【悲報】バチャ豚さん、10万のスパチャを無視される
“15万、7万、5万、2万”
4ヵ月の間、通帳の取引履歴を眺めると、明らかに毎月の入金額が下がっていた。
レア賢の印税収入が月を追うごとに、どんどん目減りしている事実が俺の眼前に突きつけられる。
(嘘だろ? 最初の月は50万も入ってたのに)
俺も予めネットで調べていたから、ある程度は覚悟していた。
小説とは初月の売上が一番大事であり、それ以降はどんどん本が売れなくなってしまう。だからプロ作家は何冊も小説を書き、定期的に本を出さなければ生計を立てられないのだと理解していた。
だがこれほど、目に見えて収入が下落するとは思わなかった。せいぜい40万、30万、20万、という具合に、少しずつ下がっていくものだとばかり思っていた。
俺はそんな事実を目の当たりにした日以来、心がどんどん不安定になっていった。収入がなくなるのが怖い。金がなくなるのが怖い。そんな恐怖心で頭がいっぱいになり、その不安を解消するために、ソシャゲにどんどん金をつぎ込んでいった。あれほどあった貯金だって、今では切り詰めてやりくりしなければならなくなった。
親には啖呵を切って「もう小遣いも世話もいらねぇ!」と言った手前、今さら金をせびるなんてこともできない。そんなこと、俺のプライドが絶対に許さない。俺の生活自体もどんどん荒んでいき、部屋にはコンビニ弁当の容器が散乱した。
(どうしたらいい? せっかくレア賢の続刊が決まったのに、あれから全然執筆できていない。あと80ページ書かないといけないのに)
編集の佐藤からの催促も、しきりに増えていった。俺は電話に出る度に謝り倒し、「もう少しだけ待ってもらえませんか? いま実家のほうが忙しくて」と嘘を繰り返す。佐藤はその度にため息をついた。
『月神子さん......私たちだってのんびり待ってられるほどの余裕はないんですよ? 出版社は今どこも不況で、新作をどんどん出さないと会社の経営も成り立たなくなるんです。もっと商業作家としての自覚を持ってください』
「はい、すみません。必ず完成させて原稿を送りますので、もう少しだけ待ってください」
俺は何度も電話越しに、へこへこと頭を下げる。編集から見放されたら、俺のプロ作家としての人生も終わりだ。何としてでも食い繋がなくてはならない。それは頭ではわかっている。
けど、精神的に追い詰められている俺は、全く執筆作業ができなかった。いざパソコンの前に座って書きだしてみても、(本当にこの展開でいいのか?)、(本当に読者はこれで面白いと思うのか?)という疑念が渦巻き、続きを書くこと自体ためらってしまう。現に笛吹きになろうで連載をしているレア賢も、最新話を投稿する度にPVが下がり続けていた。エックスターのポストも、弱音や愚痴ばかりが溜まっていく。
(やっぱり今日もだめだ......。こんな精神状態で小説なんて書いても、つまらない文章しか出てこない。もっと気持ちにゆとりを持たせないと)
そう思い、俺は執筆画面を閉じた。代わりにブックマークからヨーチューブを開く。
今日は月ノ美子がライブ配信でゲームをやる日だった。エックスターでポストが流れてきたから、俺はその予定を知っていた。飛びつくように、美子ちゃんのサムネイルをクリックする。
『マジヤバいマジヤバい!! 変態おじさん!! 変態おじさんがパンツ持って追いかけてくる!!』
しばらく試聴を続け、俺はクスクスと笑った。
相変わらず美子ちゃんは珍発言を連発しており、ホラーゲームなのに全く怖くない。コメント欄もどんどん盛り上がっていく。
¥1000、¥2000、¥3000
競うように、スパチャもどんどん投げられていった。その度に美子ちゃんはユーザーの名前を読み上げ、笑いながら手を振る。やっぱりその笑顔はかわいくて、とても癒される。精神的に参ってる俺にも、その笑顔を向けてほしかった。
(今日はもう、将来のことも考えたくない......)
