ムクムクムクッ!(調子に乗る音)
その日を境に、俺は両親と絶縁状態になっていた。
親父はもう何も言ってこないし、お袋は俺に目さえ合わせないようになった。
親父を殴ったことすら責めようとしない。まるで俺は、家の中で存在しないもののように扱われた。
(ちっ、何だよ。ムカつくなぁ)
俺はコンビニで買った一番安かった弁当に食らいつく。
親父とあんな事件になったからには、もう親の助けも借りられない。
(いいんだよ。あんな奴ら。どうせ俺はこの家から出ていくつもりだったんだ。俺はプロ作家になって、プロ作家になって......)
そこで思考が停止した。プロ作家になって、俺はどうするつもりだったんだ。
金を儲けるため? ちやほやされるため? それとも自分自身を認めるため?
全部そうだと言える。けれど、そんなに俺はそういうものを求めていたのか?
何で俺はここまで、プロ作家になることに拘っているんだ?
俺はだんだんと疑心暗鬼に包まれ、頭が痛くなる。
けれど、
(いや、もう後には引けないんだ。俺はプロ作家として生きていくと決めた以上、プロ作家として生きていくしかないんだ。俺にはもう、他の道なんて考えられない)
積み上げてきたものを思い返す。必死に流行小説を研究し、必死にそれを真似してきた。正直今でも、なろう小説のどこが面白いのかわからない。それでも大勢の他人が好きだというのだから、必死でその需要に応えてきた。
エックスターのフォロワーだって、地道な営業活動を繰り返して築き上げてきたものだ。別に興味もない奴もフォローしたし、いかにもヤバそうな奴だってフォローした。
今の時代の小説はいくら内容がよかろうと、知名度がなければ誰からも読まれない。
それを知っていたからこそ、元々コミュ障だった俺は他人との交流をはじめたのだった。
それで、今は? 今はいったい何が残っている? 俺が求めていたものは、本当に今、手元にあるのか?
――いや、ダメだ。
ダメだダメだダメだ!!
考えちゃダメだ。考えたくない。
プロ作家は俺にとっての夢だったんだ。俺はプロ作家になるために今まで苦痛に耐えてきたんだ。
いや、けど......。
いや、ダメだダメだダメだ!
思考が堂々巡りを繰り返す。
俺は本当にプロ作家になりたかったのか?
プロロロロ プロロロロ
ふいに電話の音が鳴り響く。
スマホを確認すると、それは編集の佐藤からだった。
そういえば、かなり長い間連絡が来てなかった気がする。
「......はい」
『あっ、もしもし。月神子さんですか? お久しぶりです。ひな鳥出版社の佐藤です。今お時間よろしいでしょうか?』
やけにかしこまった声だった。いつもなら事務的な声でズケズケと物を言ってくるはずなのに。
「......はい、大丈夫ですが」
『あっ、そうですか。では早速報告したいことがあります。先日発売された『俺だけしか使えないレアアイテム ~戦闘もできないゴミと罵られて追放されたけど、なぜか伝説のレアアイテム【賢者の石】をゲットして、チートもハーレムも手に入れてしまった件~』なんですが、本社のほうで打ち切りが決定しました』
俺の頭の中に、耳鳴りのようなツーンとした音が響いた。
覚悟はしていた。けど、実際に言われると、何か胸にぽっかり穴が空けられたような感覚に陥った。俺はいま、どんな反応をすればいいのかわからない。
俺はもう、プロ作家としての人生が終わったのか?
