第3話:脳筋スナイパー
この赤い機械巨人、
ククリは戦うために生まれたと言っていた。アルトゥアスも、彼女たちが戦うために生まれたと言っていた。眼の前で起こったリアルが、僕にそれを理解させた。
「ヤクモ、ごめんね? 優しく倒してあげるから眠ってて。その間に全部終わらせて、あたしとヤクモのための世界を創るから」
量産機はかなり装甲を削られていたけど、ククリはそこまで極端に薄い装甲ではなかった。硬そうな部分と脆そうな部分がハッキリしてるような感じで、機体背面にある機翼、推進装置と思われる機構が量産機と比較して、かなり巨大だった。
シャープで尖ったような印象で、突き刺さってきそうだ。ククリは詠唱で高速機動狙撃型と言っていたけれど、実際そんな感じに見える。なぜなら、ククリが大きな狙撃銃を持っているからだ。狙撃銃は赤黒い禍々しいオーラを纏っていて、見たただけでドキッとする。生存本能が働いてしまう。
見た感じ武器は狙撃銃と、肩に付いたミサイルのようなものだけっぽい。なんだけど……おかしい……
「銃身を……握って……る?」
ククリの狙撃銃の持ち方がおかしい……ククリは狙撃銃の銃身の先端を握りしめ、肩に乗せるようにして背負っている。滅茶苦茶重そうなグリップ側をククリの握りしめた銃身が余裕で支えている。見ていて不安になるような構図だ。銃身がイカれて、動作不良を起こしてしまいそう……だけどファンタジー世界ならそれでも問題ないのかな?
『これでェッ! ──終わりィ!!』
──えっ?
ククリは狙撃銃の銃身、その先端を持って、振り下ろしてきた。
銃でなく、”単なる”鈍器として、その質量で僕を潰そうとしてきた。とんでもないスピードで……とんでもないスピード振り下ろして……あれ?
なんで僕、それが見えるんだ? 状況を確認するために周囲を見る。
「よかった……閉鎖空間の、時間停止の魔力がまだ残っていて……」
時間停止の魔力? 声のする方を見ると、フラウが魔法陣を展開し、銀色の光で僕たちを守るように包んでいた。そうか、フラウが守ってくれたのか……
「狙撃銃を鈍器として使うなんて……そうか、これが彼の記憶にあった彼女達の”バグ”……設計段階のデータとは乖離が存在する」
「フラウ、バグってどういうこと?」
「わたしも断片的にしか理解できていないのですが、どうやら現存する
「うわぁあ~~!! いきなりそんなに情報与えられても整理できないよぉ! こっちから頼んでおいてごめんだけど……でも、そうか……バグがあるって言うなら、ククリ達の様子がおかしくなったのも説明がつくか……」
「もしかしたら、異常行動の原因はバクだけではないかも知れませんが。今はそんなことを考える余裕はなさそうですね。時間停止の魔力が、まもなく消失します。ここが限界です」
でも、どうする? この一撃をどうにか避けても、次がない。魔導鬼械と化したククリをどうにかする手段が僕達にはない……ッ!
「えっ? 限界! ああっ、このままじゃ狙撃銃に押しつぶされちゃうんだった!! けど、僕には、力がな──」
「──いいえ、力ならここに!
