第4話 魔女の警告
煙が天高く上がると、赤い月の色が紫に、紫から青へと変化。
火炙りにされ、燃え盛る炎の中で悲鳴をあげるアンを、民衆が静かに見守る。
そして、悲鳴が聞こえなくなった頃、民衆は涙を流して喜んでいた。
『これで助かったわ』
『世界は救われた』
『ありがとう、アン王女様!』
月の色が完全に青に変わる頃には、アンもアンが縛られていた十字架も燃え尽きて灰になっていた。
そこへ民衆の声援を受けながら、舞台の上に立つ王と勇者ブレイブ、大司教クロマ、聖女ミエルワ。
人々は妻を犠牲にしてまで、世界を守った男としてブレイブを讃える。
『ブレイブ様、万歳!!』
『勇者様、万歳!!』
『フローリア王国、万歳!!』
エリクシアが光の円の内側に映して見せたものは、アンがこのままブレイブと結婚した場合の未来だという。
「月が赤いのは、魔王デルビルの呪いがまだ残っているということだ。アン・ニード=フローリア、お前は勇者と結婚し、これから約一年後————19歳の誕生日、魔王デルビルの呪いを完全に消すために生贄として捧げられる」
「そ、そんな……」
あまりに恐ろしい話に、アンは顔色が真っ青になり、倒れそうになる。
ヴィライトは、そんなアンを支えるように腰に手を回した。
「それだけじゃない。ここから少し時を進めるぞ」
円の内側に今度は第四王女のベリーが映し出される。
青白い月の明かりの下、美しい花嫁のドレスを着たベリー。
そのベリーを抱きしめるブレイブ。
「お前を犠牲にし、魔王デルビルの呪いを完全に消した後、勇者ブレイブはお前の妹、ベリー・ニード=フローリアと再婚する。それからほどなくして、王位継承権第一位の第二王子が水難事故に巻き込まれ溺死、第三王子は隣国で山賊に襲われ死亡。ほぼ同時に跡取りの二人を失った王は、その心労から体調を崩し崩御。王座にはブレイブと結婚したことにより、民衆から圧倒的な支持を受けてベリー・ニード=フローリアが女王として君臨する。つまり、フローリア王国の女王を手に入れてたブレイブは、世界を手に入れたも同じ」
矢継ぎ早にその後の世界の話をしたエリクシアが、かざした手をローブの中に戻すと、光の円がすっと消えた。
「私はお前を救う約束を果たしに、このことを警告しにきたのだ」
「約束……? 約束って、一体何?」
エリクシアはローブの中からもう一度手を出すと、アンの淡い桃色の髪を指さした。
「お前の母であるミリア・ロート=フローリアは、お前と同じ、美しい髪を持つ私の友だった」
「お母様が……?」
「そうだ。お前を産んですぐに死んでしまったが……私はその時前に約束したのだ。ミリアの友として、必ずお前を救うと」
アンの母親で第三王妃だったミリアは、エリクシアの言った通りアンを産んですぐにこの世を去った。
アンの姿は、ミリアによく似ている。
エリクシアは友人であったミリアに、アンを救うように頼まれていた。
「そこで、お前の出番だ。ヴィライト・ジェミック卿————」
今度は射るような視線をヴィライトに向けるエリクシア。
ヴィライトは、身構えながらエリクシアの次の言葉に耳を傾ける。
「————誇り高き第九騎士団団長のお前に、世界を裏切る覚悟はあるか?」
第九騎士団は、フローリア王国建国時の伝説の騎士が率いた、歴史ある騎士団。
フローリア王国最強の騎士団と呼ばれている。
先祖代々、その騎士の末裔であるジェミック家の子息が団長の地位を受け継いできた。
ヴィライトは魔王の手下との戦いで勝利はしたものの大怪我をし勇退した父の後を継いで、団長となった男だ。
国に対する忠誠心は、幼い頃から叩き込まれている。
そんなヴィライトに、エリクシアは選択を迫った。
「世界を裏切るとは?」
「アンと勇者の結婚を阻止するということは、この国を裏切るということだ。フローリア王国は最早この世界の全てと言っても過言ではない大国。お前に、その覚悟があるのなら協力しろ」
ためらう必要なんてない。
世界を裏切ることになっても、愛しいアン一人を犠牲にして成り立つ平和なんて、そんなものは平和とは言えない。
アンがいなければ……
アンが幸せな世界であることが、ヴィライトの望む世界だ。
ヴィライトは深く頷いた。
「覚悟ならある……」
「ヴィライト様……でも、それではあなたが悪者になってしまいます」
「俺は、構いません。あなたを犠牲にするくらいなら、世界なんて滅びてしまえばいい」
ヴィライトは強くアンを抱きしめた。
アンもそれに応えるように、ヴィライトの背に手を回す。
「————そうか。それならいい。では、逃げろ。できるだけ早いほうがいい」
エリクシアはそう言いながら、自分の手のひらを上に向ける。
すると何もなかった手のひらの中に、赤い光ともに現れたのは、リンゴの形をした小さな銀細工が二つ。
「これを首から下げておけ。それを見せれば、私と契約した者たちが助けてくれる」
赤い光を放つそれは、ふわりと宙に浮いてアンとヴィライトの胸元でそれぞれ止まると、ペンダントに変化した。
「明日の朝、夜明けと同時に東の海岸から船が出る。それに乗って、ドワーフたちが暮らすドーグ
「ドーグ島に?」
「まぁ、行けばわかるさ。では、また会おう」
エリクシアはそう言って後ろに下がり、背中から噴水の水と同化するように消えていった。
エリクシアが消えると、それまで消えていた噴水の音も、パーティーの音楽も、人々の会話の声も、全てが元に戻る。
アンとヴィライトは、まるで夢でも見ていたかのような感覚がしたが、お互いの胸には確かにリンゴの銀細工。
赤い光は放っていなかったが、それだけで十分だった。
「アン王女……」
「ヴィライト様……!」
もう一度、熱く抱き合った二人は、明日の夜明け前に東門の前で落ち合う約束をしてその夜は別れた。
本当はもっと一緒にいたかったが、部屋にアンがいないことに気がついた執事やメイドたちが探し回っている声が聞こえたせいで、その時は離れるしかなかったのだ。
(明日の朝、ヴィライト様と……————)
アンは明日、ヴィライトとの再会を楽しみに荷物をまとめようと自室に戻る。
ところが————
「アン! よかった、見つかって」
アンの部屋にはブレイブがいた。
そして、ブレイブは戻ってきたアンの姿をみると両手を広げながら駆け寄り、アンを抱きしめる。
アンは振りほどこうとしたが、ブレイブは泣いていた。
「ブレイブ? どうして、泣いているの?」
「よかった。アンがどこにもいないから、心配だったんだ」
「心配?」
ブレイブはアンから離れると、安心したように笑顔を浮かべながら涙を拭う。
「銀髪の魔女エリクシアに、拐われたのかと……————」
「え……?」
(どうして、エリクシアのこと……)
「いっ……!?」
その瞬間、アンの背中に妙な痛みが走る。
睡眠薬の入った注射を、王室執事であるイルカに打たれたのだ。
アンはすぐに意識を失った。
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