第3話 聖女の予言


 噴水に魔女エリクシルが現れたちょうどその頃、フローリア王国の象徴とされるミエール大聖堂に、王と勇者ブレイブの姿があった。

 パーティーをひそりっと抜け出した二人は、王城の秘密の通路を通り急ぎこちらへ。

 大司教クロマ・クーから、新たな予言について二人に話があるということだった。


 昼間であればこの国の歴史を模したステンドガラスから光を浴びてキラキラと輝く美しいこの大聖堂。

 今は一部のロウソクにしか火が灯されていいない。

 仄暗い祭壇の前に、年の割に姿勢のいいクロマと神から予言を授かった聖女ミエルワが立っている。


「それで、その新たな予言というのは……?」


 王が尋ねると、ミエルワは両手を祈るように重ね合わせ、白目を向いた。

 それが神の言葉を告げる際のミエルワのいつもの様子なのだが、王は何度見てもこの姿にギョッとする。

 ミエルワは聖女にふさわしく美しい女で、普段はほとんどほとんど言葉も発しない。

 美しいだけでなく、10代の頃から聖女をしているため現在は30代なのだが、童顔でそんな風には見えない可愛らしさも備えていた。

 だからこそ、そのギャップに怖いと思ってしまうのだ。


「『魔王デルビルは呪いを残している。月が赤いのはその証拠。赤い月が世界を照らす限り、何度でも蘇る。再び魔王デルビルが蘇りし時、多くの命が奪われ、この世界は滅亡するだろう』」


 女性の声とは思えないほど、低く、何重にも重なったような声でミエルワは予言を口にした。


「『魔王デルビルの呪いを完全に消すためには、フローリア王家の血を引く娘を一人生贄に捧げよ。さすれば、世界は救われる』」


 ここまでは、何度も聞いたことがある予言だ。

 もともと、魔王デルビルを倒したものに褒美を与える約束をしてはいたが、この予言を初めて聞いた数ヶ月前、王は金貨三千枚と爵位、そして、王女を与えると具体的な宣言した。


 そんな中、魔王デルビルを倒したのが、ブレイブだ。

 隣国との国境近くの村で生まれ育ったブレイブは、仲間を増やしながら旅に出て、次々と魔王の手下たちを倒し、王命により魔王討伐のため動いていた第九騎士団と共に戦った。

 その中でアンが拐われるという事件が起こり、見事に解決したブレイブも、一度王都へ訪れた時に、この予言の話を聞いている。


 倒した魔王デルビルが再び蘇ることは、初めから知っていた。

 アンには申し訳ないと思ってはいるが、アンとの結婚生活は長く続くことはない。

 勇者との結婚は、「これから世界のために犠牲となるアンの夢を叶えてやりたい」と王が提案したものであった。


「それはすでに何度も聞いている。新しい予言は?」


 もう一度、改めて王が尋ねると、ミエルワは白目を向いたまま、る。

 まるで頭を後ろから何者かに引っ張られているかのような、奇妙な動きだった。


「『邪魔者が入る。娘から目を離してはいけない。時がくるまで、決して部屋から出さず、この国から出してはいけない』。あああぁ————っ」


 予言を口にした後、プツリと糸が切れるかのように気を失ったミエルワは、そのまま大理石の床の上に力なく倒れる。

 クロマは、ミエルワを抱き起こして椅子に座らせると、見開いたままになっているミエルワの瞼に手をかざして閉じた。


「し……死んだのか?」

「いいえ、気を失っているだけです。ところで王様、この聖女ミエルワが言った邪魔者について、心当たりはありませんか?」


 王には、その邪魔者に見当がつかず、首を横に振る。

 王城の守りは鉄壁だ。

 魔王デルビルが蘇るまで時間もある。

 手下たちは勇者によって倒されているし、ほとんど死んでいる。

 幽閉されているものもいるが、容易に抜け出すことは不可能だ。

 アンは常に城にいる。

 そして、執事とメイドを監視のためにつけている。

 邪魔者が入る隙などない。


「————おそらく、銀髪の魔女エリクシアです」


 しかし、ブレイブはその邪魔者に心当たりがあった。


「銀髪の魔女エリクシア? エリクシアといえば、千年の時を生きている不老不死の魔女だろう?」

「ええ、この世界の全てを見知っている、時の魔女とも呼ばれて言います。魔王デルビルを倒し、王都へ向かう途中の宿で妖精たちが話しているのを聞いたのです。『エリクシアが王都へ向かっている』と……」


 銀髪の魔女エリクシル。

 千年の時を生きている不老不死の魔女には、生きているのが長い分、さまざまな異名がついている。


「その魔女がなぜ、王都に……?」

「聞いたことはありませんか? エリクシアと魔王デルビルが男女の中であると————」


 それは王がまだ王子であった頃、確かに噂されていた話であった。


「まさか……では、エリクシアは魔王デルビルを復活させるため、アンを殺そうとしているのか!?」

「おそらく、そういうことだと思います」




 * * *



「あ、あなた誰!? どうして、私の名前を……!?」


(せっかくいいところだったのに!!)


 本当に後少しというところで、声をかけられ寸止めされてしまったアンは、エリクシアを睨みつけた。

 それに、妹と同じくらいの年齢にしか見えない子供に名前を呼び捨てにされているのだ。

 イラっとしても仕方がない。


「私は銀髪の魔女エリクシアだ。千年の時を生きた不老不死の魔女とも呼ばれているが……私はこれが一番気に入っている」

「エリクシア……? エリクシアって……あの、伝説の!?」


 小さい頃、よく読んだおとぎ話に出てくる伝説の魔女エリクシア。

 千年も生きているなんて、よほどの婆さんだと思っていたら、なんとも可愛らしい小さな女の子の姿に、アンは驚きを隠せない。


「エリクシアって、もっとこう、腰が曲がっていて、鼻がワシのように高くて……」

「それは私をモデルにした童話のことだろう? この姿では、魔女の怖さは全く感じられぬだろうから、そういう風に描いたのだろうよ————って、私がしたいのはそんな話ではない」


 エリクシアは噴水の上から地面に着地すると、地面に手をかざした。


「これを見よ」


 ふわりと暖かい風が吹いた後、地面が丸く光る。

 その丸い円の中に、大きな赤い月の下で十字架に縛り付けられているアンの姿が浮かび上がった。

 その足元に、炎が燃え盛っている。


「アン・ニード=フローリア、このまま勇者ブレイブと婚姻すると、お前は死ぬことになる。そして、勇者ブレイブは世界を滅亡から守るために、妻を犠牲にした男として人々から讃えられ、この世界の王となるだろう————」





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