──始まりの憧憬、彷徨のその先、黄昏にて重ねよう──時を超えし、夢想の水晶が、不壊の闇を砕くだろう──
──全領域人機決闘型、
──
銀と水色の稲妻が、フラウの周りに発生し、それらはフラウを包むように回転し、竜巻となった。ククリの時と同じように、それは天高くまで伸びた。けれど、ククリの時と違うことがあった──フラウの竜巻は僕を空に巻き上げて拾った。激しく荒れたはずの竜巻の中に、僕は吸い込まれた。竜巻は、僕を抱くかのように柔らかく、優しかった。
竜巻の中で、フラウの魔導鬼械としての肉体が構築されていくのが見える。外側じゃなく、内側から、僕を覆うように構築されてゆく金属の体が見えた。僕はその光景に、ワクワクしてしまった。意味わかんないこと続きで、これからデスゲームが始まってしまうっていうのに、ククリのことをどうにかしなきゃいけないのに、僕は胸の高鳴りを、ワクワクを抑えられなかった。
心なんて言葉じゃ生ぬるい、僕の魂が、その本能が震えていた。
──僕は今、人型巨大兵器の操縦席に座っている。この場所は、僕のために構築されていた。何もかもが僕に違和感を感じさせない。体にぴったりと張り付くようなシートと、手と足に馴染む操縦桿、ペダル。
「はは! ぴったしで、違和感なさすぎて、逆に変な感じ!! ねぇ! フラウ! 最高だ!!」
『当然です、マイマスター! わたしは、あなたのための
「あ、でも……どうやって操縦したらいいのか分かんない……ど、どうしたら……それに僕が君を動かして、ククリをどうにかできるのかな? だって、僕……こんなの初めてで……」
『問題ありません。通常の魔導鬼械と違い、操縦すると言ってもわたしが基本制御を行いますので、マスターは戦いのイメージを構築し、わたしに伝えてください。そのシートにある全てはイメージ伝達装置、マスターとわたしの同期を補助するものです。手動操縦も可能ですが、現状は必要のない機能でしょう』
「わかった! じゃあ行こうか! ──ショウダウン! フラウレス・ゼロ!」
僕の掛け声と同時に時間停止の魔力は切れ、ククリの狙撃銃による重撃が振り下ろされる。
僕がフラウに伝えた最初のイメージは、バックステップで攻撃を回避からの反転、一気に
『──ッ!? なによ、これッ!?』
僕のイメージ通りだったのはアッパーを繰り出すところまで、その打撃がククリに命中することはなかった。ククリの異常な速度の反応で回避されてしまった。
『ヤクモなの? でも、ヤクモは人間……じゃあ、そうか、あの巨乳が……ふざけんなっての! もう嫌い嫌い嫌い!』
ククリは怒って、狙撃銃を振り回して地面を叩き、粉砕する。相変わらず銃身を持って、何度も何度も地面を叩く。大きな振動が、僕とフラウにまで伝わってくる。ありえないと思うけど……その振動には狂気の力が宿っている気がした。単にククリが狂気に支配されているとか、そういう意味じゃなく……力のある狂気が、そこにあるように感じられた。
なぜなら、この振動が僕に伝わる度、僕の心がえぐられるような痛みを感じたから。脳がネジ曲がるかのような不快感があった。ガンガンガンと、単調なリズム、シンプルな音がそんな不快感を生み出すとは思えなかった。
『殺す……思いっきり殺す気でやっても、ヤクモは死なない。けど、そうしたら……お前は死ぬよねぇッ!?──』
──はやっ、避けられ──
──バゴオオオオオオオオオオオオオン!!
何もかもが揺れた。僕の目の前にあったはずのシート前方の壁、装甲がなくなっていた。
壊された? 一撃で、コックピットのある胸部装甲を割られた……本当の意味で、僕は
──っうわ!? 状況を把握して、シート周りを確認すると、破壊された装甲の破片が僕の横と、”真後ろ”に突き刺さっていた。
真後ろ? 僕をすり抜けたってこと? じゃあこれ……僕が死んだら困るから、アルトゥアスが設定した安全措置? じゃあ、これがなかったら僕は──
「──っぐああッ!?? うあああああああああああああああ!!???」
『心拍と脳波に異常値? マイマスター!?』
はは、そうか……死にはしないし、肉体へのダメージはないけど、ダメージの感覚はある。じゃあ、アルトゥアス達が設定した規定値以上のダメージって、僕が死ぬよりも高い数値が設定されてるってことか?
……ククリ、酷いなぁ、本気で殴って、傷つけて、じゃあ、僕が君を傷つけてしまっても──……ッ!?
