低学歴無職さんは見返したい!
「ご、50万っ!?」
数か月後、俺が通帳を見せた瞬間、親父は目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
「お前、こんな金どこで手に入れたんだ!? まさかネットでやましいことでもしてるんじゃないだろうな!?」
「んなわけあるかよ。だから何度も言ってるだろ。小説だって」
俺は椅子の上でふんぞり返りながら言葉をかえす。親父は相変わらず何が起こってるのかわからないという顔をしていた。
「先月、印税が入ったんだよ。俺が書いた小説の。普通に出版社と契約して、普通に権利関係とかの手続きして、本が売れたんだよ。だから、これでもう親父もわかっただろ? 俺がちゃんと仕事してるってこと。今どきの時代、会社になんかいかなくてもいくらでも稼げる方法があるんだよ」
親父は通帳と俺の顔を交互に、忙しなく視線を移動させる。その慌てふためいた様子に、俺は心底笑いが止まらなかった。
(どうだ、俺は親父とは違う! お前みたいな上司にへこへこしてるだけの社畜と違って、この世の中で賢く生きていける才能がある。ざまぁみろ!)
俺は親父を見下しながら、鼻でくくと笑う。
(二度と俺に立てつくんじゃねぇぞクソ親父。何てったって俺は、お前の給料の倍近く金を稼いだんだからな。見返してやった。俺は親父を見返してやった!)
俺は勝利を確信し、親父が惨めに部屋から敗走する姿を待つ。
その瞬間が来たら、思いっきり嘲笑ってやろう。
親父は俺の通帳を、引き出しの上に置いて押し黙る。
だがしばらくすると、親父はポツリと口を開いた。
「なあ、民人」
「あ?」
「お前もいろいろ頑張って、金を稼いでたことは父さんもよくわかった。小説を売るのがどれだけ大変なのかってことも、ネットでちょっと調べてみたから理解してるつもりだ。けど、だからこそあえて父さんは言わせてもらう。小説家なんて、やめとけ」
「は?」
俺は正面へと顔を向け直し、親父を睨みつける。親父はいつもの一方的に怒鳴りつける態度とは打って変わり、どこか落ち着いた口調で話を続けた。
「小説なんて、長続きする職業でもないだろ? 不安定な収入で、副業としてやっていくのが、やっとだという人がほとんどだそうだ。それを一過性の収入だけ見て喜んで、ずっと食っていけるなんて思うのは間違いだ。お前にはもっと、安定した人生を送ってほしい」
俺は文字通り、開いた口が塞がらなかった。指先が、わなわなと震えて止まらなくなる。
何言ってるんだこいつ? ちゃんと金を稼げているのに、それが間違ってるだと?
「小説を完全にやめろとまでは言わない。だがまずは、きちんとした職業に就いてからそういうことをしろ。小説なんて所詮あぶく銭だ。夢ばっかり見てないで、いい加減現実を見ろ」
親父はぴしゃりと言いつける。
その言葉に、俺は古傷を
現実を見ろだと? 俺がどれだけ現実に抗ってきたと思ってやがる。どこの企業に面接しても、俺は一度も採用されたことなんてなかった。そんな俺を見放した社会に、今さら何の価値があるってんだ?
「――ふざけるなよ」
俺は押し殺した声を漏らす。
「ふざけるなよクソ親父! 実際にプロ作家になったわけでもない分際で、外野が好き勝手言ってくるんじゃねぇ!」
そして俺は椅子を蹴り倒して立ち上がった。叫び散らした勢いが止まらず、そのまま洪水のように言葉を吐き出す。
「てめぇに俺の何がわかるってんだよ!! 俺がプロ作家になるためにどんだけ苦労したかわかってんのか!? 毎日流行りの小説を追いかけて、どんな小説がウケるか研究して。それでも何回もコンテストに落ちて、考え抜いた小説が何度もゴミだと切り捨てられて......。それが、それが、やっと認められるようになったんだぞ!!」
俺は喉が張り裂けそうなほど怒声を上げる。親父は呆気に取られた顔をして固まっていた。
叫んでいるうちに、どんどん過去の記憶が蘇ってくる。
プロ作家になる前、俺はずっと鬱屈した日々を送っていた。小説を書いても全くPVがつかず、どうすれば人から読まれるようになるのか悩み続けていた。
最初は俺もなろうのことを馬鹿にしていた。読む価値もないゴミだと決めつけていた。けどけっきょく、素人が書いた小説なんて、他人が望むものを書かなければ読まれない。それを悟った瞬間から、俺は必死に
“今に見てろ。いつか見返してやる”
そんな誰にぶつけたらいいのかわからない復讐心を糧に、俺は小説を書き続けた。学歴も職歴もない俺にとって、他人から称賛される小説を書くことこそが全てだった。
“見返してやる。見返してやる”
いつも腹の底にあったどす黒い感情。それが表舞台に吐きだせる瞬間が来て、やっと俺は、自分の生きる意義を実感できた。俺はもうあんな屈辱の日々を味わいたくない。自分自身を許せないような心境になりたくない。誰からも無視されるだけの、ゴミみたいな存在になりたくない。
だから俺は、プロ作家という肩書に固執した。俺は自分自身を認めたかった。
「――小説家にならなくとも」
しばらく時間が経った後、親父が口を開く。
「小説家にならなくとも、普通の人生は送れるだろ」
その言葉の瞬間、俺は我を失うほどキレた。
無意識にデスクにあった卓上本棚をつかみ取り、それを親父に叩きつけるように投げつける。
親父は
バラバラと大量の本が床に散らばる。
「俺は特別でなくちゃいけないんだよ!! そこらの負け犬どもと俺は違う!! クソみてぇな人生ばっかり送ってきた俺には、埋め合わせが必要なんだよ!!」
プロロロロ プロロロロ
突然、無機質な機械音が部屋で鳴り響いた。
そこで俺の激昂した意識は、潮がひくように引き戻される。
スマホを確認すると、編集の佐藤から電話が来ていた。
「民人、誰からの電話だ?」
「仕事の電話だよ!! 大事な話があるからもう出て行けよ!!」
俺は親父を突き飛ばすように部屋から追いだした。乱暴に扉を閉め、ひったくるようにスマホを取る。興奮を抑えるために、フウ、フウ、と深呼吸する。そして俺は通話ボタンを押した。
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