竜狩り奇譚:【第十四話】続・竜狩りと死闘と戦いの行方
怒り狂った竜がカディジャに狙いを定める。
当のガデイジャは平気な顔をして次の矢を走りながら番える。
カディジャが走ったのは自分がサイモンの近くにいたからだ。
サイモンを巻き込まないために走ったのだ。
ただそれはサイモンの身を案じてのことではない。
サイモンに竜を狙うタイミングを与えるためだ。
サイモンもそのことを分かってか、大弓を構える。
カディジャがもう片方の竜の目を狙い弓を放つ。
竜が首を振ってそれをかわす。
空を飛んでいる竜は、それだけでバランスを崩したように慌てて翼をはためかせる。
竜の飛行能力はやはりそれほど高いものではないようだ。首を振るだけでも空中での軌道がずれてしまうように見えた。
だからこそ初弾は竜も瞼で防ごうとしたのだ。
カディジャはそのことをすぐに見抜く。
再び弓を番え、今度は竜を挑発するように鼻先を狙う。
見事に鼻先にあたるが、そのあたりの鱗は特に固い。
矢は簡単に弾き返されてしまう。
竜はカディジャに狙いを定め、上空に一度舞い上がり急降下してくる。
それに対して、カディジャは竜の目を再び狙い矢を放つ。
竜はそれを首を揺らしてそれをかわす。
それはカディジャの狙い通りだ。それで竜が飛んでくる軌道は変わる、はずだった。
先ほど、竜が頭を揺らして矢をかわし、それで竜の軌道がずれたように見えたのは、竜の演技だ。
竜はギョームの言う通り、飛行能力はそこまでないかもしれないが、人より賢い生き物だ。
カディジャに喰いつこうと竜が急降下する。
目に傷を負わせた相手を喰らい、それで目に傷を癒そうと竜は考えていた。
流石にカディジャにもかわせるタイミングではない。
そして、それは竜にとっても矢をかわせるタイミングでもない。
その怪力で限界まで大弓を振り絞ったサイモンが吼える。
そして、槍のごとき矢が放たれる。
轟音を伴った矢は鱗の上からが竜に突き刺さる。
威力、狙い、タイミング、すべてが噛み合った最高の一撃だ。
鋼鉄などよりもはるかに硬い鱗を突き破り、鱗を弾き飛ばし、轟音と衝撃を伴って銀の巨大な塊の矢が竜に突き刺さる。
その衝撃で竜の鱗がはじけ飛び、竜自体も弾き飛ばされるほどの衝撃だった。
ただカディジャも無事ではない。
はじけ飛んだ鱗でその身を切り刻まれ床に倒れ落ちる。
すぐにサービが神域魔術を使い、遠隔で治療を始める。
それでも倒れこんだカディジャの周りには血だまりができ始めている。
鱗に切り刻まれた箇所がまずかったのかもしれない。
弾き飛ばされた竜に向かいギョームが叫び声をあげ突撃していく。
コラリーもそれに続く。
今はカディジャを心配している時ではない。
竜が地に落ちたのだ。
この機会を逃しては、サイモンに絶好の射撃の機会を作ったカディジャ自身にも申し訳が立たない。
サイモンも再度弓を番える。
サイモンの矢を受けた竜は屋上に何とかとどまり、地についたその頭をもたげ始めていた。
腹を空かしていた竜は無礼な侵入者どもを喰らってやろうと考えていた。
それにこの一時的ではあるが新しい巣はそれなりに気に入っていた。
自分の火で吐息で燃やしてしまうにはもったいないと思うほどには。
だが、今はそんなことを考えているつもりはない。
侵入者は敵だった。
獲物ではなく敵だった。
自分を害することができる敵だったことを認識する。
再び人間がその身丈と変わらないほどの弓で自分に狙いを定めているのを確認する。
喉袋に火を貯める。
勢いよくこの場の敵をすべて焼き払うために火を喉に貯める。
竜の喉袋が大きく膨れ上がる。
ギョームもコラリーも、サイモンの弓も間に合わない。
グレハバルの大弓はサイモンの怪力をもってしても力をためなければ引き切ることができな程のものだ。
そもそもがサイモンのように連射などできるものではない。
間に合わない、誰もがそう思った。
ただ一人を除いて。
床に倒れこんでいたカディジャが上半身だけを起こし素早く弓を射る。
そして、弓を放ち終わったカディジャが己の血だまりへと、今度こそ意識を失い沈んでいく。
瀕死の状態で放たれた弓は鋭い風切り音とともに、竜の膨らんだ喉を的確に打ち抜く。
高圧でため込まれた炎が喉袋に開けられた傷から一気に噴き出す。
竜は己の炎では傷つかないし、ほとんど燃えもしない。
それでも喉に、火を貯め込み圧力をかけるための喉袋に穴が開いては、竜の最大の武器である火の吐息を吐きかけることはできない。
竜は喉袋に空いた穴をこれ以上広げないため、口を開いて中途半端な炎を吐き出す。
「遥か天より見下ろす我らが主よ。我の願いを聞きとどめ、勇者達に炎の道を行く祝福を! 神域耐火祈願」
サービの神域魔術の光がギョームとコラリーを照らす。
人間が扱える魔術の火程度であるならば、絶対的な耐火防御の奇跡だ。
竜の吐息にどれだけ効果があるかわからないが、不完全な竜の吐息なら軽減程度はできるはずだ。
サービはさらに神域魔術を使う。
