竜狩り奇譚:【第十三話】決戦と死闘と竜狩り

 以降は危なげなく塔に入り込んだ一行は、塔の内部から上を見上げる。

 そこは内部も大きな塔だ。

 今では建築することもできないほどのもので、古代の今はもう失われた技術により造られた塔。

 その壁面の材質もよくわからない滑らかな素材でできている。

 塔に入ってから少しして、ズシンと響く音が上からして塔が厳かに振動する。

「竜の奴がてっぺんの巣に戻ったようじゃな」

 ギョームがその振動を感じて塔を内部から見上げる。

 塔の内部もかなり広く壁に沿って内側に螺旋階段が出来ている。

 中心に一本太い柱があるだけで後は吹き抜けになっている。

 そのまま屋上まで階段が続いているだけで他に何もない。

 灯台とも考えられているが、灯台のように光を発するようなものもない。

 一行はゆっくりと一段一段階段を踏みしめ、塔を上がっていく。

 塔内部は本当に何もない。何のために建てられた塔なんか、こうしてその内部を実際に登ってみても検討すらつかない。

 しばらく塔の登ると、上から唸るような音が聞こえる。

「竜の奴、喉を鳴らしてやがる」

 ギョームが上を見上げ、憎々しげにそう言った。

「待ち構えていると?」

 コラリーが不安そうに聞き返す。

 竜に出待ちされたら、コラリー達にはなす術がない。

 階段を上がり切ったところに火でも吹かれたらそれこそ一網打尽になる。

「そんなところだろうよ」

 そのことをわかっていながらもギョームは階段を登る足を止めない。

 コラリーも覚悟を決めて階段を登る。

 コラリーにも、どうしても竜を討伐しなければならない理由がある。

「では、今のうちに矢に主の祝福を施しますぞ」

 階段に登り疲れたサービがそう言って足を止める。

 仕方なくギョームとコラリーも足を止める。

 コラリーが階段から下を見るともうかなり高い位置にいる。

 手摺は一応あるが、下を見ていると引き込まれそうになる感覚になるのでコラリーは階段から下を覗くのをやめたほどだ。

「それ、どれくらい効果があるの?」

 カディジャはそう言いつつ、矢筒ごとサービに矢を渡した。

 それを受け取ると、サービは矢を丁寧に矢筒からだし、階段に置き、サービ自身もその前に跪く。

「竜の抵抗力を考えますと、効果絶大、とは言えませんな。ただ竜の身に刺さりさえすれば多少なりとも効果は保証しますぞ」

 矢を丁寧に並べ替えなおしながらサービはそう答えた。

「ないよりはましって感じ?」

 カディジャの容赦ない言葉に、ムッとした表情を見せる。

 ただそれは事実だ。それでもサービにははっきりとさせておかないければならないことがある。

「身もふたもないですな。しかし、まあ、竜相手ではその評価もしかたないでしょうな。それと、念のため言っておきますと、それは我らが主が力不足なのではなく、祝福を授ける拙僧が未熟だからですぞ」

