竜狩り奇譚:【第十一話】竜の住む塔と決戦前夜と作戦会議

 フィリップは持ち帰られた竜の巣の財宝に大変満足した。

 総量だけなら銀の槍に使われた銀のほうが多いが、持ち帰ってきた財宝は芸術的に価値の高い物ばかりで金銭的には船を出し、銀の槍を作ってもお釣りが大量にくるほどのものだった。

 その上で、あのアーメッドとマッソン家に貸しが作れるのだ。フィリップとしては笑いが止まらない。

 そして、フィリップが用意した銀製の槍、というよりは槍と同サイズに作られた銀の矢はかなり出来の良い物だった。

 元海賊であり海上での仕事も多いフィリップとしても竜の存在は邪魔でしかない、というのもある。

 コラリーらは貰った銀の槍を夜に近くの池に沈め、現れた湖の精霊に力を込めてもらう。

 コラリーが得た精霊の知識では、これで竜にも通じる物になったそうだ。

 精霊に力を注ぎこまれた銀の矢は不思議な輝きと水のような冷たさを持っている。

 火の力を体内に宿す竜にとっては湖の精霊の力の籠った矢は多大なる効果がある、とのことだ。

 またサイアグラスに戻ったときに、いくつかのパーティが竜に挑み、負け逃げかえって来ているとの情報を得た。

 その生き残りに会いに行き、話を聞くが、やはり竜に飛ばれ手も足も出なかったとのことだ。

 最有力候補と言われていた王国騎士長の一行は攻城兵器の大型機械弓を複数用意して挑んだが、小回りの利かない大型機械弓では空を飛ぶ竜を取らいきれずに、やはり惨敗したとのことだ。