『ああっ、いえ! 待ってください! まだこの話には続きがあるんですよ。確かに書籍のほうは打ち切りになったんですけど、まだモンスターコミカルさんのほうのコミカライズの話が残ってるんです。それでですね、先方と協議をした結果、まずは第一巻分の内容をコミックで発売してみようと。そういう話になっているんです』
「えっ?」
その言葉を聞いた瞬間、また俺の頭の中が真っ白になる。
驚きでしばらく体が動かなくなる。
「コミカライズ?」
『はいそうです。まだ確定事項ではないんですけど』
トクリ、トクリ
かすかに俺の胸の鼓動が高鳴った。
信じられない気持ちで俺は何度も耳を疑う。けれどやがて、これが現実の話なのだと理解した。
プロ作家を目指すようになった頃の、ギラギラとした感情がうずき始める。
『それで、ですね。我が社のほうとしては、できれば月神子さんに新作を書いてほしいと考えているんですよ。いま流行りの現代ダンジョンものを。
コミカライズに当たって作者の知名度は重要ですし、何より同じ作者から新作が出れば、それだけネームバリューも強固なものとなるんです。コミック版と書籍版の発売を同時に公表すれば、話題性だって十分出る。なので是非とも、月神子さんにはプロ作家として活動を続けてほしいのですよ』
ムクリ、ムクリ。
俺の中で、しぼみかけていたプロ作家への渇望が蘇る。
やっぱり俺は特別な人間なんだ。やっぱり俺は世間から必要とされてるんだ。
親父の言ったことなんて屁でもない。所詮親父の戯言なんて、プロの世界を知らない負け犬の凡人の考えなんだ。
俺は違う。奴らとは違う。
俺はやっぱり、プロ作家として生きるべき人間なんだ。
『それで、ですね。確認なのですが、月神子さんはいま、新しい小説を書いていたりしてますでしょうか?』
俺はすぐに記憶の糸を手繰り寄せる。数秒もしないうちに、新作の原稿を用意していたことを思い出した。ちょうどその小説も、現代を舞台としたダンジョンものだ。過去にトレンドを研究していた俺は、すぐに次は現代ダンジョンものが流行ると予測していた。
「はい。ちょうど今現代ダンジョンものの原稿があります」
『小説の進捗はいかがですか?』
「ちょうど100ページぐらい書いた所です」
『そうですか。素晴らしい! 渡りに船ですね。後は最低でも100ページ書けば、新刊の出版に漕ぎつけそうです!』
珍しく佐藤の声が弾んでいる。俺はその反応を聞いて、深い愉悦を感じた。やっぱり俺の行動は間違ってなかった。そう強く確信を持つ。
『あっ、ですがね、これはまだ決定事項ではないんですよ。飽くまでそういう話が打ちあがってるというだけで、大事なのはここからなんです。つきましてはですね、月神子さん。あなたには新作の連載を笛吹きになろうのほうで、すぐにでも始めてほしいんですよ。確か新作のほうは、まだ公開されてなかったですよね?』
「はい」
相変わらずリサーチ力が高い。こうしてプロの編集者から目を掛けられているということは、やっぱり俺は才能のある人間なんだ。俺は必要とされている。俺はプロ作家として認められている。その事実に、俺はどんどん自信を取り戻していった。
『ではですね、月神子さん。単刀直入に次の新作を出すための条件を提示させていただきます。3ヵ月以内に、笛吹きになろうの月間ランキングで、上位10位以内に入ってください。
既にご存じかと思いますが、ランキング10位以内の作品は【書籍化ライン】といわれる出版の基準点でしてね。そこに掲載されれば大勢の読者からの注目を集められますし、何より作品のファンだって確実に獲得できるわけなんですよ。小説の売上にも圧倒的に有利になれる。
どうですか、月神子さん? 是非ともあなたには新作を公開してほしいのですが、いかがですか?』
佐藤が期待を籠めた声で俺の返答を待つ。
ムクムクムク
弾けそうなほどに俺の欲望は大きくなる。
ムクムクムク
飛び出しそうなほどに俺の心臓は跳ね上がる。
ムクムクムクッ!
ムクムクムクッ!
ムクムクムクッ!
もうこの感情を止めることなんてできない。
俺がプロ作家になる道を誰も妨げることなんてできない。
世間の奴らを今度こそ見返してやる!
「はい、すぐに小説を書かせていただきます!」
俺は二つ返事で、佐藤の提案を了承した。
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