俺はスパチャのアイコンにカーソルを移動させる。金額は1万。金のことでずっと悩んでいた俺は、ここしばらく美子ちゃんにスパチャを送ることもできていなかった。俺は癒しを求めて、コメントを打つ。
『今日も仕事で疲れたよ。美子ちゃん慰めて』
弱音だらけの気持ちを吐き出す。こんな甘えた姿、美子ちゃん以外に見せることはできない。
『月神子さ~ん、お久しぶりです~。お仕事お疲れ様です~』
両手で美子ちゃんが手を振ってくれた。俺もつられて手を振り返す。こうしていつも反応を返してくれる相手がいるって、とてもこころが安心する。俺はそのまま画面に釘付けになった。
『お疲れならアイスはどうですか? 変態おじさんが股間から落としてゲットしたアイス。あっ、変態おじさん!! 変態おじさんがいちごパンツ持って追いかけてくる!!』
俺は画面を眺めながらまた笑った。ファンサービスを忘れず、きっちりゲームの実況もこなしている。美子ちゃんはやっぱりプロのエンターテイナーだ。いつの間にか、執筆のことも忘れてライブに夢中になっていた。
(もっと反応がほしい。美子ちゃんにもっと声をかけられたい)
俺はまたマウスを握り、スパチャのアイコンにカーソルを移動させる。
今度はいくら送ろうかと悩み、金額を入れたり消したりを繰り返す。
だが、そんなふうに逡巡している時だった。
『美子ちゃん、俺も慰めて。会社爆破しちゃった』
2万のスパチャが突然コメント欄に浮上する。それを見て、美子ちゃんは大爆笑した。
『カモネギ太郎さん、いつもスパチャありがとうございます~。ええっ!! 会社爆破しちゃったんですか!? 犯罪ですよそれ』
ニコニコしながら、口元に手を添えて笑いを堪えている。コメント欄もその爆破発言の話題一色になった。ゲームそっちのけで、コメント欄が沸騰する。
その光景を見て、俺は胸がムカムカした。美子ちゃんがゲーム実況する所が見たいのに、どこの馬の骨ともわからないクソ野郎の発言で台無しになっている。
何よりムカついたのが、そのクソ野郎がスパチャなしのコメントでも、美子ちゃんから反応をもらっていたことだった。明らかに美子ちゃんはこいつと親しくなっている。俺はそれに気づき、ふつふつと憎悪する気持ちが湧き上がった。
(何で俺の時は数秒しか反応しなかったのに、このクソ野郎とはずっと喋り続けてるんだよ!)
無視するな。無視するな。無視するな。
俺はプロ作家なのに、俺は特別な人間なのに、こんなくだらない奴に夢中になるな。
振り向かせてやる。振り向かせてやる。振り向かせてやる。
ライブ配信の終了間際、俺はスパチャのアイコンを叩きつけるようにクリックした。金額は10万。このライブ配信で最高の額だった。月ノ美子が別れの挨拶をしている瞬間を狙って、俺はコメントを送信する。
『実は俺プロ作家なんですよ。小説も出版してるんですよねぇ』
渾身を込めた一撃。俺がプロ作家だと知って、月ノ美子がどんな反応をするか見てみたかった。驚くだろうか? 憧れるだろうか? 尊敬するだろうか? とにかく俺のほうを向け!
『あっ、そうなんですか。すごいですねぇ』
月ノ美子は、平坦な声で言う。
明らかになおざりな、面倒くさがった対応。
ほどなくしてライブ配信の動画が切れた。
俺の目の前には真っ暗な画面だけが映し出される。
(何でだよ......。俺はプロ作家なのに、何で名前すら呼ばないんだよ!)
俺は拳を机に叩きつけ、月ノ美子への恨みを募らせた。
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