 サービは必死になって、それだけは譲れないとばかりに言った。

 カディジャはそれをめんどくさそうにしながらも、

「まあ、お願い!!」

 と、両手を合わせてサービに頼み込んだ。

 やっておいて損はないことはやっておかなければならない。

 カディジャも竜と対峙してその力を直に感じている。

 今のままの矢では何本竜に打ち込もうとも竜を倒すまでは至らないことを直感的に感じている。

「はい」

 サービもそのことをわかっている。

 多少不遜なことを言われても竜さえ倒せばこの国でも自分の信じるものを広めることができる。

 そのためには多少のことは目を瞑らないといけない。

「遥か天より見下ろす我らが主よ。我の願いを聞きとどめ、悪しき竜に立ち向かう奇跡を授けん。神気武装祈願」

 サービが祈ると、あやしい紺色の光が弓やに宿る。

 一時的ではあるが神の神気を宿らせたことには違いがない。この国では邪教とされてはいるが神の気が宿るのであれば効果はあるはずだ。

「おお、竜の鱗が怪しく輝いてますね」

 オーラともいうべき神気にカディジャは満足そうに矢を回収して矢筒に収めていく。

「怪しくとはなんですか! 素晴らしき我らが主の輝きですぞ」

 怪しいと言われサービは怒りはしたが、カディジャの顔が思いのほか満足そうだったので気にしないことにした。

「準備はいいですか?」

 矢を回収し終わったのを見てコラリーが声をかける。

「ボクはいつでも!」

「拙僧もいつでも平気ですぞ」

 カディジャとサービが返事をする。

「少し心の準備する時間を頂けますか?」

 それに対し、サイモンがそう言って、深呼吸を始める。

 とはいえ、無理もない話だ。大役ともいえる大弓を任されてはいるが、サイモンは弓矢に関しては素人だ。

 緊張しても仕方がない。

「は、はい…… しかし、竜が待ち構えているとなると、階段を登りきったところで火を吹かれて終わりにはなりませんか?」

 サイモンが深呼吸している間に、コラリーはギョームに不安だったことを聞く。

「どうじゃろうな。竜の奴もこの巣を燃やしたくはあるまい。それに喉を鳴らしているからには、いきなり火の吐息は来ない。火を喉に貯めていたら喉は鳴らんからな」

 ギョームが恐れずに階段を登っていた理由は、いきなり火を吹かれないことだけはわかっていたからか、とコラリーは安心する。

 ギョームの竜の知識がそこまであるとは思ってもみなかったが、勇み足でないことだけわかればいい。

「そこまで詳しいのですね、いえ、深くは詮索しませんよ。我々は竜を倒す、それだけでいいはずです」

 コラリーはギョームがそこまで竜に詳しい理由を知ろうとは思わない。

 それにコラリーとて、未だ言えない理由もある。

「まあ、そうじゃな。倒せればそれでいい」

 ギョームもそれに納得する。

 まずは竜を倒すところからだ。その後のことは竜を倒した後で考え、行動すればいい。

 深呼吸を終えたサイモンが、

「か、覚悟も決まりました」

 と、緊張した面持ちで告げてくる。

「では行くとするが、竜狩りの時間じゃ!!」

 そう言ったギョームが階段を一気に上り切り、塔の屋上へと出る。

 ギョームの姿を確認して竜が吠える。

 それはまるで戦いの合図かのようだ。

 ギョームが言っていた通り、竜もいきなり火の吐息を吹きかけてくるようなことはない。

 この塔が燃えることを恐れてか、それとも腹すかせて食いつきたいのか。理由はわからない。

 ただ火の吐息を吐かれはしないことだけは確かだ。

 続いてカディジャが屋上へと躍り出る。挨拶とばかりに竜の瞳に矢を射るが、竜は頭を揺らし簡単にかわされてしまう。

 竜からすれば、カディジャの弓の威力では目以外は脅威にならないのだろう。

 が、そこへサイモンが弓を構えた状態で階段から現れる。

 サイモンは頭部を狙わず、的の大きい胴体、その中心を狙う。

 サイモンからすれば当たってくれればいい、そんな願いからだ。

 常人では扱えないほどの大弓をサイモンが放つ。

 突風を伴うような勢いで矢は放たれ竜へと風切り音とは言えない天を裂く轟音を伴い直進する。

 誰もが直撃すると思ったそれを竜はくぐるようにスルリとかわして見せる。

「あの体であんな機敏に動くことが……」