 王国騎士長も一旦王都に戻り対策を練り直しているところらしい。

 これは好機と、竜を倒すための下準備を終えた一行は陸路から竜の住む塔を目指すことにした。


 焚火を前にして、ギョームがカディジャの竜の鱗の矢も一本一本手作りで作っている。

 その作業をしながら、ギョームは話を進める。

「明日には件の塔につく。竜と対峙したときの段取りじゃな。まずはサイモンとカディジャの弓で竜を地に落とせ、話はそれからじゃ」

 ギョームは仕上がった矢の出来を確認し、それをカディジャに放り投げる。

 受け取ったカディジャも矢の出来を確認し、その出来に満足そうに頷いて矢筒にそれをしまい込む。

「その後は私とギョーム様で竜にとどめを刺す、ですね?」

 コラリーが竜殺しの槍を握りしめて少し緊張している。

「まあ、そうじゃな。サイモンとガデイジャは自由に動いてくれていい、ただし竜の正面には出るな。奴の火の息で一瞬で灰になるぞ」

 脅すようにギョームがそう言うと、サイモンは引き攣った顔を見せた。

「わかりました」

 と、カディジャは平然とそう言った。

 その声色からは緊張も恐怖もまるで感じられない。

「拙僧は怪我人が出たら治療でよろしいですかな?」

 サービが確認とばかりにギョームに確認する。

 このパーティのリーダーであるコラリーに聞かなかったので、コラリーが少しだけつまらなそうな表情を見せている。

 ついでにサービはしっかりと自分で竜の巣から財宝を持ち帰り、受け取りに来ていたフィラルド教の者にその財宝を手渡していた。

 その手際の良さは普段からフィラルド教の信者と連絡を取っているかのようだ。

「まあ、そうなんじゃがの。竜の攻撃をかすりでもしたら、普通は即死と考えていい。おまえの出番はないかもな」

 ギョームはサービを見ながらそう言った。

 竜の攻撃をかすりでもすれば、人間の肉体その物がズダズダにされる。

 もしサービが蘇生の神域魔術まで使えたとしても、肉体がそんな状態では蘇生も出来やしない。

 それでも、なお、怪我を治せる回復役がいることは心強い。

「なら、神撃の祈祷の用意をしていたほうが、まだ役に立てますかな?」

 少し考えたサービはそんなことを口にする。

 サービもサービなりに竜を倒すことには余念はないのも事実だ。

 あれほど苦労して竜の巣で財宝を集めていたのもフィラルド教のためだし、竜を倒せればこの国でもフィラルド教の布教が可能となるのだ。

 狂信者ともいえるサービが竜退治に真剣に取り組まないわけがない。

「まあ、そうだな。だが気絶されても困る。他に有効な支援とかないか? ただ中途半端な防護の奇跡では意味がないがな」

 竜の前では人間個人が扱える装備や奇跡ではほとんど意味がない。

 それほどまでに竜という存在は強大な存在なのだ。

「武器に神の祝福を与えることならできますぞ」

 サービは少し考えてからそう答えた。

 それなら多少なりとも効果はあるはずだ。

「竜殺しの槍や精霊の武器はすでに神や精霊から祝福されてようなものじゃ。その上からは無理じゃろ?」

「まあ、それはそうですな」

 サービはそう言って難しい顔をした。

 確かに神そのものが宿ると言われているグルガン聖鉄の武器や精霊が力を注ぎ込んだ武器に、さらにサービがその上から祝福を施すことはできない。

 下手をすれば逆に弱体化してしまう可能性すらある。

「なら、ワシが今作ってるこの矢に、だな」

 そう言ってギョームは笑って見せた。

 確かに竜のものとはいえ、一度抜け落ちた鱗になら、神の祝福を施すこともできる。

「それなら直前でいいですな。あとは神撃の奇跡と一応は治癒の奇跡の準備でよろしいですかな?」

「まあ、そんなところじゃろうな…… 出番がないことを祈るよ」

 サービの出番がある、ということは誰かが怪我したか、攻撃手段が何もなくなった時だろう。

 竜から攻撃をまともにもらうことは死とほぼ同義だし、サービが攻撃するような時はそもそもが追い込まれた時だ。

 ただ何があるかわからないのだから、準備だけはしておいて損はない。

「竜が地に落ちたらボクも斬りかかったほうがいい?」

 カディジャが竜の巣で拾って来たナイフを眺めながらそんなことを言うが、ギョームはそれを鼻で笑う。

「おまえのナイフじゃ刃が流石に小さすぎる、鱗と皮に阻まれてたいした傷にならん」

 逆に逆立つように生えている竜の鱗に触れれば、それだけで触れた分の肉はそぎ取られるような鱗だ。

 いくら魔法の武器だからといってナイフで竜に挑むのは無理がある。

 それに地上に竜が落ちたからといって、竜が大人しくなるわけではない。

 地上にいるとはいえ竜にナイフで切りかかるのは無謀としか言えない。

 竜がおとなしくなるのは、その生命活動を停止したときだけだ。

「そっかー、ん? じゃあ、この矢でもたいした傷は追わせられないってこと?」

 そう言ってカディジャはナイフをしまい、ギョームが作ってくれた矢の一本を見る。

 その鏃についている鱗は、艶やかなのに目の粗い鑢のような不思議な表面をしている。

 素手で触れればその部分の肉を削ぎとしそうなほどの凶悪な鱗だ。

 よくギョームはこの鱗を鏃として加工できるとカディジャは感心する程凶悪な物だ。

 確かにこんな鱗を纏っている巨大な生き物にナイフで斬りかかるのは逆に死にに行くようなものというのもうなずける。

「そうじゃな。じゃが、おまえの腕なら目や他の急所を狙えるじゃろ?」

 ギョームは鋭い視線でカディジャを見ながらそう言った。

 それはギョームなりの信頼の証だ。

「なるほど、目を狙うのね。あとは?」

 ただ竜の目を狙うのは至難の技だ。

 竜の鱗は逆立つように生えるし、目には固い瞼もある。

 元から狙い難い上に隙をついて狙わないと瞼にも妨げられる。

「後は喉元だ。特に火を吐くとき、火で膨らんだ喉袋ならこの矢でも効果絶大じゃな。一応、口の中も弱点と言えば弱点じゃな。鱗がないが狙うのはきついぞ」

