第5話 勇者と騎士
ブレイブはアンを抱きかかえ、城の一番上の階へ登った。
そして、最上階にある窓が一つ付いているだけの誰も使っていない部屋のベッドにアンをそっと降ろす。
愛おしそうに意識のないアンの淡い桃色の髪を撫で、額にキスをした。
「ブレイブ様、本当に、銀髪の魔女が王女様を狙ってこの城に現れるのですか?」
イルカが尋ねると、ブレイブは深く頷く。
「ああ、おそらくね。銀髪の魔女は、魔王デルビルを復活させるため、僕とアン王女の結婚の邪魔をしてくるだろう。アンは魔王デルビルの呪いを消し、この世界に平和をもたらすために必要な存在だ。決して、この部屋の外に出してはいけないよ」
「は、はい。それは、わかっております。しかし、銀髪の魔女がこちらへ来た場合はどうすれば? 魔力のない私には、防ぎようがないのですが……」
「それはない。銀髪の魔女は、水がある場所からでなければ出現できないらしいからね」
銀髪の魔女は様々な魔法を使うが、ブレイブの聞いた話では彼女は水の魔力を持つ者だ。
水の魔法が使える者は、水があるところであれば自由に出入りできるが、それはある程度の量がなければ無理だ。
城の最上階であるこの部屋には、水が溜まる場所がない。
たとえ雨が降ったとしても、雨粒から出現することはできない。
「少しかわいそうだけど、銀髪の魔女を捕まえるまでは、ここにいてもらうしかない」
明後日はアンの18歳の誕生日。
ブレイブは枕元に王都に来る前に用意していたプレゼントの箱を置いて、部屋を出た。
扉には外側から鍵をかけ、見張りの兵士を二人。
最上階へ続く階段の前にも、同じく兵士を二人配置。
全て王が、世界のために指示をしたこと。
ブレイブは中庭からアンがいる最上階の部屋を見上げ、アンのために十字を切った。
「神様どうか、彼女をお護りください————」
* * *
ブレイブがパーティー会場に戻ると、ともに魔王デルビルを倒すため戦った第九騎士団の面々がベロベロに酔っ払っている。
団員たちにはそれぞれ家があるが、今夜は皆城に寝泊まりする手はずになっていた。
だからこそ、こうして羽目を外し、安心して騒げる。
「勇者様ぁぁどこに行ってたんですかぁ……!」
酔っ払った団員たちに絡まれながら、ブレイブもようやく酒の席に参加した。
魔王デルビルを倒した祝いの席だというのに、主役が中抜けしていたことに気づいたのは、第九騎士団団長であるヴィライトの側近・ソイジャー。
騎士団の中で一番若いが、洞察力に優れた男である。
ただ、酔っぱらうと誰彼構わず肩を組み、自慢のもアフロヘアをこすりつけて絡んで来るのが、非常に面倒だ。
「団長も全然帰ってこないしぃ……俺たち、やっと魔王を倒したんですよぉ? もっと飲みましょうよぉ」
「わかった、わかった。それより、団長もいないってどういうことだ?」
「だーかーらーぁ、いないんですよぉ。さっき貴族のお嬢様と無理やり踊らされて、それからいつの間にかいなくなっちゃったんです。この喜びを団長とも分かち合いたかったのにぃ」
ソイジャーは、空になったジョッキに酒を注ぎながら、ヴィライトへの不満を口にした。
「団長ってもしかして女に興味ないんすかねー? 年の近い勇者様がアン王女と結婚するんだから、団長もそろそろ誰かいい人を見つけたらどうですかーって、俺いっつも言ってるんすけどね。ずーっと難しい顔してて……俺、団長が女と一緒にいるところほとんど見たことないですよ?」
「そうなのか? モテそうなのに……」
「そりゃぁ、勇者様と同じくらい団長も顔はいいですけどぉ……冷たいんすよねぇ、遠征先の村一番の美女とか、貴族のお嬢様とかにデートのお誘いをされることは多々あるんですけど、全部断っててぇ」
「そうなのか?」
ブレイブが第九騎士団と行動を共にするようになったのは、魔王デルビルの手下にアンが拐われた時からだ。
フローリア王国の端の貧しい村で育った勇者でさえ、第九騎士団の評判は耳にしている。
団長が息子に引き継がれたとは聞いていて、まさかその息子と自分が大して年齢が変わらないとは思ってもいなかった。
若い団長が率いる第九騎士団は、その名前にふさわしく魔王デルビル退治には欠かせない存在。
ブレイブも共に戦ったヴィライトには、幸せになって欲しいと思っている。
「そういえばぁ……アン王女救出作戦の後くらいですかねぇ? その前まで、女性に誘われてもただ冷たくあしらって、『俺の仕事はこの国を守ることで、女と遊ぶことじゃない』とか言って、女の子泣かせてたのに、急に『心に決めた人がいるから』って、ちょっとだけ優しくなったんですよねぇ」
「へぇ……そんなことが……」
確かにブレイブも何度かそんな場面に遭遇したことがあった。
ブレイブをはじめとする勇者一行は、皆、若い上に美男子揃い。
なかでも特にブレイブとヴィライトは別格で、魔王討伐の旅で立ち寄った宿屋や、修道院、村長の家などでは、身分関係なく女たちがキャーキャーと黄色い声援をあげていたほどだ。
騎士団員の中にはそこで恋に落ち、魔王討伐後に結婚の約束を交わした者もいる。
ブレイブはアンとの事があるため、女たちの誘惑に負けることはなかった。
家族や友人を殺した魔王デルビルを倒す。
ただそれだけを目標に戦ったのだ。
決して、フローリア国王が提示した報酬目当てではない。
自分の妻となる王女は世界のために犠牲になることを知りながら、アンを選んだのは王に聞いた話がきっかけだった。
幼い頃、王はアンとベリーに将来の夢を聞くと、当時、姉である第一王女の結婚式を見たアンは「世界が羨むような、綺麗な花嫁になること」だと言ったらしい。
ブレイブは魔王討伐に向かう前、王と話をした。
魔王デルビルの復活を阻止するその日まで……
アンが、世界のために犠牲になるその日まで、アンを愛し続けると約束した。
決して苦労はさせない。
絶対に幸せにすると、誓っている。
それが勇者として生まれたの自分の使命だと思っている。
「————んぁ? 団長ならついさっき、自分の荷物を持って家に帰っただろ?」
会話を聞いていた別の団員がそうそう言いながらソイジャーとは反対側のに座り、肩を組む。
こちらもかなりの泥酔状態だ。
「家に帰った? 酒も呑まずにか?」
「ん、あぁ、団長は酒はあまり好きじゃないみたいだしなぁ……」
「ん? そーいえば、そうだったなぁ」
ソイジャーは酒であやふやになっている記憶を辿り、ポンっと手を叩いた。
「そーだ! そう言えば荷物を取りに戻ってきた団長の肩に、桃色の長い髪の毛が一本くっついてて、俺が取ったんすよ!」
ジョッキを取ろうとしたブレイブの手が止まる。
「例の心に決めた人と相引きでもしてたんでしょうかねぇ? 本当にそんな人がいるかどうか怪しいけど」
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