障害のある僕はどうせあなたを愛せないのだから

五日直次郎

第1話~ホワイトノイズ

僕は確かにきれいごとを嫌っている。それでも、あの僕にとってはきれいすぎた日々を忘れることは到底できない。


 ある夜のこと、26歳の誕生日を迎えて数日の僕はただアルバイトに勤しみ、

好きなゲームのことを考えているだけだ。

どうせ…そうだ、この言葉を彼女はとても嫌っていた。


僕にとって、どうせという言葉はある種の自己防衛で、嫌な現実から目を背けるだけの手段にしか過ぎなかったのだ。

生きていればいいことがある、このうたい文句も僕が心底嫌っていたもの。

こんな言葉を投げかける奴に不幸なやつなんていない、同情なんか生易しいものではなく、それこそ自己満足の化身だ。


こんな理屈を脳内にグダグダと並べても、思うことはたったひとつだけだ。

…彼女にもう一度でいいから会いたい。会って何らかの言葉になど決してできないこの感情をかけるのではなくて、ちゃんとぶつけたかった。


しかし彼女だって僕と同じ年の26歳だ、あんなに素敵な女性なら彼氏がいても…いや、結婚していてもおかしくはない。

そんな晴れやかな現実を勝手に妄想し、また自分という現実から逃げてしまおうとするのだ。


 やがて小さな時間の集合体が過ぎていき、もう朝が訪れていた。

自分でも心底思うのだ、相変わらず理屈的な人間だと

それでも彼女と出会う前と違うことがひとつあるとするのならば…


「君さ、なんでちゃんと事実を伝えないわけ?」

僕は特別支援学校に通う高校二年生だ。ありのまま起きた事実。

それは、同じ学年の生徒が電車で普通高校の輩にからかわれていたので、

持ち前のADHDの特性が発動し、衝動的に助けてしまった…


「ごめんなさい…」

その明るい瞳に対して、僕はまっすぐ前を見る手段など到底持ち合わせておらず、

ただただ、どうせいつもと同じように目をそらしていくだけだ。

端的に言うと、そんな明るい瞳を持つ女子高生は、一部始終目撃していて、

僕が理由もなく、怒ったわけではないということを…むしろ僕がすべき役割を

果たしてくれている。


 しかしながら、そんな同情はありがた迷惑に過ぎない。僕たちにとって差別や偏見は当たり前のことだ。この時間になれば夕日がさすくらい当たり前。

別に障害者として、おかしな人間として扱われるのにはもう慣れた。

だから、ここで僕が障害者の生徒としての役割を果たせば、丸く収まる。


物語のオチはこうである、障害者の生徒が暴れて問題を起こしたから、

電車内でちょっと騒ぎが起きた。そして僕の望む結末はこうだ…

さすがのあいつらも明日以降はうちの学校に構ってこなくなる。


この結末でいいのにも関わらず、駅のホームで騒ぎになったためなのか、

それともこういう事実を見過ごせないのか、明るい瞳を持つ女子高生は僕の行動に

対して納得ができず、両親が迎えに来るまでの時間ずっとそう主張している。


「それにさ、嫌なことはいやってはっきりいいなよ?」

そんな風には生きられない、彼女のいうことは正論以外の何物でもない。

そして大衆的に望まれる正解だ。

でも、僕とあなたは違うんだ、僕みたいな地味な奴…障害を抱えた人間、

あなたのように容姿端麗でなんでもはっきりと主張できる人間とはもはや正反対。

僕だってできれば、そういう人間になりたかった。でもなれない現実が、

どうせ誰にも認めてもらえない、うわべだけの優しさで守られた虚像と居心地を

ただ味わうだけなのだ。そういう生き方だって、あるのだと彼女に言ってやりたい。


そもそも、正解だけで生きていけるなら正解という言葉だってないのに…

と思っていると、本日二度目の衝動性が発動し、僕は思わず声を挙げた。

明るい瞳も少し、驚いたのか、僕を見据えていた真正面が少し後ろに下がった。


「…あなたの考えを押し付けないでください!僕の何がわかるんですか?」

なぜか今まで抱いていた感情、いや積み重ねを僕は彼女につい、ぶつけてしまった。


「それでいいんじゃない?」

思わず僕は驚いた。彼女は再び真っ直ぐで明るい瞳を取り戻し、また真正面で僕を見据え、どこか嬉し気な顔でいる。


「なんか君おもしろいね…?よかったら友達になる?」

さすがのコミュニケーション能力だ。でも多少の人が見ているこの環境、

そしてその立場を利用して自分を輝かせるための代償になるつもりは僕にはない。

友達の定義も難しい、どうせこんな真っ直ぐで可憐な女子高生が僕と友達になることなんてありえないのだから


しかし、いつも通り、流されるがまま…いや、その風圧には勝てずに僕はなぜか

彼女とLINEを交換してしまう。

そして両親に事情を説明し、夕食をとり、ゲームをしていた一幕のことだった。

普段まったく機能していないスマートなデイバスの通知音が鳴った。


そこにはいわゆる今時の女子が使いそうな典型的な顔文字とよろしくと書かれた

模範的なメッセージが示されていた。


 なぜ彼女はこんなにも見ず知らずの僕に対して優しくすることができるのだろうか…?一体どんな人生を、素敵な過去を持ち合わせていたら、それを為せるのだろうか…どうせ僕には関係ないことだ…そう思いながらも、無意識に彼女とのやり取りを続けている自分がいる。これには驚くばかりかむしろ、自分が普通の男の子なのではないか…?という錯覚に陥りそうになる。


『土曜か日曜ヒマー?』

僕はそのLINEの文字を見て、正直、胸の高鳴り、いや、抱いてしまいそうな悲しい現実の中にあるいつもの感情を吐き出そうとしてしまう。


そう…どうせ何か裏があるんだ。


つづく






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