算をするもので、アニマ計算機構は魔法や高度思考の計算を行うものらしい。



この二つの計算機構は隣接していて、複雑に絡み合っている。仮に普通にククリを分解……なんか文面にしたらヤバそうな響きだけど……分解できても、綺麗に分離するのは難しそうだ。



 魔法のようなスペシャルな分解方法がなければ達成は厳しい。となれば、当然フラウレス・ゼロの法則歪曲を使うことになる。僕はそのために色々なアニメ作品の設定を思い返す。なんか、なんかないかな? 特定のパーツを残して他を破壊する方法……



「──あれだ! あれならいけるはず! よし! イメージ構築完了! いくぞ!」




 【──リリースコード! ──幻想響剣アラベスク・スラスト!!】




 音の剣、振動の剣。対象の固有振動数と同じ音を出して共振、破壊する。色んな作品でみた技。



 だけど、超魔導鬼械の二つの計算機構は、殆ど同じ素材で出来ていて、繋がっているから、そのまま再現したら、破壊してはいけないアニマ計算機構まで破壊してしまう。だけど、その問題をクリアする考えが僕にはあった。魔法のある世界なら、”魔法”を共振で破壊することができるのではないか? 僕はそう考えた。ククリは超速で動いた結果レーダーに映らなくなった。



 そして、フラウレス・ゼロのレーダーは魔導レーダー、魔法、魔力を使ったレーダーだ。ククリが、超スピードで加速した時、まるで超音波のような、魔力の波が発生し、レーダーを無力化した。それがフラウの導き出した分析結果。僕がククリを説得している間に、フラウはしっかり仕事をしていた。



超音波ならぬ、超魔力波が魔法を打ち消し破壊するのなら、魔法で動くこの世界の機械は、その魔力運動を破壊すれば、機能停止させることが可能なはず。フラウにそれが可能かどうか問うと、可能であると答えが返ってきた。



 触否定速のフレームも、計算機構も、それを動かす魔法構造はフラウレス・ゼロとほとんど共通であり、破壊のための源泉はそこにあった。僕は超魔導鬼械のフレームの素材、オーガメタルで出来た剣を現実化リアライズさせ、触否定速を突いた。



 剣先から刺突と共に、振動と魔力が触否定速に浸透していく。それは幾何学的に、美しく波紋を広げて、破壊すべき全ての機構を破壊した。魔法を破壊され、現実化リアライズを解除されたククリの機械パーツは、硝子が粉々に砕け散るように、雪が溶けていくかのように、消えた。



 残ったのは、金属と赤い宝石で出来た心臓のようなパーツ。そして、時が経つとそれは、光を発して姿を変えた。



 人間の姿の、僕の幼馴染、筒宮ククリに戻った。ククリは顔を真っ赤にして気絶していた。



『──う、美しい──はっ!? おいおいおい! 今の見た!? エルトゥ、イルトゥ!! フレームが雪みたいに、風に吹かれてぱぁ~~って! 広がってった!! 芸術点高いよこれは!』



『ね~綺麗だったね! アルトゥちゃん! 負けた子をあんな感じの花火にするのもいいかも~~!』



『いや、問題そこじゃないでしょ。あの白い機体、異常だぞ。ボクらの脅威にはならないだろうけど、ゲームを滅茶苦茶にするポテンシャルは持ってる』



『まぁまぁイルトゥイン、いいじゃないの~、滅茶苦茶になったら調整すればいいだけなんだし、なんなら滅茶苦茶になった方が面白いかもだし! だって、実際、ルール外のあれこれを許した結果、あのキレイなのが見れたんだしさ! ヤクモン面白かったぜ! じゃあの!』



 ワガママでリアクション担当、リーダーのアルトゥアス、便乗巨乳サイコパスのエルトゥエラ、ツッコミ担当の苦労人調整役のイルトゥイン。この三人は大体そんな感じの関係性に見える。戦いが終わったのを確認したからか、三人の声はすぐに聞こえなくなった。



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