第8話 大罪人


 第九騎士団団長ヴィライト・ジェミックは、地位も名誉も剥奪され、王女誘拐の大罪人となり、反乱を起こそうとして死亡した。

 アンの18歳の誕生日の朝、朝食と一緒に届けられた王国新聞に、はっきりとそう書かれている。

 ブレイブから血のついた身分証を渡された時から、わかっていることだった。


 昨日は一日中泣き続け、もう涙も枯れてしまった。

 乾いた涙の跡が、アンの美しく艶やかな肌を固くする。


(なんて、最低な誕生日プレゼントかしら)


 勇者と共に魔王デルビルを倒した英雄だと、讃えられるべきその人の名前が、自分のせいで汚されている。

 誘拐犯、大罪人、魔王の手先……記事の中で、ヴィライトは散々な言われようであった。

『いち早く犯行に気がついた勇者ブレイブが、アン王女を守った』

『大罪人シェミック卿は、聖剣で切られその生涯を終えた』


 もう何もする気力が起きなくて、ベッドの上に座ったアンは、昨日は気づかなかった枕元にあるブレイブからの誕生日プレゼントの箱を手に取る。

 中身は、大きなダイヤがついた婚約指輪。

 アンはそれを窓から放り投げる。


 アンの心とは裏腹に、窓の外は晴天で、その空の青さが、ヴィライトのサファイアの瞳を思い起こさせる。


(ヴィライト様のいない……世界なんて……)


 枯れたはずの涙が、再び溢れ出た。


(もう誰も、私を助けにきてはくれないのね……)


 一年前、同じように高い塔の上に監禁されたあの時、アンを助けてくれたヴィライトはもういない。


(……そうだ、あの時は小さな天窓しかなかったけど……————)


 アンは窓から身を乗り出して下を見た。

 強い風が吹いて、アンの長い髪がなびく。


(逃げ出すなら、ここしかない。でも、この高さ……もし、失敗したら即死ね)


「まぁ、いっか。このまま生きていたって、どうせ、私はブレイブと結婚させられて、民衆の前で火あぶりにされて死ぬのだから————」


 覚えたての浮遊術の成功率は、5回に1回程度。

 失敗すれば、確実に死ぬ。


(このままブレイブに利用されて死ぬくらいなら————)


 アンは自ら命を絶とうと、そのまま頭から落ちた。


(ヴィライト様……私もあなたのそばに参ります)


 浮遊術は使わず。

 そのまま、地面へ真っ逆さまに落ちていく。

 目を閉じて、最後までヴィライトの顔を思い浮かべながら。


 しかし————


「え……?」


 突然、エリクシアにもらったリンゴの銀細工が赤く光り、落下スピードが遅くなる。

 驚いて目を開けると、手のひらほどの大きさの小さな五匹の妖精が、懸命にアンのドレスを掴んでいた。


「こら! ダメじゃないか! 羽根もないのに空を飛んじゃ!」

「浮遊術も使えないくせに、危ないだろう!」

「死ぬ気か! これだから人間の女は!」

「まったく、気をつけろ!」

「お前に死なれたら、オラたちが怒られるんだからな!」


 アンの体はゆっくりと地面に着地。

 怪我の一つもない。


「どういうこと……? どうして、私を……?」


 なぜ助けられたのかわからず、驚いているアンに、妖精たちは教える。


「その銀細工は、銀髪の魔女のものだろ?」

「オラたちは、その銀細工を持ってる人間は」

「どんな人間であっても、助けなければならない」

「そういう契約を銀髪の魔女と結んでいるのだ!」

「だから助けた!」


 羽根をばたつかせ、アンの顔の前を飛び回りながら、彼らはどこか得意げに胸を張った。




 * * *



 マジカは、アンの部屋の掃除をしながら泣いていた。

 最上階の部屋に連れて行かれたアンのことを思うと、やるせなくて仕方がない。


「王女様……おかわいそうに……」


 アンがヴィライトに想いを寄せていたことを、マジカだけが気づいていたから、余計に悲しい。

 想い人には先立たれ、望まない結婚のためにあんな場所に閉じ込められて……

 せめて、アンが戻ってきた時に少しでも安心して過ごせるようにと、一生懸命掃除に打ち込んだ。


「ヴィライト様とまだ、キスもしていないのに……こんなことになるなんて」


 実はアンとヴィライトの密会を、マジカは偶然目撃している。

 二人がついに駆け落ちするのだと知ったマジカは、すぐにアンが旅立てるように必要なものを用意しておこうと、城内を走り回っていた。

 保存の効く食料や水筒、こっそり隠しておいたヘソクリの金貨、動きやすい服などを密かにかき集めて……


 ところが、意識のないアンがブレイブに抱かれ階段を登っていくのを目撃する。

 階段の前に立っていた兵士に事情を聞けば、アンはしばらくの間身の安全のため最上階の部屋で過ごすことになったと言われてしまった。

 そして、しばらくして階段を降りてきたイルカに尋ねると、「アン王女様のお世話は私がするから、お前は関わるな」とあしらわれてしまう。


 マジカは駆け落ちはどうするのか心配で、階段の前でアンを待った。

 朝陽が登る頃になっても、アンが降りてくることはない。

 気づいたら眠ってしまっていたマジカ。

 急に騒がしくなって、目を覚ますと、ヴィライトがアンを誘拐しようとしていたのをブレイブが阻止。

 その上、ヴィライトは死んだという話が聞こえてくる。


 アンの気持ちも、ヴィライトの思いも全部知っていたマジカは、悲しくてやるせなくて……


「王女様……」


 何度も涙をぬぐい、窓を拭いていると、突然、窓ガラスの向こう側で何かが赤く光った。

 そして……


「王女様!?」


 妖精たちにドレスを掴まれたアンが、ゆっくりと下に落ちていくのが見えた。

 マジカはすぐに窓を開け、ベランダから身を乗り出し、下を見る。


「————だから助けた!」


 妖精たちと話をしているアンを見て、マジカは駆け落ちのために用意した荷物を抱え部屋を飛び出すと、階段を駆け下りた。






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