『マイマスター!? 大丈夫ですか?』
「──距離は取るな! ククリは高機動型としての速さをちゃんと持ってる。距離をとっても意味なんてない。逆に今のこの状態、超至近距離を保った方が攻撃の威力は低下する。ククリの加速を、殴打の助走を許しちゃいけない!」
なんだったんだ、今の……僕の心の中に、さっき感じた不快な振動が僕の深部に入り込んだ瞬間、僕の思考が乗っ取られた。普段ならば、絶対にありえない、ククリを”傷つけたい”という思考、欲望が僕を突き動かそうとした。勘違いなんかじゃなかったんだ。この世界が、魔法のある世界だと言うのなら、ありえるんだ。狂気の力、相手を狂気へと誘う、力のある生きた”概念”が、直接干渉してくることが、ありえてしまう。
高機動から繰り出される超威力打撃、精神汚染のおまけつき……こちらの攻撃は避けられてしまう。至近距離、カウンターで繰り出したはずの攻撃にククリが反応できてしまったということは、なんの工夫もなく攻撃しても、僕達の攻撃はククリには絶対に命中しないだろうってこと。
普通だったら、装甲だけでなく、操縦機構まで破壊されたら、戦闘の続行なんて不可能だけど……どうやら、イメージ伝達自体は、僕が機体に触れていれば可能みたいで、まだ動くことは可能だ。
「そうだ! フラウ、君はなんともないの!? ククリのあの攻撃、精神汚染みたいな効果が……」
『わたしは問題ありません。わたしが他の存在から受ける影響は物理運動のみですから。ですが、マスターへの精神防御機能は備わっていません……ど、どうして? 彼がそんな欠陥を見逃すなんてありえない……』
『わわ! うわわわ! なんか戦い始まってんじゃんか! おい、エルトゥエラ、イルトゥイン! 謎の機体とククリンが戦ってるよ! えー? 殺し合いはゲームが始まってからっていったのに……ん? あれ? ヤクモン? ヤクモンがあの白いのに乗ってる?』
『え~なに~? アルトゥちゃん……あら? ヤクモちゃんとククリちゃんが? そっか、ヤクモちゃんはゲームの参加者じゃないし、ククリちゃんはヤクモちゃんを殺せないし、ヤクモちゃんもククリちゃんを殺すつもりはないってことは~? ルール違反ではないよね? アルトゥちゃんが言ってたのはゲーム開始まで殺し合いは駄目ってだけだから』
どうやらアルトゥアス達に捕捉されたらしい。あいつらの声が響く、テレパシーで声が僕の脳に直接届く。
『そっか! ルールが守られてるならオーケー! そ・れ・に・ぃ! 面白そうだから大歓迎! ただの人間だったらククリンの相手にならなくて、面白くないと思ってたけど、これはどうなるかわからんね~? ふっふー!』
アルトゥアス達は僕の戦いを実況して楽しむつもりみたいだ。気に入らないけど、大人しくしていてくれるなら、それに越したことはない。
「どうする……攻撃のプレッシャーで距離を下手に取らせないようにはできてるけど……どう見ても格上なククリを、殺さずに無力化……どうすれば……」
『マイマスター、
僕の脳に情報が流れ込んでくるのが分かる。フラウが僕に送った情報は触否定速、オーバーリミット・ナインの設計データ、耐久値の”感覚”どちらのデータも、感覚的に理解できるような感じで、言語でない思考データとでも言えばいいのか、不思議な感じだ。これで感覚的に、ククリをどこまでなら攻撃していいのかが分かった。
ただ、設計データを見て、僕が感じたのは絶望感だった。触否定速の超高速機動を生み出す根幹の力、それは衝撃、反発の力だった。衝撃と反発の”概念”が魔法の力によって現実世界への干渉力を得る。衝撃と反発の力自体には限度がない。ただし、魔力が尽きれば概念を現実に持ち出すことができなくなる。
機体強度の問題や魔力量という制限によって現実的には無限の加速とはいかないけれど、触否定速に搭載されている魔力エンジンは半永久的に稼働可能で、出力も高い。出力が高いっていうのも、フラウから貰ったデータの、なんとなくのイメージから来るもので、具体的にどれぐらい凄いのか分からないけど……
とにかく言えるのは、触否定速の息切れを狙うのは難しく、なんのデメリットもなく、こちらよりも一方的に素早いってこと。そして、あの機体を動かすククリが……運動神経抜群だった天才少女であることが、僕には現実的に、一番怖かった。
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