第40話 バス移動

あずきはアイドルの仕事で雑誌の撮影に来ていた。


わざわざバスで中等学校がある里から移動しての仕事である。


「今日は学校の服装と違うんだね」


あずきに声をかけて来たのは多分同じ仕事の撮影がある中等学校の先輩綾乃ライアであった。


「はい。今日はお父様が来ますから……」


「あの格好はお父さんに隠さなければならないくらい恥ずかしい物なの? だったら、普段からやめた方がいいんじゃない?」


ライアの言葉は、あずきの胸に突き刺さった。

正直、今日もまほろやはやてとお揃いの魔女の服で来ようと直前までは考えていた。


でも、直前になって恐怖で来て来る事ができなかった。


子供の頃から、父の言う事は絶対であった。

この仕事も、里の為になるからと父に言われた事が始まりだ。


厳しい忍術の修行も後継として、里の為。


子供の頃にお喋りをして、また仲良くしたいと思ったまほろとの仲も、父がが変わるなと言うから諦めていた。


でも、今の状況は自分でもまさかの状況だ。


学生の間にまた一度くらい話せたらいいなと思っていたまほろと友達、親友と言えるほど仲良くなり、魔法を習い、魔女を目指している。


とても、とても幸せな時間だ。


私が、小鳥遊家の道具ではなく小鳥遊あずきだと実感できる時間。


「僕はね、この仕事を好きでやってるよ。女の子にちやほやされるのが好きだしね。でも、君は昔から笑顔がぎこちないよね。僕からしたら中途半端で、雑誌を買ってくれる人達に失礼だと思う。 だけど、君が学園であの妙ちくりんな服を着て友達と過ごす姿、笑顔はとても素敵だと思うよ。 お父さんにちゃんと伝えたらどうだい? 自分がどうしたいのか」


ライアの言葉に、あずきは返す言葉が無かった。自分でも、いつまでもこのままでいられない事は分かっているからだ。


「僕がなぜこんな事を言うかっていうとね、今日の君の顔が死んでいるからだよ。学校で見る笑顔でもなく、以前の撮影の時のようなプロの顔でもなく、やりたくない事をやらなければいけないような死んだ顔。 今日、本当はここに来るよりしたい事があったんじゃないの?」


「それは……」


あずきは今日の撮影よりも、まほろやはやてと一緒に魔法の練習をしたかった。

それは事実である。でも、この仕事は里の為に後継として父に言われた仕事である。


「君の意思をちゃんと伝えたほうがいい。僕もこの仕事を始める時は家族に色々と反対されたけど、今では応援してくれてるよ。一応、一族の為に口寄せ動物のアピールにもなるしね」


ライアはバスの中で大人しく肩に止まっている鷹の喜三太の顎を人差し指で撫でた。


喜三太が同乗できるのはこのバスが貸切だからだが、その権利を得る為にライアは頑張ったのだろう。

撮影の時に、基本ライアと喜三太はセットだから喜三太は仕事の最中は他の口寄せ動物より優遇される。


ライアの話を聞いて、自分はどうするのか、どうしたいのか、目的地に着くまでバスに揺られながらあずきは考えるのであった。

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