竜狩り奇譚:【第十二話】疾走と様子見と初遭遇
竜が移り住んだ塔が見える。
太古の大灯台だったとも言われる塔でかなりの大きさと高さだ。
肉眼でもその頂上に竜が止まっているのが確認できるほど竜も大きい。
その竜は塔の屋上で丸まって寝ているようにその背中が見える。
海沿いの崖に建てられた塔は白亜の外壁をした美しくも不思議な塔だ。
ただどこの町からも立地が悪く、度々魔物が住み着くため放置されていた塔でもある。
周囲が深い森と高い山脈に囲まれていたためサイアグラスから実際の距離はそうでもないのだが、徒歩で行くとかなり苦労する。
しかも海岸沿いはすべてかなりの崖になっていて、船からの上陸も不可能だ。
一言でいうと、やはり立地が悪い。
それに何かと曰く付きの塔で、ある時代は悪い魔法使いが住み、ろくでもない実験を繰り返したとか、別の時代には怪鳥が住み着き、船や旅人を襲うようになったなどの逸話がある塔だ。
そう言う意味では、今回の竜も怪鳥の時とそう変わりない。まだ船が襲われたという話は聞かないが、それも時間の問題だろう。
元々竜は人を襲い金品を集める生物なのだから。
ただ今いる場所から塔までは遮蔽物が一切ない。その上塔まではかなり距離がある。
いや、恐らくは今いる森が塔の近くまで、つい最近まではあったのだろう。
竜の吐息の跡だろうか。
辺りには一面焦げ付いている大地しかない。
ここで大型機械弓でも使ったのだろうが、その燃え跡すら残っていない。
たまに溶けて原形も定かではない鉄の部品が落ちていたりするくらいだ。
それだけ竜の吐く炎の吐息の火力が凄まじいという事なのだろう。
古代の魔術によって造られた塔であるのならば、もしかしたら竜の火の吐息にも耐えれるかもしれない。
竜も自分の吐息で焼け落ちるような場所に住みはしないはずだ。
なので、一応は塔まで行けば一旦は落ち着ける、かもしれない。
塔が焼け落ちるようであれば、そもそも勝負にはならない。
「まだ寝ているようだな。一気に塔まで行きたいが……」
ギョームがそう言うが、塔まではかなり距離がある。
「地上では戦わないんですか?」
カディジャがギョームに聞くと塔の上の竜から視線を外さずにギョームが答える。
「地上ではまず勝ち目はないぞ。高度がありすぎて大弓でも大した効果は見込めん。一方的に空から火を噴かれて終わりじゃ」
「では、どうするんですか?」
コラリーがギョームに質問する。
何度もか戦ったことがあるというギョームの経験を今は頼るほかはない。
「竜を襲うのは巣にいるのを襲うのが基本じゃ。それに竜は地表からそれほど高く飛べるわけでもない。だからサンドワームからも逃げ出したんじゃな。あの塔の屋上もそれなりに広いようじゃしな、塔の屋上からなら大弓も十分な効果があるはずじゃ」
「本当にギョーム殿は竜にお詳しいですな」
サービも感心したように言っているが、その眼は少し疑いの目を向けている。
その疑いはギョームが話した内容にではなく、なぜそこまで詳しいのか、という方向でだが。
「まっ、まあな……」
ギョームはまた喋りすぎたと顔をしかめる。
しかし、今から相手にする竜は有益な情報を黙っておいて勝てる相手でもない。
「ここには死者の怨念がありますが瞬時に焼かれ死んでいるので呪術の種としてはあまり良い物ではないですね」
サイモンがこの辺りで死んだ者達の気配を察してそう言った。
恐らくは竜に返り討ちにあった者達のものだろう。呪術師であるサイモンの目には今も炎に包まれ苦しんでいる魂が見えている。
ただあまりにも一瞬で焼け死んでいるため、苦しみはあっても恨む気持ちがなく呪術用の触媒としてはあまり良いものではない。
「……と、とりあえず、今は竜が起きる前に最低限、塔に入ることを考えましょう」
サイモンのこの国では禁呪とされている死霊術ともとれる発言をコラリーは聞かなかったことにして、素早く塔に行くことを提案する。
「そうじゃな。まずは塔に行くぞ」
ギョームの掛け声で一行全員が走り出す。
だが走り出してすぐに、寝ていたはずの竜が鎌首をもたげるように顔を上げる。
そして、こちらを明確に視認する。
「あやつめ、起きやがった! 急げ! 走れ! 全力で走れ!!」
ギョームが大声でそう叫んで走り出す。
今から引き返しても森ごと焼かれて終わりだ。唯一助かるには塔が竜の吐息に耐えると信じて逃げ込むしかない。
ギョームは全身甲冑に覆われているにも関わらずかなりの速度で走る。
恐ろしい身体能力だが、それを楽々とカディジャが追い抜いて行く。
三番手をコラリーが必死に走り、その後ろに大弓を背負ったサイモンが続く。
最後に少し遅れてサービが死に物狂いでついていく。
一行に気づいた竜は翼を広げすぐに塔から滑り降りるように飛び立つ。
その様子からギョームの言うように、地表からそれほど高く飛べないのだという事がわかる。
恐らくはあの塔の高度が竜が飛べる高度の限界付近なのだろう。
だが、塔から滑るように飛び立ち、朝日に照らされた竜はどこまでも幻想的で、美しく、その鑢のようでありながらも紅く艶のある鱗が日の光を反射して燃えているかのように見える。
