アンチを煽るな。お前はアイドルだ。
『おめでとうございます月神子さん。本社で会議をした結果、レア賢の二巻の続刊が決まりました』
怒りを鎮めながら電話に出ると、佐藤は事務的な口調で俺に報告した。俺の感情は急激に喜びへと変わり、心臓が高鳴る感覚を覚える。
“見たか! やっぱり俺はプロ作家としての才能があるんだ!”
内心俺は歓声を上げた。
だが今はそれを抑え込む。大切な商談の時だからだ。
プロ作家として、冷静になって電話に応対する。
「......ありがとうございます、佐藤さん。また俺の小説がひな鳥出版社さんのほうで出させてもらえることになって、嬉しいです」
『はい、おめでとうございます。では早速確認なのですが、レア賢の続きはどれぐらい執筆されていますか?』
「1巻が終わってから、ざっと120ページほど」
『いい調子ですね。素晴らしい。このペースでいけば、半年以内には刊行できそうですね。とりあえずいつものように、Word形式で執筆を終えた分を送っていただけますか?』
「はい、わかりました。この電話が終わったらすぐ送ります」
仕事のやり取りの最中、俺は充実した気持ちで満たされていた。俺はちゃんと小説を続けられているし、俺はちゃんとプロ作家として活動できている。こうして続刊まで順調に出せたんだから、俺は凄い人間なんだ。
『はい、はい。ではそのようにお願いします。あっ、それとですね月神子さん。ここからは執筆の仕事とは直接関係のないことなんですけどね。大事な話なので、ちょっと忠告をさせてもらってもいいですか?』
「......なんでしょう?」
相手の声のトーンが急に低くなったので、俺は体を身構える。
浮かれていた気持ちも、一気に緊張で引き締められる。
出版社から出された指示には全部従ってきたはずなのに、まだ何かあるのか?
『先日、月神子さんのエックスターを拝見させていただきました。それで、ですねぇ......。ちょっと目に余る言動が多いんじゃないかと。できればああいった行動は控えていただきたいんです』
「......どういうことでしょうか?」
俺は佐藤の態度が、どこか歯切れの悪いものだったので追求する。
佐藤は少し間を置いた後、真剣な口調で話を切り出した。
『はい......。では、はっきりと言わせていただきますね。月神子さん、あなたはあなたのことをよく思っていない相手――まあ俗にいうアンチですね――に、度々口論を吹きかけてますよね? あれはちょっと、作家としてまずいんですよ。
例えばなんですが、あなたがレア賢の1巻をエックスターで宣伝した時、アンチから「ニート」と揶揄されて、リプライを返してましたよね? 相手に「ワナビ」といった煽り文句を使って。アレは頂けないんですよ。絶対にやめてください』
嫌な記憶が蘇る。せっかく忘れかけていたのに、胸の中がムカムカとしてくる。何でこいつは、わざわざ俺のエックスターのことまで調べ上げてるんだ?
『なぜかと言いますとね、あなたをフォローしてるファンの中には、作家志望の方だって大勢いるわけなんですよ。そうした方たちを無闇に敵に回したら、あなたの本だって売れなくなる可能性があるんです』
「......別に、それぐらいいいんじゃないですか? アンチといっても、ごく少数のものでしょ? そもそもそいつらが俺の本を買うとも思えないし」
俺は機嫌を損ね、つい反抗的な態度になってしまう。電話越しに、佐藤がため息をつく音が聞こえてきた。
『それがそう単純な問題でもないんです。私が懸念しているのは、そうした誰かの恨みを買って、あなたが炎上に巻き込まれてしまうことなんですよ。例えばの話ですが、あなたの過去の良くない行いが掘り起こされて、ネットに晒されてしまうとか。とにかく不用意に誰かを挑発する発言はやめてください』
「......別に俺は犯罪なんて一度も犯したことないですよ。アンチが何して来ようが、俺は潔白です」
『だから、そういう甘い認識が危険なんですって! 犯罪とかそういう大きなレベルじゃなくても、ささいなことで炎上は起こってしまうものなんですよ。例えば過去には、外国人への差別的な発言が原因で、小説の受賞を取り消された人だっているんです。
いいですか、月神子さん? 今の時代の作家というのは、小説の内容だけを評価されるのではなく、作家の人柄も合わせて評価されるものなんですよ。つまり作家はアイドルと同じ、作家の好感度が本を売るためには重要なんです。
ファンに嫌われたら、それでもうその作家はおしまいです。いくら中身の良い小説を書いたところで、誰も買ってくれなくなるんです。そのことを肝に命じておいてください』
「............」
俺は黙りこくって話を聞いていた。けれど正直、「何を言ってるんだこいつ?」ぐらいの感想しか浮かんでこない。いくら俺の編集とはいえ、プライベートのことまで口出しするのは越権行為じゃないのか?
「――そういうわけですので、お願いしますね。問題がありそうなエックスターのポストは、後で全部削除しておいてください。今後ともプロとして活動していくなら、こうした地道な人気取りも」
途中で電話を切った。スマホをぞんざいに投げ捨て、そのままベッドに寝転がる。
「......親父みたいにぐちぐち説教垂れてんじゃねぇよクソが」
俺は天井に向かって、唾を吐き捨てるように呟いた。
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