 ギョームの狙いも喉袋と呼ばれる竜の喉だ。

 竜は火の息吹を吐くが、吐く直前に喉袋と呼ばれる喉の器官に超高温で超高圧の火を貯め込む。

 それこそ蛙が鳴くときのように。

 そこをこの矢で打ち抜ければ、そこから貯め込んだ火を放出させ、竜自身に炎を浴びせることができる。

 竜は火に耐性を持ってはいるので、自身の火を浴びたところでたいしたことはない。

 それでも絶対的な攻撃である竜の息吹を不発にさせ、傷を負わせられることは確かだ。

「ギョームさん、随分竜に詳しいですね?」

 カディジャにそう言われ、ギョームは少し驚いた表情を見せる。

「ん? まあな、何度も挑んでたからな」

 ギョームは少し照れたのか、カディジャから目線を外しそう言った。

「でも、なんでです? 竜の財宝目当てじゃないですよね? 竜の巣でも全然得興味なさそうでしたもんね?」

 ギョームを追い詰めるように、カディジャはさらに質問を重ねる。

 その言葉にギョームは困ったような表情を浮かべ、その回答をまるで今考え思いついたかのように答えた。

「ふむ…… 竜殺しの栄誉は最高の誉れじゃろ。それを持ってアーメッドの名の汚名返上をだな…… まあ、昔のことだ」

 照れながらギョームはそう答えた。

 それが本当かどうかはカディジャにはわからなかったが、一応は納得した。

 どちらかというと、しゃべりたくないなら聞かないでおく、というのが正しいのかもしれない。

「ふーん…… まあ、いいですよ。コラリーさんが無事でいてくれるなら」

 そう言ってカディジャは今度はコラリーのほうに向きなおった。

「私がラトリエル辺境伯のお眼鏡にかなうとも限りませんけどね」

 今度はその言葉にコラリーが困った表情を浮かべてそう言った。

 実はコラリーは知っている。

 なぜラトリエル辺境伯が未だに独身なのかを。

 それでも家の後継ぎを残すために、今は焦っていて本気で結婚相手を探しているのかもしれないが。

 ラトリエル辺境伯からコラリーが愛されることはない、という事だけはわかっている。

 ただコラリー、マッソン家から見てラトリエル辺境伯は悪い相手ではない。

 歳こそ十以上上だが、北の国境を守るラトリエル辺境伯と武勲でのし上がってきたマッソン家はなにかと相性がいいからだ。

 それに北の国は最近なにかときな臭い噂を聞く。

 新しく武勲を立てるチャンスも来るかもしれない。

 ただ、それでもラトリエル辺境伯のことを知っているコラリーはどうも気が進まないのだが。

「ええー、コラリーさん美人ですし、きっと大丈夫ですよ。ラトリエル辺境伯様は強い方お好きですし」

「あー、うん、そうですね、お強い方が好きとは聞いてますが。まあ、それを気にするのは竜を倒してからで良いでしょう」

 コラリーは一旦この話を打ち切る。

 どちらにせよコラリーは竜を倒さなければならない理由がある。

「それらはともかく、明日はとうとう竜退治です。今日は早めに休みましょう」

 コラリーはさっさと切り上げ寝ることを提案する。

 が、事前に話し合っておくことはそれだけではない。

 相手は竜なのだ。話しておくべきことはたくさんある、はずなのだが。

「ふむ、では打ち合わせもこんなものですかな?」

 サービがコラリーの様子を見ながらそう言う。

「どうせ出たとこ勝負にになる、気にするだけ無駄じゃ」

 ギョームも少し話過ぎたと、これ以上はあまり語りたくはないとばかりに目を伏せた。

 ここにいる者達は皆才能があり、実力もある。ギョームも信頼しているからこその言葉だ。

 だが、カディジャがそんなことで話を止めるわけもない。

「そういえば竜もお腹の部分は鱗ないですよね? 空飛ぶなら狙い放題じゃないんですか?」

 話が続いてしまったことに、ギョームはゆっくりとため息を吐いた後、カディジャの疑問に答えてやる。

「普通に腹にも鱗はある。まあ、背中よりは薄い鱗じゃがな。サイモンの大弓ならともかく、カディジャの弓では腹でもきついじゃろうな。後、コラリー、その槍でも背中側の鱗はを抜くのは大変じゃぞ」

 急に見透かされたように言われたコラリーは素直に驚いた。

 この竜殺しの槍なら竜の鱗をものともしないと考えていたからだ。

「うーん、ボクの弓では目と喉以外はあんまり意味ない感じなんですか?」

 カディジャが残念そうにそう言った。

「まあ、そう考えておけばいいじゃろ」

 カディジャの弓は小柄なカディジャでも引けるようにあまり大きな弓ではない。

 その為、そもそもの威力が出にくいのだ。

「つくづく強固な生物と感じられますぞ」

 ギョームの話を聞いて、サービは呆れるようにそう言った。

「じゃからこそ、竜殺しは最高の名誉なんじゃよ」

「まあ、そうですね」

 と、少し思いつめたようにコラリーがギョームに同意する。

 コラリーの表情は少し思いつめている。

 どうも、コラリーの願いは婚約破棄だけではなさそうだとギョームは気づいている。

 いくら何でも婚約破棄のためだけに竜退治はばかげている。命を懸けるにしても部の悪い賭けだ。

 いかに政略結婚といえど、他に方法がないわけでもないのだから。

「あ、あの…… 竜を地上に降ろすと言うことは翼を狙えば良いんでしょうか?」

 そんなギョームにサイモンがおずおずと声をかける。

「サイモンよ。さすがにおまえに弓の腕を期待しているわけではない、とりあえず当てろ。それで文句はない」

 サイモンは呪術の腕は確かなようだが、カディジャの話では弓の腕はそうではないらしい。

 だが、グレハバルの大弓はサイモンにしか扱えない。

 サイモンに託すしかないのだが、素人にそれほど重い役を任せきりにするつもりはギョームにはない。

「わ、わかりました。どうにか当ててみます」

 サイモンはそう言って自信のなさそうな表情を見せた。

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