第7話 王女奪還
「アン王女、こちらに」
ヴィライトに手を引かれ、アンは階段を駆け下りる。
すると、一階では勇者ブレイブと共に戦う第九騎士団たちの姿があった。
「ジェミック卿! ここは俺に任せて、アン王女を安全なところへ!」
「ああ、わかった。頼むぞ勇者ブレイブ!」
馬に乗せられたアンの後ろに、ヴィライトが座る。
「アン王女、乗馬は得意ですか?」
「え、ええ! これでも一応、王女ですから……」
「では、手綱を持っていてください」
ヴィライトはこちらに飛んで来る攻撃を氷の盾で次々かわす。
(この人、炎だけじゃなく氷も扱えるの!?)
通常、生まれつき魔力は一種類だ。
魔力は遺伝によるもので、多くは親から子に受け継がれ、両親の魔力が異なる種類であればそのどちらか一種類のはず。
フローリア王家は、代々光の魔力を持つもの同士で婚姻を繰り返して来たため、アンはもちろん光の魔力しか持っていない。
だがごく稀に、異なる複数の魔力の持ち主も存在する。
ヴィライトは、炎と氷という正反対の魔力を持つ剣士だった。
「ちっ、やはり本元を叩かないと埒があかない……」
何度かわしてもやまない攻撃。
ヴィライトはもっと大きな氷のバリアを作ろうとした。
しかしその時、反対側から矢が飛んで来る。
「きゃっ!」
そのことにすぐに気がついたヴィライトは、反射的にアンに覆いかぶさった。
矢がヴィライトの腕をかすめ、血が流れる。
「ご無事ですか!? アン王女!」
「わ……私は大丈夫。でも、あなたの腕が……!!」
「大丈夫です。これくらい平気です。それより、あの丘の上まで走らせてください」
「は、はい……!」
それからも何度か攻撃は飛んで来た。
ヴィライトは傷を負いながらもアンを必死にかばい、次々と飛んで来る攻撃を跳ね除ける。
ヴィライトが言った丘の上に着いた時、やっとその攻撃が止まった。
「勇者がマラトラ本体を倒したようです。これでもう大丈夫ですよ」
「マラトラ……?」
「あなたを捕まえていた、魔王デルビルの手下の名です」
(そんな名前だったのね……)
マラトラが持っていた魔水晶という武器を壊すのは、勇者が持つ聖剣が必要だったとヴィライトから事の次第を聞いたアン。
魔水晶を使えば、遠く離れた場所からの複数攻撃が可能であった。
「あなたは、どうして、私を助けに?」
「アン王女が乗った馬車が、王都に戻ってきたのです。護衛二名の死体を運んで……それで、この地に遠征していた我々の元に伝令がきました。偶然、聖剣を持つ勇者も近くの村にいましたので……」
勇者一行と合流し、アンを助けに来たのだとヴィライトは言った。
「そうだったのね。ありがとう、助けてくれて……あの教会に捕まっていた人たちも、みんな無事?」
「はい。戦いが始まる前に、全員避難させてあります」
ヴィライトが馬の手綱を引き、避難している人々の元へ行くとその中にマジカの姿もある。
アンは馬を降り、マジカと泣きながら抱き合った。
「王女様ぁぁご無事でよかったですぅうう」
「あなたも、無事でよかった。どこも怪我をしていない?」
「大丈夫です。私より王女様の方が————って、あ」
「え?」
背後でドサっと何かが落ちる音がして、アンが振り向くと、馬の横に立っていたはずのヴィライトが倒れてる。
「ヴィライト様!?」
腕をかすめたあの矢に、猛毒が塗られていたのだ。
傷口を見ると、ヴィライトの腕は紫に変色している。
「私を守ったばっかりに……!! ごめんなさい……」
アンはヴィライトに駆け寄り、傷口に手をかざした。
おかげでヴィライトは一命を取り留める。
帰路へつく間、何度か魔王デルビルの手下と出くわしたりしたが、勇者一行がアンを守りながら共に王都へ。
短い間ではあったが、そこではアンとヴィライト、そして、ブライトとの間に良い思い出ができた。
この時はまだ、王が魔王デルビルを倒したものに褒美として王女を与えるという前だったこともあり、アンがヴィライトに惹かれるには十分だった。
これまで色恋沙汰には興味がなかったヴィライトも、負傷者の治療に動き回り、戦場に咲く一輪の花のように美しく逞しいアンに惹かれて行く。
実はブレイブも、そんなアンの姿に惹かれつつあった。
そして、現在————
「————ヴィライト様……」
アンは窓から差し込む太陽の光を浴びて、目を覚ます。
見慣れない天井、壁、粗末なベッドの上。
今自分の置かれている状況を、理解するには時間がかかるほど、ぼんやりとした記憶。
(あれ……? えーと、私……どうして……?)