見事なまでの赤竜だ。
まるでその造形は絵画の一枚に見えるほど優雅なものだった。
その竜が一吠えする。
雷のような轟音が響き渡る。
その咆哮で竜に見とれていた一行も現実に引き戻される。
竜はギョーム達の上空で旋回し狙いをつける。
まずは先行しているカディジャに狙いをつけ急降下してくる。
竜がカディジャを一飲みにしようと口を大きく広げ、燃える舌をチラつかせている。
それを見たカディジャはすぐに弓を構え、竜の鱗を鏃とした矢を番える。
大きく開けた竜の口に目掛けてカディジャは弓を射る。
まるで迫りくる竜にまるで恐怖を抱いていないかのようなカディジャは、弓を放った後、即座に反転して竜の口からギリギリのところでかわして見せる。
竜が獲物を取り逃し、地表に降り立った瞬間を狙い、二番手を激走していたギョームが精霊の力が籠った斧槍を竜の後ろ足に向けて振り下ろす。
ただギョームが斧槍を振り下ろした場所は厚い鱗に覆われており大した攻撃にもならない。
いくつかの逆立ったような鱗を叩き割るに留まる。
それでもギョームはこの斧槍でも竜と戦えるという実感を得ることができた。
竜の後ろ足、その部分の強靭な鱗をたたき割れるのであれば、十分に竜に通じる武器である。
ギョームも斧槍を打ち込んだ後、即座に身を引いて距離を取る。
竜の反撃を警戒してのことだったが、竜は口から血を流し再び空に舞い上がった。
「竜の口の中に矢を当てたのか、相変わら凄まじい弓の腕じゃな」
ギョームがガデイジャの弓の腕とその度胸に感嘆の言葉を述べる。
竜に狙われて恐怖すらしないで、そのような曲芸じみた弓の腕を披露するカディジャの精神力は異常ともいえるほどだ。
「口蓋垂を打ち抜いてやりましたよ!」
嬉しそうにカディジャはそう言う。やはり竜に対する恐怖は微塵もないようだ。
「とにかく今のうちに塔に逃げ込むぞ」
そう言ってギョームとカディジャは再び走り出す。
二人が竜に対応している間にコラリーが先頭を直走る。
そこへ怒り狂った竜が喉を膨らませる。
チャンスとばかりにカディジャが弓を番える。
それを見た竜がカディジャに背を向けコラリーのみに狙いをつける。
「あの竜! 賢い!!」
と、カディジャが叫ぶ。
「当たり前じゃ、竜は元々人間などよりもずっと賢いぞ! コラリー避けろ! 火の吐息が来るぞ!!」
ギョームが叫ぶがコラリーに逃げ場などない。
遮蔽物も何もない。
ただコラリーは全力で走るしかない。
「炎で燃え死んだ怨念達よ、我が怨嗟の種を礎とし、その恨みを存分に晴らせ! 燃炎憾縛念呪」
そこへサイモンが走りながら呪術を披露する。
カディジャが殺した盗賊の怨念、呪術としては極上の触媒を用い、この場で竜に焼き殺された者達の念を強化して竜に向かわせその恨みをぶつけさせる。
竜に瞬時に殺されて、その怨嗟もないうちに死んだはずの魂達が、サイモンが収集していた極上な怨嗟の種に反応して、嘆き悲しみ恨みを得て強大な呪術の塊となり竜に向かっていく。
その姿は燃える怨霊ともいうべきモノの集合体で、数十にも及ぶ燃える怨霊が一つになって竜に向かっていくように見えた。
それに気づいた竜が嫌がるように、正確には、急にたかられた羽虫を振り払うように、空中で暴れる。
竜に被害を与えられるようなものではないが、竜の気をそらすにしては十分だ。
ただカディジャが弓を構えて喉を狙おうとするが、竜がカディジャの方向に喉を見せることはなかった。
そのわずかな時間を得て、先頭を走るコラリーが特殊な言語を口にする。
「ルー・アウタ・エト・セルラ・カン・ヤムト・エンラ・シトラ・シニン・ケトム! 大いなる大海より静寂と共に訪れる停滞の魔霧よ。我が呼びかけに応じ顕現せよ!」
コラリーが呪文を唱えるとコラリーから白い霧が大量に湧き出て意志ある煙幕のように竜に纏わりついていく。
本来ならこの霧に囚われた相手の動きを封じる魔術ではあるが、竜にはその効果がまるでない。
ただそれでも霧としての目くらまし程度なら役に立ってくれるはずだ。
「あやつめ、本当に言語魔術まで使えおったのか!」
「流石コラリーさんですね、今のうちに塔まで走り込みましょう!」
ギョーム、ガデイジャ、サイモンが再び塔を目指し走り出す。
その後へ既にばてて来ているサービが続く。
コラリーの呼び出した停滞の霧は目を眩ませると共に本来は相手を束縛する効果がある魔の霧である。
異常に高い魔法抵抗を持つ竜には効かなくとも、竜に纏わりついているサイモンの呪霊ともいえるものを束縛する。
それは呪霊を介して無理やり竜を束縛するような形となる。
竜の力は凄まじく竜が暴れるごとに炎の呪霊が形を崩れていく。
ただ一時的にではあるが竜を束縛していることは事実で空を高速で飛んでいた竜はバランスを崩し崖の下へ、そして、海へと落ちて行った。
「さあ、今のうちに!」
コラリーが叫び、再び走り出す。
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