レベル1悪役令嬢は、強くならねば生きられない

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「シスの馬鹿ああああああ!」


 ドラゴンから走って逃げている最中の私は、とても人には見せられない顔をしているだろう。


 貴族のご令嬢なのに。


 花も恥じらう乙女なのに。


 本来ならドレスをまくりあげて、必死でドラゴンから逃げてるような人間ではないのに。


 あっ涙でてきた。


「あんのスパルタドエス! 帰ったらただじゃおかないわよ!」


 私は使用人の男性を思い浮かべながら、足を動かし続けるしかなかった。


 こうなったのは、シスという使用人が頭をぶったのが原因だ。







 屋敷に勤めている男性使用人のシス。


 私のお世話も任されている彼は、ある日階段から足を踏み外して頭を強く打った。


 彼とは幼い頃から知っている仲。


 その話を聞いた時はいてもたってもいられなかった。


 それで実に行ったら、大事に至る怪我でなかったので安心したのだが、問題なのは体の方ではなく心の方だった。


「お嬢様、この世界はゲームの世界なのです」


 !シスがおかしくなった!


「あなたは悪役令嬢で、ラスボスの攻撃に巻き添えにされて死ぬ運命にあります」


 !変な事いいだしてる!


「しかも、家族も家名をはく奪されて路頭に迷います」


 !重症だ!


 何と彼は、頭をうった時におかしくなったらしい。


 それ以来、何かにつけて私を強くしようと企てるようになった。





 今回のこれもそうだ。


 ドラゴンが住む谷に放り込まれて、全力疾走するはめになった。


「スキル、鑑定発動。はっ、お嬢様! レベルが3も上がってます。すごいですよ。魔力も攻撃力も数値の伸びしろがやばいです。やっぱり全10ルート、どのルートでもまったく違う方法でヒロインを追い詰めるだけありますね。才能の塊です」

「わけわからない事いってないで」


 シスは大喜びだけど、私としてはたまったものではない。


 早く彼を正気に戻さなければ、私が死にかねない。


「そんな事より、約束したでしょう? 無事に特訓が終わったらお医者さんの所に行くって」

「ええ、もちろん。約束は守る男なので」


 だから、こういう条件をつけて、彼を大人しく色々な名医のところに診せているのだけど、今まであまりいい結果が得られなかったのよね。


「こんどこそは。きっと治す方法が見つかるはず。まっててシス、必ずまともに戻してあげるから」

「素早さも上がってる。お嬢様、このままいけばきっと破滅を回避できますよ!」


 やる気は十分。


 だけど、互いに見ている方向が真反対だった。






 その後、お医者さんに診せにいったものの。


 シスを治す方法は見つからなかったため、私はまた地獄の特訓に付き合わされることになった。


 狂暴な手配モンスターがいる密林にほうりこまれたり、魔物討伐ギルドの一員としてハンターごっこをさせられたり。


 ライフの数値はどんどん伸びていっているようだけど。私の心はごりごり削れていった。







「もういや。付き合いきれない! 私、家出するわ!」

「よしてくださいお嬢様、もうすぐで100レベルなんですよ!」

「だって、神級モンスターとの戦いなんてもう二度とやりたくないのよ!」


 心の疲労が極まった私は、気が付いたら自然と家出する準備を整えていたらしい。


 大荷物のカバンを手にして玄関を出て行こうとしたところ、シスに止められて、気が付いた。


 それでもその場から逃げようと体が動くのだから、これはかなりストレスを感じてるに違いない。


「お嬢様だって、うすうす強さの必要性を感じているのではないんですか?」

「それは」


 シスがおかしくなってから三年。


 彼が時折、乙女ゲームのシナリオを口にすると、それは必ず当たった。


 通っている学園にモンスターがやってきたり、修学旅行の観光地が盗賊に襲われたり。


 その度に、鍛えていた私の強さが役に立っていたのだ。


 そのおかげで、親しい者達をなくさずにすんでいる。


 もしも、レベル1のままだったら、犠牲が出ていたかもしれない。


「でも、そんなに言うなら貴方が強くなればいいじゃない。他人事だと思ってぇ」


 涙がこぼれて、床を濡らした。


「前にも言いましたよね。私は強くなれないんです。登場人物ではないから。どうやっても。私が鍛えて強くなれたのなら、とっくにそうしていますよ。でもそうじゃない。どんなに頑張っても、お嬢様を守れるわけではないから。だからこうするしかないんです」