上体を起こした時、胸に光るリンゴの銀細工が視界に入り、はっきりと昨夜の記憶が蘇る。
銀髪の魔女エリクシアの言葉。
ヴィライトに抱きしめられた、あの力強い腕。
(そうよ、魔女が言っていた。夜明けと同時に東の海岸から船が————夜明け……?)
粗末なベッドから降りて、窓の外を見る。
すでに太陽は昇っている。
そして、下を見れば、ここが自分の部屋よりもっと高い位置にある部屋だと気がつく。
「そんな……どうして?」
昨夜エリクシアが現れた噴水と同じものが見えることから、アンはここが王城のどこか高い位置の部屋であることはわかった。
(行かなきゃ……!! ヴィライト様が、東門で私を待ってる!!)
アンはすぐにドアの方へ走った。
しかし、外側から鍵がかけられてるため、出ることができない。
「だ……だれか!! 誰かいないの!? ここを開けて!! ここから出して!!」
ドアを叩きながらそう叫ぶと、ドアの上部にある小窓が開いた。
ドアの向こうから、こちらを見つめるエメラルドの瞳。
「ブレイブ……!?」
「おはよう、アン。目が覚めたんだね?」
「ちょっと、なにこれ……一体どういうこと!?」
「どうって、そのままだよ。君を守っているんだ」
「ま、守る……? 一体なにから?」
アンから口元は見えないが、ブレイブは微笑み、目が細くなる。
「そんなの、僕たちの結婚の邪魔者に決まっているだろう?」
(それって、まさか————)
「銀髪の魔女エリクシアが、君と接触しないように守っているんだよ。安心して、アン。僕が君を必ず守るから」
「エリクシア……? ヴィライト様は……?」
「ヴィライト? ああ、彼なら今朝方、第二騎士団が捉えて牢屋入れた魔王デルビルの娘と出て行ったよ」
「え……?」
「まったくびっくりだよね。まさか、魔王デルビルの娘とあのヴィライトが通じていたなんて……」
(ヴィライト様が、デルビルの娘と……? そんなこと、あるわけない)
「じょ、冗談でしょ? 何を言っているの、ブレイブ。早く私をここから出しなさい」
「うん、そうだよ。それは冗談だ。でも、ヴィライトはもうどこにもいないのは確かだよ」
「え……?」
「ごめんね、アン。ヴィライトのことは、諦めて」
ブレイブは、血のついたヴィライトの身分証を小窓からアンに見せ、床に落とすと、それを蹴り飛ばして地面から数センチの隙間から中に入れた。
それはアンのつま先にぶつかり、止まる。
「彼は君を拐おうとした大罪人だ。アン……君は、この国を————世界を救うために必要な存在なんだ。ヴィライトのことを忘れるまで、アンにはここで生活してもらう」
「そんな……どうして……?」
「何度も言っているだろう? 僕たちの邪魔をする魔女エリクシアから、君を守るためだ。そういうことだから、おとなしくしているんだよ? アン。まだ式は挙げていなくても、君もう、僕のものなのだから————」
小窓が閉められ、ブレイブの足音が遠ざかっていく。
アンは力なくその場に座り、ヴィライトの身分証を手に取をとると、しばらくそのまま動かなかった。
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