第36話 空

「飛べるようになった事やし、今度の休みの日にいきたいところがあんねん」


始まりははやてのそんな一言だった。


練習を重ねて、はやてとあずきの2人も自由に空を飛べるようになった。


まほろのように高速では飛べないが、普通に飛ぶ分には支障ない。


そこで、休みの日にちょっと遠くまで飛んでみようかという話をしていた時に、はやてから提案があったのだ。


「実は、私のお母ちゃんのお墓参りなんやけど、山の上にあって中々行けへんかったんやんか。良かったら、お母ちゃんに2人を紹介したいしどうやろ? あ、死んだ人に紹介なんておかしな話やんな、はははは」


はやての話し方的に、勇気のいる行動だったと悟ったまほろとあずきは、快く休みの日にはやての母のお墓参りに行く事を了承したのであった。



そして休日になり、はやての案内でお墓がある山へと、空の旅を楽しんでいた。


「空を飛ぶってとても気持ちいいわね。鳥が空を飛びたがったのも分かるわ」


ゆっくり飛ぶと、頬を撫でる風がとても気持ちいい為、あずきがそんな事を言った。

この世界には進化論と言う言葉は無く、人も、鳥も犬も猫も、虫でさえも今の状態で神によって生み出されたとされている。


そして鳥が飛ぶのは、空に憧れたから。


チャクラを使って飛ぶ術を覚えたというのがこの世界の常識である。


空対力学などと言っても、通じる人はいないであろう。


だからこそ、こうして箒で空を飛ぶのは特別な事なのだ。


「ホンマやなぁ。でも、雨降って無くてよかっわ。雨降ってたらこの気分も台無しやったで!」


「それなら心配ないよ」


はやての言葉を、ニヤニヤとしたまほろが否定した。


「え?」「どういう事?」


まほろの言葉に、はやてとあずきは不思議そうな顔をしている。

雨が降れば、この予定もキャンセルだったかもしれないと思っていたからだ。


「上だよ、うーえ!」


まほろは、人差し指で上を指しながら2人に言ったが、2人は理解できずに首を傾げた。


「ついてきて!」


まほろはニコリと笑った後、2人に呼びかけてすぅっと空の上へと登っていく。


「まってや!まほろちゃん」


「行きましょう」


はやてとあずきはまほろに言われるままに目の前の雲の中に入っていった後を追いかけた。


目を瞑り、意を決して雲に突入するはやてとあずきは、少し湿っぽいだけで何も感じない事を不思議に思って恐る恐る目を開けた。


その瞬間、2人は雲を突き抜けて、雲の上へと出た。


「ようこそ、雲の上の世界へ」


太陽の光を浴びて笑うまほろの言葉を聞いて、2人は驚いた顔をした。


「く、雲の上ってここは天国なんか?」


「か、神様が居るの?」


2人の驚く姿に、まほろはクスクスと意地悪そうに笑った。


雲の上に人が行ったことがないこの世界では、雲の上は天国で、そこには神々が暮らしていると信じられている。


「雲の上に天国はないよ。神様もいない。何にもない世界かな?雲の上だから雨も降らない。だから、どれだけ土砂降りでも、雲の上を飛べば、晴れた日と同じようにお出かけできるんだよ」


まほろの説明がに、2人は雷に打たれたような衝撃を受けた。


いや、雲の上だから雷に打たれるではなく打ち上げられるかもしれないが、モノの例えである。


魔法の他にも、常識が崩れてしまった2人は驚きで狼狽えてしまっている。


はやては口を開けたまま固まり、あずきは頭を抱えて「もう何があっても驚かないと思っていたのに……」と呟いている。


世界の真実をまた一つ知ってしまった2人は、雲の上の移動の間、その事実に納得するように努めるのであった。

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