 登場人物、というのはよく分からないが、この世界でレベルを上げられる人間は限られている。


 貴族や王族しかステータス数値を上げられないのだ。


 大昔の英雄の血が流れているのが、この両者しかいないから。


 だから、シスはどんなに鍛えても強くなれない。


 私を守る事ができない。


 私は、袖であふれる涙をぬぐって部屋に戻る事にした。


「100レベルになって、ラストエピソードとかいうのが終わったら、もう強くなる必要はないのよね」

「はい」

「だったら、そこまで行くしかないわ。強さの必要のない世界を手に入れるためには、それしかないのでしょう」

「はい! それでこそお嬢様です。さっそく特訓メニューを考えましょう!」





 それからはちょっとだけ前向きにレベル上げを頑張った。


 嫌々やっていた時とは異なるからか、数値はぐんぐん上昇。


 あっという間に目標の100レベルに到達した。


 これならラスボスの攻撃にさらされても、巻き添えで死ぬ事はないはず。


 レベルアップした日は、シスと手を繋いで喜びあった。





 そしてとうとうラストエピソード。


 邪神の力で国中でモンスターが自然発生して、各地が阿鼻叫喚に。


 私は通っている学校で、他の生徒達を守りながら戦っていた。


 得意の炎魔法で、モンスターを丸焼きにしていると、ヒロインとか攻略対象とか呼ばれる者達が校庭へ出ていった。


 シスと共に追いかけると、そこには地下から封印を解いてでてきた邪神の姿が。


「お嬢様! 出現してすぐに破滅の光線が繰り出されますよ!」

「分かってるわ!」


 見ただけで分かる殺意まんまんの邪神は、大音量で「ぐおおおおおお!」とか「ぬおおおおお!」とか叫んだ後、全方位に黒い光を放った。


 私は全力の炎の壁、しかも五重の壁でこれをガード。


 一つ目の壁が破れて、二つ目、三つ目、四つ目、と光線が通り。


 五つ目で攻撃が止まった。


 あとはヒロイン達がなんとかして、邪神を倒しきった。


 私の出番は終了。


 たまに飛んでくる戦いの余波から建物とか学生とかを守ったりするだけだった。


「これで終わりでいいのよね」

「はい、終わりましたよ」

「やったわ。もう強くならなくていいのね」






 運命を変えたその後。


 私は、強さを追い求めなくていい日々を満喫していた。


 命の心配のない日々はとても素敵だ。


 モンスターの群れに囲まれる悪夢もだんだん見なくなってきた。


 このまま平和な日々が続くかに思われたが。


「あっ、うわああああ」


「ちょっ、シス? 大丈夫!?」


 目の前で、階段を踏み外したシスが、ものすごい音を立てて下へ落下。


 慌てて駆け寄ると、頭を打ったらしい彼が血を流しながら、がばっと身を起こした。


「大変、はやくお医者さんのところへ」

「お嬢様!」


 私は、シスの残念そうな瞳を見て、嫌な予感がした。


 その場から逃げ出そうとするけれど、彼が私のてをがっちりと握って退路を断った。


 頭の怪我の事など忘れきった様子の彼は、口を開く。


「思い出しました、これから2のシナリオがやってきます。でも、希望はあります。レベル上限がなくなったのでもっと強くなれますよ」


 血にまみれた彼の顔を見て絶望した私は、気を失ったのだった。


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