第七節:悪夢の国会議事堂


 執務室内には、凄惨な光景が広がっていた。


 首を切られ、無残にも倒れ伏す政務官。


 彼の鮮血が床に広がり、赤黒いプールを形成し血の匂いが鼻を突く。

 首の無い体を挟むように対峙する、異形と二人のspそして総理と大臣。


 ほんの数秒しか経ってないはずが永遠に続いているように思えた。


 その刹那一人のspが、脇に携えていた銃を取り出し発砲した。

 室内に乾いた銃声が鳴り響く。


 それと同時か、その前に異形の化け物は室内の隅の影に吸い込まれる。

 銃弾は空振りし、壁に深く食い込んだ。


 それを見ていたもう一人のspがその飛び込んだ先に駆け寄り無表情に何発か撃ち込んでいた。

 

「もういい止めろ、神凪(かんなぎ)」

 最初に発砲したspが、撃ち込んでいる神凪を言葉で制止する。


「すいません国立(くにたち)さん、逃がしたようです」

 そう言い撃ち込んでいた神凪が銃を下ろし、警戒しながらも銃をしまい戻ってくる。


「総理、大臣、大事は有りませんか?」

 戻ってくる神凪の報告には答えず、国立は二人を気遣っている。


「あぁ、此方は問題ない」

 安堵の溜め息をつきながら、尾上総理は座ったまま佐藤大臣の方を見ながら答えた。


「私も大丈夫だ」

 そう答えながら片膝をつき、佐藤大臣は亡くなってしまった政務官に上着をかける。


「すまない……」

 佐藤大臣は呟く、その顔には困惑と悔悟の念が浮かんでいる。


「神凪、ドアの外を確認してくれ」

 二人の安否を確認し、そう指示する国立の顔は険しかった。

 発砲音が聞こえていた筈であろう外のsp二人が、確認も突入もせず沈黙しているのは明らかに奇怪しいからである。


「はい……」

 神凪はそう答えると国立の心意を読み取るかの様に警戒しつつ壁に背を付けドアノブを回す。

   

 カチャと小さな音がなり、ゆっくりとドアを開き、銃を顔の前に構えながらゆっくり覗き込む。

 立っている筈の場所を確認するが見当たらず、視線を下に落とす神凪。

 

「う……」

 神凪は小さく声を漏らしながら反対側も確認する。

 反対側も室内の政務官と同じ様に首を切られ血の海に沈んでいた。

 周囲を確認するも、彼らを殺害したであろう相手は見当たらず、心の中で二人の冥福を祈ってそのまま下がりドアを閉めた。

 振り返り神凪は国立に向かって首を横に振り指示を待っている。


「総理、早くこの場を離れた方が良いでしょう」

 国立は神凪の返答をみて即座に提案する。


 しかし、国立は冷静さを装っているものの、心中は困惑していた。

 明らかに人外であろう異形に。

 

 spと言えどもあの様な異形に対する訓練は行っている筈もなく、次の行動が予測すら出来ずにいたのだ。

 

 自分達が対抗出来るのか?

 

 要人を守りきることが出来るのか? 


 奴らの数は? 

 

 そもそも先刻の異形は本当に逃げたのか? 


 此方には何人残っている?


 応援は来るのか?


 マニュアル通りの退避で良いのか?


 退避する? 

 

 何処へ?


 表情には出さないが、国立は混乱しながらも最善策を考えようとしている。

 

「総理、残っている者を探してここを出ましょう」

 立ち上がりそう切り出した佐藤大臣は、尾上総理に提案し、続けて口を開く。


「それと、先程の件まだ答えを聞いてません。現状一刻を争うことは明白でしょう、今すぐ教えて頂きたい」

 そう言って尾上総理に詰め寄るその表情は、何かを決意したようだった。


「……そうだな、こんな異常な事が起きたのだ仕方無い……考えている暇は無さそうだな」

 尾上総理もそう言うと覚悟を決め、三人の方を見る。


「隠し通路の入り口の場所は衆議院議場だ、もし私が襲われたり何かの事情で君達とはぐれてしまった場合の為に、正確な場所を教えておく。後、扉の開け方もな」

 そう言うと総理は自分の引き出しから詳細な見取り図を出して机の上に置いた。

 

 そして、隠し扉の位置を指で指し示し、開け方を説明している。

 説明されている三人は真剣に聞きながらも驚きを隠せないでいた。

 

「以上だ、急ぎ救出に向かいここを出るとしよう」

 説明を終えた総理が見取り図を直そうとするのを、佐藤大臣が見取り図に手をつき止める。


「すいません総理、それはここに広げておいて頂きたい。詳細な場所に記しを付け、開け方も書いておきます。私の部下達やここに辿り着いた者達の為に」

 佐藤大臣のその声のトーンから強い意志が感じた総理は一瞬何か言おうとするが、頷き記しとメモを書き残した。


「行きましょう」

 それを確認できた佐藤大臣が促し、sp二人も頷き行動を開始する。

 国立の指示を受け、神凪がドアをゆっくり開け外を確認する。

 

 状況は先程となにも変わっておらず、国立に異常がない事を、通路を注視しながら手で合図した。

 国立が警戒しつつ通路に出て待機し、次に佐藤大臣、尾上総理、最後尾に神凪の順で通路にでる。

 床一面の血の海を見て総理は吐き気を覚え、手で口を押さえる。

 それを見た神凪は、後ろを警戒しながらも気遣い寄り添おうとするが、総理が手で制止した。

 佐藤大臣は血の海に視線を落としただけで無表情に毅然と国立の後ろを付いていく。

 彼は政務官の死を見てから何かが変わっていた。

 

 少し通路を進むとドアが有りプレートを見ると第四会議室となっていた。

 国立が足を止めて大臣、総理を見て判断を仰ぐ、二人は頷き、神凪も後方を警戒しつつフォローの体制にはいる。


「中を確認します、下がっていてください」

 そう言うと国立が壁に張り付きゆっくりノブを回しドアを開ける。


「だ、誰……」

 中から女性の上ずり震えた声が聞こえてきた。


 国立は銃を構えながらゆっくりドアの隙間から中を確認する。

 部屋は明かりが付いており数人の遺体は見えるが声の女性らしき姿は見えない。

 後ろで神凪は国立をフォローしつつ総理と大臣を警護し、要人二人は息を殺すように警戒して待機している。

 国立が二歩程入り周囲を見渡すと床に座り込み震えている女性職員を見つけた。


「貴方一人ですか? 他に生存者は?」

 そう質問するがこの状態では彼女一人生きているだけでも奇跡だろう、そう思いながら周囲の警戒を緩める事なく女性に近づく。


「い、いません……電気が……消えて、つ、ついたと……お、思ったら……み、み、皆さんが……」 

 途切れ途切れながらも、そこまで言って泣き崩れてしまう女性。

 混乱、不安、恐怖、が一気に溢れだしてしまったのだろう。

 こんな状況では仕方がない、普通では出会うことの無いような惨劇だ、そう思いながらしゃがみ彼女の肩に触れる。


「怪我は無いですか? 立てますか? 我々は生存者を探しながらここを脱出するつもりです、貴方も来てください」

 優しくゆっくり国立がそう言うと彼女は俯き泣きながら両手で顔を覆いながら何度も頷いた。


 彼女が立つのに協力し二人は死の匂いの充満するその部屋を出る。

 廊下で三人と合流し新たな生存者を探しながら衆議院議場を目指す一同であった。

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