第34話 猪狩トギ2 呪縛

幼少期、猪狩トギには憧れの人物がいた。


《東雲まほろ》


それが彼女の名前である。


彼女は同世代の里の子供達の中でカリスマ的存。


4歳になって、忍びとしての基礎を教わり始めた頃、同い年だった彼女は里長の娘として、いかんなき才能を発揮して、4歳にして初級忍術全てを操り、木から木の間を難なく飛び越えられる程に身体能力も高く、天才と呼ばれ、里の子供達の憧れであった。


例に漏れず、少年トギも、彼女に憧れ、自分も彼女の様なすごい人になろうと思った。


それに、猪狩家は里の中では上位の家であり、父からも将来は里長になる彼女を支える立派な忍者になる様にと言われて育った。


それが変わったのは5歳の時であった。


里長の所に男の子、長男が産まれた。


それはそれでめでたい事であり、里中が喜んだ。

しかし、里長を継ぐのが御長男になっただけで、彼女は里の天才的な忍として活躍するだろうし、自分もその部下として頑張らなければならないのは同じであると思っていた。


しかし、御長男が産まれた直後から、彼女の行動に異変が生じた。


彼女は忍者としての修行をしなくなり、面妖な服を着出して、箒を持って歩き始めたのだ。


里の大人みんなが彼女の事を否定し始めたのもその頃であった。


里長は認めており、彼女が自由に生きる事を許していたが、彼女が、忍者ではなく、よく分からないものになろうと言っていて、忍びの修行をせずに、訳の分からない本を片手に家に閉じこもりがちになっていったのもあり、彼女に期待していた大人は期待が大きかった分、失望も大きかった様であった。


その中でも、トギの父親は特に激しく、今までの彼女がなかったかの様に、全てを否定した。


息子である少年トギは、「あれの様にはなるな」「あれよりも立派にならなければならない」などと言って、スパルタな教育を叩き込んだ。


初等科に上がると、教師も彼女に対して否定的だった事もあって、里の子供達の彼女に対しての印象は捻じ曲がった。


彼女がどれだけ自分達より優秀な成績を取ろうとも、マイナス評価。

なんなら、教師の間違いを指摘したり、教科書よりも効率的な忍術の使い方を提案しても、生徒達は教師に、変な工夫をして彼女の様にならない様にと念を押されて教育を受けた。


良かれと思って言った事を何度も無視された彼女は、次第にアドバイスする事も無くなり、彼女は授業中にも関係のない本を読むようになり、授業に参加しなくなった。


しかし、そんな彼女も試験は受けなければならず、戦闘試験なども受ける事になる。


戦えば、生徒達は彼女に勝つことはできない。


それでも彼女の成績は最低評価であり、そんな彼女に負けた生徒達は家で家族に怒られるのだ。


トギも、毎回父親に叱られた上で厳しい追加の修行をさせられて、次は勝つようにと命令される。


そんな事が初等学校の間続けば、里の子供達が彼女に向けるのは憧れではなく対抗心でもなく、恨みに近いものになっていった。


卒業試験でも、トギは彼女に負け、父に叱られる事になった。


2番の成績を叩き出し、この時期に中級忍術を使えるようになっても、彼女に負ける限り認められて褒められる事はなかった。


そして、言われるのは中等学校に行ってまでも無様な所を見せるなと言う指示。


トギは、どれだけ負けようとも彼女を否定する様に育てられた。


トギにかけられた呪縛は、彼女を完全に否定しきるまでは解ける事はないのであろう。

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