第63話 大昔の話

暗い洞窟の中で、ロッキングチェアを揺らしながら、友人の鳥が運んできてくれた人の噂話の本を見て、世界の移り変わりを楽しんでいる灰色に汚れた《白いローブ》を羽織った老人がいた。


その老人ははじめのページからゆっくりと内容を読んで、あるページでぴたりと手を止めた。


「空を飛ぶ忍術を使った?」


老人はその記事を穴が開くのではないかというほどに何度も読み返すが、空を飛ぶ忍術の詳細は分からなかった。


「アルに弟子などは居なかったはずだが……」


老人は顎に手をあてながら思考に耽る。


アルが死んでから10,000年以上の時が経つ。アルが広めた新しい言葉も断片的にしか残っていない事はこの毎回の本によってわかる。


「まさか、アルのように世界を渡った者が現れた?」


自分で発した言葉を否定するように老人は頭を振った。


「もし世界を渡ったとして、アルのように世界に魔力が満ちていると気づくような天才のわけがない。アルは奇人変人の類だった。体内の術力じゅつりきでやりくりして上を目指す事を考えている人のなかで、大概から術力を増やす事を考えて、魔力なんて変な名前をつけた変態だ」


アル、自分の主を特別視している老人はロッキングチェアから立ち上がり、洞窟のなかを行ったり来たりと歩き始めた。


「しかし、魔力に辿り着く者が現れたとでも言うのか? いや、それだけでは空を飛ぶ事はできん! 異世界の法則と重力という訳のわからない力を理解して、リンゴを地面に落としてほらなと笑うネジの外れた考え方があってこそのはずだ」


老人は、主に聞いた馬鹿馬鹿しい話を覚えている。


ここは空の星と同じように宇宙の一つだとか、自分達は地面ほしに引っ張られているだとか、地面は丸く繋がっているだとか、自分達の居る場所はゆっくり回転しているだとか、頭のおかしい人であったが、一つの偉業を成し得た人間であった事は確かだ。



だからこそ、自分は死して尚、この様な姿でここに存在する事ができる。


肉体を捨てた精霊と主が呼んだ存在になったからこそ主が死ぬまで一緒にいられた。


4、5年という寿命を捨てて今尚この世界に生き続けている。


「でも、もし本当にこの世界に新たな《 使》が生まれたのなら……」


老人はドロンと煙を上げると、そこに老人の姿は無く、代わりに小さなオコジョが立っていた。


先程の老人の姿はこのオコジョの主の晩年の姿であり、主人の事を忘れないようにとずっと変化の術でその姿をもしているだけである。


そのオコジョは、この洞窟唯一の鳥が入って来れる位の小さな出入り口を通って外に出ると、側にある大きな岩の上に登った。


「もし、本当に魔法使いが生まれたのなら、永遠を生きるこの存在をアルの元に送ってくれるかもしれない」


精霊というのは、このオコジョにとっての呪いであった。


主が死ぬまでは、ずっと主人と共に居られる最高の祝福であった。


主が、死んで、残されてからは、主人が言ったように主の姿で人と共に生き、交流を持った。


しかし、仲良くなった人達も、主と同じように自分よりも先に死んでいき、悲しみだけが募っていく。


主が、自分の死を否定したかった気持ちが、分かると思った。

そして主にもう一度会いたいとずっと願ってきた。


更に時が経つと、親やそのまた親の友達であるオコジョが死なない事を気味悪く思う人達が増え始めた。


そして募った負の感情は、オコジョをばけものといって攻撃した。


オコジョと言っても人の姿であったし、周りには他にも人が居た為に、オコジョは魔法を使って周りに被害が及ばないように務めたが、人々の感情は、強大な力を持った妖を恐れ、排除しようとした。


そんな中、オコジョに声を掛けてきたのはオコジョの友人の息子であった。


その息子は提案した。


人と争うのが嫌なら、閉じこもってはどうだろう?


息子が妖を封じた事にして、姿を隠せば争いは終わる。


心が疲弊していたオコジョはその提案にのって、岩山に閉じこもった。


そして、争いは終わった。


争ったからといって人間が嫌いになった訳ではない。


たまにオコジョの姿で岩山を抜け出し、人の営みを覗きにいくこともあった。


しかし、真っ白なオコジョはこの辺りにはおらず、見つかれば獲物として追いかけ回される。


結果、もう何千年も、仲良くなった鳥に人の営みを知る事ができる本を届けてもらいながら洞窟ここに閉じこもってはいた。


「それも今日で終わりだ。待っていろよ! 魔法使いの小娘ども!」


オコジョは雑誌に載っていた少女達を探して走り出した。


これが、数千年前の大妖怪の引きこもり生活封印終わった解かれた瞬間であった。

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