「遥か天より見下ろす我らが主よ。我の願いを聞きとどめ、勇者達に癒しを与えたまえ! 神域範囲回復祈願」
立て続けの神域魔術に、サービも額から脂汗を流して必死に魔術を使う。
今使った回復術式は、炎の中にいるギョームとコラリー、そして、倒れ込んだカディジャを対象としたものだ。
一度に三人に回復の奇跡を使うとなるとサービの負担もかなり大きい。
そのかいあってか、ギョームが竜の吐いた炎をまっすぐ駆け抜け、その斧槍を竜に振るう。
相手が人間であるのなら、必殺の一撃であるはずの攻撃を竜はその鉤爪で簡単に受け切る。
その隙をついてコラリーが地面すれすれの場所を炎の中から駆け、竜の懐まで滑り込み竜殺しの槍を振るう。
槍とはいえそれほど長い槍ではない。
突き刺すより切り付けるほうが傷を多く負わせることができるとコラリーは判断した。
それに下手に突き刺して抜けなくなったら身もふたもない。
コラリーは剣を扱うときはお手本のような守りの剣ではあったが、コラリーの学んだ槍術は違う。
剣術が守りなら槍術は攻めの技。
舞うような動きでありながら何度も的確に竜を斬り付けていく。
もしこれが竜殺しの槍出なければ、そんな斬りつけ方では竜を傷つけることはできなかっただろう。
だがこの竜殺しの槍は、グルガン聖鉄で出来ており、竜を殺すためだけに願われ造られた槍なのだ。
竜の腹部の薄い鱗を易々と引き裂き、その皮を立ち、肉にまでたやすく届く。
竜はギョームの攻撃を受け止めた手とは逆の手の鉤爪をコラリーを引き裂くべく振るう。
コラリーはそれを身を極限まで低くしてかわす。
コラリーの頭、そのすぐ上を巨大な鉤爪が通り過ぎていく。
もし、竜の目が両方とも健在であれば、コラリーの上半身は今頃なくなっていただろう。
竜とて必要だから二つの目がついている。その一方を潰されたら、その目測も誤るというものだ。
だが竜はコラリーを狙いからぶったはずの鉤爪で、そのままギョームを狙う。
そこへ轟音を伴った大きな矢が竜目掛けて飛来する。
竜は慌てて手を付き身を屈める。
あの矢の威力は身をもって知っている。
しかも、あの矢には水の因子が大量に込められており、竜の体内に満ちる火の因子を激しく消滅させる。
それは火の因子を動力とする竜にとっては、そのまま弱体化を意味する。
攻撃を優先するよりも、あの矢を避けることを竜は優先する。
なにせ次は来ない。
竜はその片目だけではあるが、矢を放つ道具が壊れたのを確認したのだから。
サイモンが矢を放つと、グレハバルの大弓の太い弦がはじけ飛ぶように切れた。
そもそもこの大弓は短時間で何度も使用する物ではない。
サイモンの怪力が異常なので何度も扱えていただけだ。
ふつうは力自慢の豪傑がその体力をすべてつぎ込んでやっと一射できるかどうかの代物なのだ。
山の神より頂いた物とはいえ、使用方法が想定外だったので限界が来たのだ。
それを見た竜は最大の脅威は去った、もう一度空へ飛べは後はどうとでもなる、そう確信する。
そうすればもう自分を傷つけるものは存在しないと。
喉袋の傷などすぐに治る。そうすれば自慢の火で焼き払えばすべては終わる。竜はそう確信した。
カディジャが倒れ、グレハバルの大弓が破損した今、それは事実だ。
もう一度空へと舞い上がることができればの話だが。
弦が破損した弓をサイモンは即座に投げ捨て、精霊の力が篭った矢を、いや、槍を手で持った。
それを投げ槍のように竜に向かって投げる。
サイモンの規格外の怪力はグレハバルの大弓で打ち出すよりは流石に劣るものの十分な威力を持って投擲される。
竜の意表すら突いたその投擲された銀の槍は竜の翼を正確に打ち抜いた。
「でかしたぞ、サイモン! 後は任せろ!」
ギョームはそう言って、翼を打ち抜かれ呆気にとられている竜の横っ面に斧槍で強烈な一撃を喰らわす。
たまらず竜が首を下げたところをコラリーがその喉を完全に切り裂く。
それで竜の息の根を止めれるわけではないが、竜の最大の武器である火の吐息を吐きつけることもできない。
そこへサイモンの投擲の第二射が竜を襲う。
それは竜の横の腹に命中し、その鱗を貫き竜へと深く突き刺さる。
竜が深く吠える。
「何ちゅう威力じゃ。弓など最初からいらなかったではないか! ガッハハハハハ!!」
その笑い声とともにギョームが竜の右腕へと斧槍を振り下ろす。
右腕の鱗がはじけ飛び、ギョームの鎧を貫き刺さるが、ギョームは気にも留めず斧槍を狂ったように振るい続ける。
サービの回復の祈祷はいまだ続いているが、その回復が追いつかないほどの傷をギョームはすでに負っている。
はじけ飛んだ竜の鱗で血まみれになりながらもギョームは竜に斧槍を振るうことをやめない。
コラリーにギョームのような真似をすることはできない。
しかも今、竜は倒れ込み、薄い鱗の腹側を見せることはない。
だからコラリーは気配を消し機会を伺う。
竜がその鎌首をもたげギョームに喰らいつこうとする、その時を。
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