 コラリーがそう言って竜狩りの槍を構える。

 それを見た竜が翼を広げる。

「竜が飛ぶぞ! 突風に備えろ!!」

 ギョームが叫んだ次の瞬間、凄まじい風が壁となって押し寄せる。

 未だ階段で待機していたサービ以外その風の壁をまともに受ける。

 ギョームとサイモンはその場に踏みとどまることができたが、コラリーは屋上の床に投げ出される。

 コラリーはそのまま床に伏せて風をやり過ごす。

 サービはそもそも階段から出ておらず風の影響を受けない。

 身の軽いカディジャは突風に吹き飛ばされる。

 屋上の端に何とかつかまり塔から落ちずには済んでいる。

 風が吹きやんだところで、サイモンが手を伸ばしカディジャを引き寄せる。

「ありがとう、サイモンさん」

「師匠、無事でなによりです」

「後にしろ! サイモン、さっきの要領で竜のどこでも位から狙って当てろ! 空中では奴もそう機敏にかわしたりはできん!」

 ギョームが叫ぶ。

 それと同時に竜がその巨体で空中から襲い掛かってくる。

「ぬおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!」

 ギョームが竜に合わせるようにその斧槍を振るう。

 もし湖の精霊に力を込めてもらっていなければ、分厚いつくりの鋼鉄の斧槍でも簡単にへし折れていただろう。

 それほどの衝撃が伝わる。

 竜の腹側の薄い鱗が数枚引きはがされ宙を舞う。

 それと同時にギョームの兜も宙を舞った。

 竜にいくばかの傷を負わせはしたが、ギョームも弾き飛ばされ額から血を流し始める。

 剥がれた鱗に直撃でもしたのかもしれない。

「ギョーム様!」

 コラリーが床から立ち上がり声をかける。

「大丈夫じゃ! ただのかすり傷だ!」

 そう叫んでギョームは立ち上がる。

 それを見たサイモンが叫び、大弓を構える。

 竜がそれを見て距離を取り、塔の周りを旋回しだす。

「サービ様、今のうちに治療を!」

 コラリーが支持をだしサービが応える。

「任されましたぞ! 遥か天より見下ろす我らが主よ。我の願いを聞きとどめ、猛き勇者の傷を癒さん! 神域回復祈願」

 サービは階段から動かぬまま、離れた位置から回復の奇跡を使いギョームの傷を癒す。

 その間にギョームは飛ばされた兜を見つけ出して、再び被る。

 だが、その兜は竜の鱗にでもひっかけられたのか、既に半壊している。

 それでもギョームはその兜をかぶる。

 実用より縁起担ぎといった意味合いのほうが大きそうだ。

「ルー・ティア・ラト・アルト・セント・エル・ルシエド・タンヌ・アントム! 決して外さぬ魔弾よ! 敵を貫け!!」

 コラリーが言語魔術を唱える。

 コラリーのかざした手から、光弾が生み出され竜へと飛んでいく。

 高速で飛んでいく光弾は竜を捉え直撃するが、その鱗に阻まれ大した効果はない。

「やはりこの程度の魔術ではだめですか」

 コラリーが悔しそうな表情を見せる。

 その表情に反応するように、サイモンが弓を大きく引き絞り狙いを定める。

 それをギョームが止める。

「やめろ、矢を無駄にするな。この距離では奴に大した損害は与えられん」

「なら、ボクの出番ですよ!」

 そうカディジャが言うが否や、カディジャは弓を放つ。

 特に狙ったようにも見えない矢は、鋭い風切り音を発しまるで竜の目に吸い込まれるかのように飛んでいく。

 空を飛ぶ竜はそれをかわせない、と判断し瞼を閉じる。

 それだけで普通の矢など弾き返せる自信が竜にはあった。

 それが己の鱗で作られ、神の加護を受けた矢とは流石に思わなかった。

 カディジャの放った矢は竜の瞼を貫通し、サービが施した神気が竜の瞳で炸裂する。

 竜の目が見事射抜かれた。

 空を高速で飛ぶ竜の目を正確に大した狙いもつけずに射貫くとは信じられない芸当だ。

「本当になんちゅう弓の腕じゃ…… 人間技じゃないぞ……」

 歴戦の戦士であるギョームですらカディジャの弓の腕に驚嘆する。

 恐らく当代きっての、いや、史上稀にみる弓の天才なのだろう。

 だが、怒り狂った竜は残ったもう一つの瞳でカディジャに狙いを定める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る